「物知りおじじに聞いたら、昔は立派なご住職様がいたんだけど、死んでからこの寺は荒れたんだとさ」
仁吉が仲間の兵太、松次、おみよに話していた。ここは宿場へ向かう道の脇の草むらだった。皆で踏んで草を倒し、車座になって座っていた。
「で、猫が増えたのは?」兵太が聞いてきた。「そのご住職の死んだのとかかわりがあるのか?」
「オレもおじじに聞いたんだけどさ」仁吉が答えた。「さあ、分からんのう。何故じゃろうのう、って言うばかりで、知らん顔なんだ」
「なんでぇ、あのおじじ、一番聞きてぇところを忘れてんだ」松次が怒っている。「物知りじゃなくて、おとぼけおじじだ!」
「はっはっは!」おみよが笑う。「松次さん、そりゃいいや! これからそう呼んでやろうよ!」
「おみよ、そりゃちとオテンバが過ぎるぞ!」兵太が叱る。「……でも、猫が増えたわけは知りたいものだなぁ……」
「オレの見立てじゃ、あのおじじ、ちゃんとわけを知ってるけど、言わないって感じだったな」
「それじゃあ、知られたくないわけがあるって言うの?」おみよが仁吉に向き直り、小首をかしげる。「でも、そんな事言われちゃうと、とっても知りたくなっちゃうね!」
「そうだ、そうだ」兵太は何度もうなずく。「物知りおじじを問い詰めて、喋らせてやろうぜ」
四人は立ち上がると、おじじの小屋へ走った。おじじは手製の物干しざおに褌を掛けているところだった。
「おじじ!」仁吉が声をかけた。「寺の事をもう少し聞きたい!」
「……もう話すことなんぞなかろうがのう……」おじじは明らかに迷惑そうな顔をしている。「それに今は洗い物の最中でのう……」
「おじじ、干すくらいなら、やってあげる」おみよがおじじから洗い物を奪い取った。「それよりも、教えてほしいの」
「何も教えてやれんがのう……」
「おじじ、隠すなよう!」松次がおみよを押し退けて、おじじの前に立った。「猫が増えたわけを知りてぇんだよう!」
「……そんなに怒鳴らんでも良かろうにのう……」
「そうよ、松次さん」おみよが諭すように言う。「そんなに乱暴な物言い、おじじが可哀想じゃ」
「ふん!」松次はそっぽを向いた。「こんな、おとぼけおじじは、叱ってやるのが一番効くんだ!」
「おじじ、どうしてご住職様が亡くなったら猫が増えたんだよ?」兵太が言う。「物知りおじじが、分からんのう。何故じゃろうのう、は無いだろう」
四人の子供の食い入るような眼差しに、おじじは大きなため気をついた。
「そこまで言うんならのう、教えてやるわいのう。……いずれ、どこからか聞くだろうしのう……」
「そうだよ、おじじ」仁吉が言う。「オレらだって、いつまでもガキじゃないんだ。いずれはここいらの担い手になって行くんだから、色々と知っておいた方が良いに決まってる」
「そうだぜ、大人になって行くんでぇ」松次が言う。「そして、おみよはオレの女房になるんだ」
「いやだよ!」おみよは即座に否定した。「松次さん、暴れん坊だもの。どうせなら兵太さんが良い」
「いやだ」今度は兵太が即座に否定する。「オレには隣の宿場町におしづって幼なじみがいるんだ。そいつが女房だ」
「じゃあ、仁吉さんで良いわ」おみよが仁吉に笑顔を向ける。「ね、良いでしょ?」
「おみよより、もっと良い女ができるかもしれん」仁吉は平然と言う。「だから、分かったなんて言えない」
「まったくのう、色気話だけは一人前じゃのう」
おじじは子供たちのやり取りを聞きながら、歯のない口を大きく開けて笑った。子供たちも笑った。
「まあ、そこいらに座ってのう、話をしてやるからのう」
おじじの言葉に四人は地べたに座った。おじじは切り出してあった丸太に腰かけた。
つづく
