おみよを家まで送り届けてから、仁吉、兵太、松次は黙って歩いていた。兵太が足を止めた。つられて仁吉と松次も足を止める。
「……でもよ、猫が人を食ったりするか?」兵太が切り出した。「オレはどうしても信じられん!」
「オレもでぇ!」松次もうなずく。「魚ってんなら分かるけどよう」
「なら、誰かがエサやってるってのか?」仁吉が言う。「昔も今もここいらは貧しいんだぞ。そんな余裕なんかありゃしない」
「ならよ、宿場町の方の誰かじゃないか?」兵太が言う。「あの辺りのヤツらは金持ってるし」
「兵太!」松次が兵太の背中を勢い良く叩いた。「おめぇ、良い事言うじゃねぇか! きっとそれだ!」
「そうかなぁ……」痛みで顔を歪めている兵太を見ながら仁吉が言う。「言い切れないんじゃないかなぁ……」
「なんだよ、仁吉! 文句あんのかよ!」
「文句じゃないけど、そんな事してるヤツなんぞ、見た事ないぞ」
「そりゃあよう……」松次は考える。そして、何か閃いたように顔を輝かせた。「夜だ! そう、夜にエサをやりに来てんでぇ!」
「みんなが寝ちまった後にか?」
「そうさ、そうに決まってんじゃねぇかよ」
「なんで、そんな事すんだ?」
「そりゃあ、おめぇ、あれだ…… な? 兵太!」
「は?」
仁吉と松次のやり取りを見ていた兵太は、急に話を振られてあわてた。松次は言い出したら聞かないヤツだ。思いつきで言った兵太だったが、松次は信じ込んでいる。それに、また背中を叩かれては堪らない。兵太は考え込んだ。
「……きっと、昼間は仕事をしているから来られないんだよ。それと、良い事してるってのを見せびらかしたくないんだろう」
「そうそう、そうに違ぇねぇ! いや、そうに決まった!」松次はさも自分が考えたかのように、仁吉に向かって威張ってみせた。「仁吉よう、もし夜にあの寺へ見に行ったら、どっかの知らないおっさんが、猫にエサ撒いてるところが見られるぜ」
「女の人じゃ、駄目なのか?」
「そりゃそうさ。女は夜は出歩かない。出歩く女は悪い女だって、母ちゃんが言ってたからな」
「そうかぁ……」
三人はまた黙って歩き出した。そろそろ陽が暮れ始めた。
「……おい」二人の顔を見ながら松次が言う。「今晩よう、みんなが寝ちまった後、出て来れるか?」
「……オレはダメだな」仁吉が言う。「母ちゃんが夜遅くまで仕事してるから……」
「兵太はどうだ?」
「たぶん、大丈夫だ」
「じゃあよ、オレがおまえんちへ行って、蛙の鳴きまねをするから、聞こえたら出てこい」
「わかった…… けどよ、松次。何をするんだ?」
「今話してたろ! エサを撒いてるおっさんを見に行くんでぇ。そしてよ、おみよに教えてやるんだよ。あれはおっさんがエサやってんだ。だから、もう怖かねぇぞってな」
「そうか…… でもよ、その話はオレの思い付きだぞ。本当にそうなのかってのは知らないぞ」
「いいや、間違っちゃいねぇよ。オレが請け負う!」
松次は言って自分の胸をどんと叩いてみせた。仁吉は、日ごろから思い込みの激しい松次に半ば呆れ、半ば失笑していた。
つづく
「……でもよ、猫が人を食ったりするか?」兵太が切り出した。「オレはどうしても信じられん!」
「オレもでぇ!」松次もうなずく。「魚ってんなら分かるけどよう」
「なら、誰かがエサやってるってのか?」仁吉が言う。「昔も今もここいらは貧しいんだぞ。そんな余裕なんかありゃしない」
「ならよ、宿場町の方の誰かじゃないか?」兵太が言う。「あの辺りのヤツらは金持ってるし」
「兵太!」松次が兵太の背中を勢い良く叩いた。「おめぇ、良い事言うじゃねぇか! きっとそれだ!」
「そうかなぁ……」痛みで顔を歪めている兵太を見ながら仁吉が言う。「言い切れないんじゃないかなぁ……」
「なんだよ、仁吉! 文句あんのかよ!」
「文句じゃないけど、そんな事してるヤツなんぞ、見た事ないぞ」
「そりゃあよう……」松次は考える。そして、何か閃いたように顔を輝かせた。「夜だ! そう、夜にエサをやりに来てんでぇ!」
「みんなが寝ちまった後にか?」
「そうさ、そうに決まってんじゃねぇかよ」
「なんで、そんな事すんだ?」
「そりゃあ、おめぇ、あれだ…… な? 兵太!」
「は?」
仁吉と松次のやり取りを見ていた兵太は、急に話を振られてあわてた。松次は言い出したら聞かないヤツだ。思いつきで言った兵太だったが、松次は信じ込んでいる。それに、また背中を叩かれては堪らない。兵太は考え込んだ。
「……きっと、昼間は仕事をしているから来られないんだよ。それと、良い事してるってのを見せびらかしたくないんだろう」
「そうそう、そうに違ぇねぇ! いや、そうに決まった!」松次はさも自分が考えたかのように、仁吉に向かって威張ってみせた。「仁吉よう、もし夜にあの寺へ見に行ったら、どっかの知らないおっさんが、猫にエサ撒いてるところが見られるぜ」
「女の人じゃ、駄目なのか?」
「そりゃそうさ。女は夜は出歩かない。出歩く女は悪い女だって、母ちゃんが言ってたからな」
「そうかぁ……」
三人はまた黙って歩き出した。そろそろ陽が暮れ始めた。
「……おい」二人の顔を見ながら松次が言う。「今晩よう、みんなが寝ちまった後、出て来れるか?」
「……オレはダメだな」仁吉が言う。「母ちゃんが夜遅くまで仕事してるから……」
「兵太はどうだ?」
「たぶん、大丈夫だ」
「じゃあよ、オレがおまえんちへ行って、蛙の鳴きまねをするから、聞こえたら出てこい」
「わかった…… けどよ、松次。何をするんだ?」
「今話してたろ! エサを撒いてるおっさんを見に行くんでぇ。そしてよ、おみよに教えてやるんだよ。あれはおっさんがエサやってんだ。だから、もう怖かねぇぞってな」
「そうか…… でもよ、その話はオレの思い付きだぞ。本当にそうなのかってのは知らないぞ」
「いいや、間違っちゃいねぇよ。オレが請け負う!」
松次は言って自分の胸をどんと叩いてみせた。仁吉は、日ごろから思い込みの激しい松次に半ば呆れ、半ば失笑していた。
つづく
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