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怪談 化猫寺 4

2019年09月27日 | 怪談 化猫寺(全18話完結)
「あのお寺のご住職が亡くなってしもてからのう、お寺は見る見る荒れてしもうてのう……」
「誰も手入れしなかったんか?」兵太が言う。「オレは何度も家の屋根の穴をふさいだぞ」
「そうかのう、えらいもんじゃのう…… じゃがのう、お寺を直すという者があらわれなくてのう……」
「何であらわれなかったの?」おみよが不思議そうに言う。「おっかさんは、いっつもちゃんとしろって言うんよ」
「お寺はのう、直すにゃ、お金がかかるでのう。皆自分の事で精一杯じゃった頃でのう……」
 寺が荒れると、村の衆たちの心も離れてしまった。日に日に荒れて行く様に人々は鈍感になってしまい、当たり前の風景の一つとなった。猫のしろがどうしているか、全く気にすることも無くなった。
 そんな時、行き倒れがあった。年寄りだった。旅支度はしているものの、どこの誰とも分からず、また、所持金も無かった。葬式を出してやりたいが、村の衆たちも金が無かった。
「それでのう、この荒れ寺の事が思い出されてのう」
「でも、おじじ」おみよが言う。「もうお寺には、ご住職はいないんよ」
「そうじゃのう。でものう、ここはお寺じゃったでのう……」
 行き倒れを、寺の敷地内に埋めてやろうと言う事になり、若い衆三人が選ばれて、事に当たらせる事となった。
「じゃがのう、こいつらが良からぬ奴らでのう。行き倒れのじい様が幾日か経ってしもうていてのう、臭くなっとったんじゃのう……」
「それでどうしたんでぇ?」松次がじれったそうに聞く。「そのままにしちまったんじゃねぇだろうな!」
「そうじゃのう……」
 若い衆は臭くなって蠅も集り始めた死骸を、これ以上触りたくないと思い、敷地内の伸び放題になっている草むらに放り出すと逃げ出した。そして、酒を飲んで時を潰し、村の衆には寺の敷地内に穴を掘って埋めて来た、帰りに一杯引っ掻けてきた、と嘘をついた。
「しばらくして、そいつらの嘘がばれてのう、皆からこっぴどく叱られておったのう……」
 しかし、誰も行き倒れのじい様を埋め直してやろうとはしなかった。叱られた若い衆もその時はおとなしかったが、すぐに元のやさぐれに戻った。
「なんだ、何にも変わらなかったじゃないか」仁吉が呆れたように言う。「その若い衆って、今の誰の事だよ?」
「はて、誰じゃったかのう……」
「また出やがったぜ、おとぼけおじじが!」
「松次さん、そんな事言っちゃ気の毒よ。本当に忘れちゃっているのかもしれないわ」
「じゃあ、ぼけぼけおじじだ!」
「またそんな悪口を言う!」
 松次とおみよは互いにそっぽを向いた。
「まあまあ、喧嘩はせんことじゃのう……」おじじはおみよと松次を交互に見やった。「仲良うせんと、おじじは話ができんでのう……」
 松次とおみよは同事にぺこりとおじじに向かって頭を下げた。おじじはぺろりと唇を舐めて話し始めた。
「そんな事があった後じゃったのう、村のあるばあ様が亡くなってのう…… でものう、葬式を出してやる金が無くってのう」
「まさか、また寺へ運んだのか?」仁吉がおじじを見ながら言う。おじじはうなずいた。「……なんと言う事じゃ!」
「そう言うで無いはのう、その頃の村は今と違って金がほとんどない貧乏村だったでのう……」
「埋めてやらなかったんじゃないだろうな?」兵太が言う。おじじは返事をしなかった。「埋めてやらなかったのかよう!」
「ひどい……」おみよが泣きそうな顔をする。「……ばあ様がかわいそうだ」
「でものう、そこは立派なご住職がござっしゃった寺だったしのう、行き倒れを放り出した若い衆に何の祟りも無かったしのう……」
「そんなの勝手過ぎだ!」仁吉は怒っていた。「行き倒れの爺様もそのばあ様も浮かばれないぞ!」
「でものう、何の祟りも無いんでのう……」
「祟りが無ぇからってよう!」松次がおじじを睨み付ける。「そんな事続けたんじゃねぇだろうな?」
 おじじは答えなかった。
「おじじよう」兵太が呆れたように言う。「いったい何人を寺に放り込んだんだ?」
「……葬式をしてやる金が無くってのう……」
 おみよは泣き出した。怖くなったのだろう。
「……それ、今でもやってんのか?」仁吉が言う。「オレの死んだじい様やばあ様にも、そんな事をしたんか?」
「いやいや、それは無いでのう。そんな事してたのは、ほんの一時だけじゃったのう」
「それで、その話と猫が増えたんは、どうつながるんでぇ!」松次がいらいらしながら大きな声を出す。「おじじの話は、まったく要領を得ねぇ!」
「すまんのう…… まあ、死者を放り込んでいるうちに、気がつくと猫が増えておったでのう……」
「どう言う事だ?」兵太が首をひねる。「放り込まれたのを猫が食い始めたって事か? 犬なら分からんでもないけど……」
「いやっ!」おみよは両手で自分の耳をふさいだ。「聞きたくない! そんな話!」
「……でも、猫が増え始めたのは、その頃からだでのう……」
 四人は立ち上がった。おじじは下を向いていた。
「この村は何と恐ろしい所じゃ!」兵太が握り拳を作りながら言う。「今生きているじじばばどもは、今の話を知っているんだ。知っているのに知らん顔をしてやがんだ!」
「でもよ」松次が言う。「もし、猫が増えたのがそれだったとしてもよ、今はやっていねぇんだろ? でも猫は減っちゃあいねぇ…… 変だよな」
「そう言われてみれば、そうだな……」仁吉はうなずいた。「猫ども、何食ってんだ?」
「もう、やめて!」おみよがまた泣き出した。「もう、そんなのどうでも良いよう……」
「わかった、わかった」
 そう言うと、三人は泣きじゃくるおみよを連れて、うつむいているおじじを残して小屋から離れた。


つづく


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