仁吉が仲間の兵太、松次、おみよに話していた。ここは宿場へ向かう道の脇の草むらだった。皆で踏んで草を倒し、車座になって座っていた。
「で、猫が増えたのは?」兵太が聞いてきた。「そのご住職の死んだのとかかわりがあるのか?」
「オレもおじじに聞いたんだけどさ」仁吉が答えた。「さあ、分からんのう。何故じゃろうのう、って言うばかりで、知らん顔なんだ」
「なんでぇ、あのおじじ、一番聞きてぇところを忘れてんだ」松次が怒っている。「物知りじゃなくて、おとぼけおじじだ!」
「はっはっは!」おみよが笑う。「松次さん、そりゃいいや! これからそう呼んでやろうよ!」
「おみよ、そりゃちとオテンバが過ぎるぞ!」兵太が叱る。「……でも、猫が増えたわけは知りたいものだなぁ……」
「オレの見立てじゃ、あのおじじ、ちゃんとわけを知ってるけど、言わないって感じだったな」
「それじゃあ、知られたくないわけがあるって言うの?」おみよが仁吉に向き直り、小首をかしげる。「でも、そんな事言われちゃうと、とっても知りたくなっちゃうね!」
「そうだ、そうだ」兵太は何度もうなずく。「物知りおじじを問い詰めて、喋らせてやろうぜ」
四人は立ち上がると、おじじの小屋へ走った。おじじは手製の物干しざおに褌を掛けているところだった。
「おじじ!」仁吉が声をかけた。「寺の事をもう少し聞きたい!」
「……もう話すことなんぞなかろうがのう……」おじじは明らかに迷惑そうな顔をしている。「それに今は洗い物の最中でのう……」
「おじじ、干すくらいなら、やってあげる」おみよがおじじから洗い物を奪い取った。「それよりも、教えてほしいの」
「何も教えてやれんがのう……」
「おじじ、隠すなよう!」松次がおみよを押し退けて、おじじの前に立った。「猫が増えたわけを知りてぇんだよう!」
「……そんなに怒鳴らんでも良かろうにのう……」
「そうよ、松次さん」おみよが諭すように言う。「そんなに乱暴な物言い、おじじが可哀想じゃ」
「ふん!」松次はそっぽを向いた。「こんな、おとぼけおじじは、叱ってやるのが一番効くんだ!」
「おじじ、どうしてご住職様が亡くなったら猫が増えたんだよ?」兵太が言う。「物知りおじじが、分からんのう。何故じゃろうのう、は無いだろう」
四人の子供の食い入るような眼差しに、おじじは大きなため気をついた。
「そこまで言うんならのう、教えてやるわいのう。……いずれ、どこからか聞くだろうしのう……」
「そうだよ、おじじ」仁吉が言う。「オレらだって、いつまでもガキじゃないんだ。いずれはここいらの担い手になって行くんだから、色々と知っておいた方が良いに決まってる」
「そうだぜ、大人になって行くんでぇ」松次が言う。「そして、おみよはオレの女房になるんだ」
「いやだよ!」おみよは即座に否定した。「松次さん、暴れん坊だもの。どうせなら兵太さんが良い」
「いやだ」今度は兵太が即座に否定する。「オレには隣の宿場町におしづって幼なじみがいるんだ。そいつが女房だ」
「じゃあ、仁吉さんで良いわ」おみよが仁吉に笑顔を向ける。「ね、良いでしょ?」
「おみよより、もっと良い女ができるかもしれん」仁吉は平然と言う。「だから、分かったなんて言えない」
「まったくのう、色気話だけは一人前じゃのう」
おじじは子供たちのやり取りを聞きながら、歯のない口を大きく開けて笑った。子供たちも笑った。
「まあ、そこいらに座ってのう、話をしてやるからのう」
おじじの言葉に四人は地べたに座った。おじじは切り出してあった丸太に腰かけた。
つづく
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