ジェシルとマーベラはマスケード博士に笑みを浮かべながら話をしている。しかし、博士は二人の先程までの剣幕に圧倒され、口数が少なく表情もあまり変わらない。
「博士……」トランが割って入って博士に声をかける。「どの時代でも、女神と言うのは、怒らせると怖い存在なんです」
トランの言葉にジェシルもマーベラも眉間に皺を寄せる。
「この二人には、まだ女神の澱(おり)のようなものが残っているんです」トランは背中に殺気を感じつつ、博士の方だけを見て話す。「いずれはいつもの二人に戻りますから、安心してください」
「……そうなのかね」博士はほっと息をつく。「生涯独身であるわしには、女性の事はさっぱりと分からないんだが、あれは二人に憑いた神の名残と言う事だね。わしは女性の本性かと思ったよ……」
「まあ、二人とも結構活発ではありますが……」トランは言う。感じられる殺気が倍増し、思わず背筋に悪寒が走った。「……ですが、二人とも美人ですし、優しいですね、基本は……」
「基本?」博士が首をかしげる。「それはどう言う事かね? 基本と言う事は、そうでは無い事の方が多いと言う事なのかね?」
「いえ、あの、その……」
トランは苦しそうにつぶやきながら振り返りジェシルとマーベラを見る。
ジェシルは見えない熱線銃を最大出力にしてトランに撃ち込み、マーベラは見えない突きと蹴りを無限に繰り出し続けていた。
「おや、博士お元気になったようですねぇ」
ジャンセンの声がした。トランはジャンセンの背に飛び込むように逃げ込んだ。
「……何だい、何かあったのかい?」
ジャンセンは背後のトランに声をかけ、それからトランの視線の先を追った。そこにはジェシルとマーベラが攻撃をジャンセンに替えている姿があった。
「……なるほどねぇ」ジャンセンは苦笑する。「トラン君、正しさは時に人を怒らせるものさ。これからは注意する事だね」
「……はい、肝に銘じました……」
まだ何か言いたそうなジェシルとマーベラを放っておいて。ジャンセンは博士に手を貸して立ち上がらせた。
「ジャンセン君」博士がジャンセンに訊く。「民に話があると言っていたようだったが、何の用だったのかね」
ジャンセンは軽く咳払いをすると、民の方へと振り返り、声をかけた。屈強な兵士数人が手にロープを幾本かずつ持ってやって来た。
「悪者たちを縛ってやろうと思いまして」ジャンセンは言い、傭兵たちとコルンディとを見た。「まあ、すっかり戦意喪失ではありますが、何か仕出かすかもしれませんからね」
「……おいおい、もうオレたちは抵抗はしないぜ」コルンディが力無く言う。「さっきまでの出来事を見せられちゃ、どうこうしようって気なんてならないさ。なんたって神が相手じゃあな……」
「そうだねぇ……」ジャンセンはコルンディを見てにやりとする。「なんたって、邪神デスゴンを怒らせたのはあなただからねぇ。今度何かやらかしたら、もう誰も助けられないよ。メギドベレンカは心身ともに疲弊しているから、怒りを鎮めに来るのはもう無理だ。ぼくは知識はあるけど、呪術師じゃないから役に立たない。それに、ここの兵士は強さで知られているから。万が一暴れても、あっと言う間に粛清されるだけだ」
「それだけ分かっちゃ、もう何にもしないぜ、約束する」
「でも、向こうに戻ったら何をしでかすか分からないじゃないか?」ジャンセンはにやりとしたままで言う。「あなたは全く信じられないからねぇ」
「ジェシルとマーベラがいるじゃないか」コルンディはジェシルとマーベラを見る。「二人がいれば充分だろう?」
「なによ!」ジェシルがコルンディを睨み付ける。「わたしとマーベラを暴力装置だとでも思ってんの!」
「……あながち外れてはいないと思うけど……」
「トラン!」トランのぼそっとしたつぶやきを聞き逃さなかったマーベラは声を荒げ、ぎろりとトランを睨む。続けて低い声で言う。「……あなたも縛ってもらおうかしら?」
「まあまあ……」トランはさっとジャンセンの背後に隠れた。ジャンセンは苦笑する。「確かに二人は、頼もしいよ。トラン君はそれを言ったんだよ」
「でも!」
「とにかく、この話はおしまいだ、マーベラ」
ジャンセンはきっぱりと言うと、兵士たちに指示を出す。兵士たちは無言のまま、傭兵たちとコルンディに近づく。兵士たちの圧倒的な迫力に抵抗すらできないようだ。両腕を腰に回させ、両手首を持っているロープで縛る。更に首にも輪を作ったものをかけた。しかし、縛りは緩かった。ほどけたり手を抜き取ったりが出来ない程度だった。首の輪は両肩辺りにまで広がっている。
「ジャン、ここの民って優しすぎるわ」ジェシルは言うと前に出る。「わたしがきっちりと縛り直してやるわ。これじゃあんまり役に立っていないし」
「いや、これで良いんだ」ジャンセンが手を伸ばそうとするジェシルを制する。「ここからが本番だよ」
ジャンセンは兵士に再び指示を出す。兵士たちは各自しゃがみ込み、地面の草を片手一杯にむしり取る。先程の雨で濡れた草が、明るい陽差しをきらきらと反射させている。兵士たちは草を持ったまま立ち上がり、ロープにこすり付けた。
「うわあ!」
「いててててっ!」
傭兵たちが一斉に苦悶の声を上げた。
「おい! なんだよ、こりゃあよう!」コルンディが激痛に顔を歪めながら叫ぶ。「これじゃ、手首が千切れっちまうじゃねえかよう!」
「ははは」ジャンセンは楽しそうに笑う。「このロープはハンマレーヌって樹の幹の繊維を束ねて作ったものなんだ。水気を含むと急速に縮む性質を持っているんだよ」
「なんだとお!」コルンディはジャンセンを睨み付け、それから、はっとする。「首のロープもそうなのか?」
「そうだよ」ジャンセンは笑顔のままで言う。「このロープ、水を含ませる量で絞まり具合が変わるんだよ(ジャンセンはしゃがみ込んで両手で草をむしり取る)。……みんなもむしると良いよ」
ジャンセンに言われ、ジェシル、マーベラ、トラン、それにマスケード博士までもが草を両手でむしり取った。
「ジャン……」ジェシルは呆れた顔をジャンセンに向ける。「あなたって、こんな性格だったかしら? 虫を見ただけで悲鳴を上げて逃げ回っていたのに……」
「たしかに、ジャンセンらしからぬって感じはするけど……」マーベラも言う。「いざって時はやっぱり男って事なのかしら?」
「男ってのは良く分からないけど」ジャンセンは二人を交互に見ながら言う。「まあ、ぼくもジェシルの従兄だからなあ…… どこかに君のような暴れん坊の気質が血筋としてあるのかもしれないね」
「ふん!」
ジェシルは鼻を鳴らしてそっぽを向く。マーベラは笑い出した。
つづく
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