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怪談 幽ヶ浜 12

2020年07月28日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
「あ、おかえり。もうすっかり陽が暮れちまったね。夕飯出来てるよ」
 おさえが太吉を笑顔で迎えた。しかし、すぐにその笑顔が消えた。太吉が深刻な顔をしていたからだ。
「……どうだったの?」おさえの表情も深刻なものになった。「そう…… 権二さん、宿酔いじゃなかったんだね……」
「うん……」太吉は力なく答える。「宿酔いじゃない…… ずっと鉄兄ぃと長とで様子を見てたんだけど……」
「……藤吉さんの時のような病なの?」
「そうかどうも分かんねぇ……」
「そうなんだ…… 心配ね……」
 太吉は黙って青ざめたおさえの傍に寄り、おさえを抱きしめた。
「……もし病なら、太吉さんにうつったりしないかなぁ……」おさえは太吉の肩の顔を埋める。「心配だわ……」
「何だ、オレは権二さんやおとらさんの心配をしてるのかと思ったぜ」
 太吉はおさえの髪を優しく撫でる。
「馬鹿……」おさえは囁くように言う。「あの二人には悪いけど、一番心配で、一番大切なのは、太吉さん……」
「おさえ……」
 二人は顔を見合わせる。おさえは目を閉じ、その柔らかそうな唇をそっと突き出した。太吉も唇を軽く突き出して、おさえの顔に自らの顔を寄せる。
 と、引き戸がけたたましく叩かれた。
「太吉! オレだ、鉄だ! 開けてくれ!」
 太吉は引き戸の心張棒を外す。引き戸が開けられ、鉄が入ってきた。肩で息をしている。
「鉄兄ぃ…… 何かあったんで?」
「ああ、実はな……」鉄は言いかけて、おさえを見た。「……外で話そう」
「いや、おさえには権二さんの事は話してあるから、気遣いはいらねぇ」
「そうか…… 実はな、権二が消えたんだよ」
「消えた?」
「ああ、オレたちが夕方になるからって帰って、その後におとらさんがちょいと目を離した隙に、家を出て行っちまったんだそうだ」
「で、どこへ?」
「分からねぇが、足跡は浜に向かっていたそうだ。途中で足跡は分からなくなった」
「……まさか、海に……」おさえが弱々しく言う。「海に入ったんじゃ……」
「それも分からねぇ。オレはおとらから知らせ受けて、長に知らせた。長は男衆を集めて権二を探すように手配した。舟で海を探すのと浜を隅々まで探すのとの二手に分かれる。オレは舟で海を探す。お前は浜を探してくれ」
「でも、そろそろ暗くなるぜ」
「松明を出すしかあんめえよ」
「分かった!」
 松明はこの村では貴重なものだった。その貴重な松明を出してでも探そうと言うのだ。村の仲間を思いやる気持ちに太吉の胸は熱くなった。
「任せてくれ、鉄兄ぃ! 必ず権次さんを見つけ出そうぜ!」
「……あの、わたしもお手伝いしたい……」おさえが言う。太吉と同じ思いだった。「何かできないかしら……」
「……じゃあ、おさえちゃんはおとらさんの所に行ってやってくれ。何人か行ってるとは思うけど、多い方が頼もしいだろうからよ」
「うん、分かった!」
 伝え終わると鉄は戻って行った。太吉とおさえも準備をして家を出た。


つづく
 

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