お話

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ジェシルと赤いゲート 75

2024年09月03日 | マスケード博士

 宙でぐったりしているコルンディと、下着姿のまま身動きのできない傭兵たちは、ジェシルとマーベラを目で追っていた。
「おい、何をするつもりなんだ……」
 コルンディは叫ぶ。だが、散々悲鳴を上げたせいで声がかすれていて、やっと聞き取れる程度だった。
 マーベラは仮面をコルンディに向ける。目にはまだ青白い光がある。コルンディは短い悲鳴を上げた。
 ジェシルは傭兵たちを見た。ジェシルの口元に笑みが浮かんだ。その笑みは慈愛に満ちたものでは無く、酷薄な冷たさがある。傭兵たちは、命乞いをする敵を同じような笑みを浮かべながら許さなかった過去を思い出していた。
「……こりゃあ、神の怒りの大爆発ですねぇ……」ジャンセンがつぶやく。「ぼくたちも巻き込まれるかもしれません……」
「ならば、君だけでも安全な場所へと行きなさい」マスケード博士が言う。「わしは愚かな自分の罪と共にここに残り、神罰を受けよう」
「いえ、ぼくも考古学者の端くれですからね。何が起こるのかを見届けたい気持ちが強いです」
「神罰に巻き込まれるかもしれんぞ……」
「その時はその時ですよ。もしもの事があれば、ジェシルもマーベラも少しは悲しんでくれるんじゃないかな」
 ジェシルとマーベラの両の手に光の粒のようなものが集まり始めている。この地の気が光りとなって集まっているかのようだ。やがて、それらは融合し合い、手首から先を光らせて行く。ジェシルは金色に、マーベラは銀色になった。さらに光を増して行き、周囲が眩しくなった。
 ジェシルは光の満ちた両手を軽く握った状態で傭兵たちに向け、マーベラは同じようにしてコルンディに向ける。
 身動きのできない傭兵たちは、恐怖の悲鳴を上げたかったが、目を丸くする事しかできなかった。
 宙に浮かぶコルンディは大きな口を開けたが、喉の奥がかすかに
ひいひいと鳴るだけだった。
 不意に二人は向きを変えた。
 倒れているトランに両手を向けた。
「デラス・バルージャラ! ハレントゥーラ・クァッサベイレ!」
 二人は同時に声を張り上げた。
「何と言っておるのだね?」
「『精霊よ、集え! 命を齎(もたら)せ!』って言っていますね……」
 ジャンセンが博士に答える。
「命を齎せとは……」博士は成り行きを見ながらつぶやく。「まさか、復活か?」
 ジェシルとマーベラの放つ光が強くなり、二つの光がトランに注がれた。金色の光と銀色の光がトランのからだ上で交わり、トランを包む。その光のあまりの眩さにそこに居る者は皆目をきつく閉じた。
 光は拡がり、周囲を呑み込んで行く。目を閉じているジャンセンにも光が感じ取れた。薄目を開けようとしたが、叶わないほどに眩しい。眩さが閉じた瞼越しに浸みこんでくるようだった。だが、それは深いや恐怖では無く、温かく優しいものだった。
 しばらく続いた光は不意に止んだ。瞼からもからだからも感じなくなった。
 ジャンセンは恐る恐る目を開ける。光のせいで見えにくくなっている。しばらくすると目が慣れてきた。目の前の光景が飛び込んでくる。
 ジェシルもマーベラも両手をだらりと下げて放心したような表情で立っていた。そして、二人の足元には、上半身を起こして座っているトランが、呆けたような表情でデスゴンの仮面を着けたマーベラを見つめていた。
「おおおおっ!」声を上げたのはマスケード博士だった。「トラン君! トラン君!」
 名を呼ばれたトランはゆるゆると顔を博士の方へと向ける。そして、にこりと博士に向かって笑む。
「トラン君……」ジャンセンも呼び掛ける。「良かった、本当に良かったね……」
「……はい」弱々しい声でトランは答える。「……ジェシルさんをかばおうとしたところまでは覚えているんですが……」
「まだ喋らない方が良かろう」博士は言うと、トランに駈け寄る。そしてトランの両肩に博士は両手を置く。博士の頬を涙が伝う。「すまなかった…… 君をこの様な目に遭わせてしまい……」
「いいえ、博士は心を取り戻されました」トランが優しく言う。「お気になさらないでください」
「博士心を取り戻し、トラン君は命を取り戻したってわけだ」
 ジャンセンがうなずきながら言う。
「もっと他に言いようがあるんじゃないの? 相変わらず最低ね」
 光を放ち終わり、放心状態だったジェシルがジャンセンの方にからだを向け、むっとした顔をしながら言った。ジャンセンはにやりと笑う。
「ジェシル、アーロンテイシアは再び離れたようだね」
「そうね」皮肉の通じないジャンセンにうんざりした顔をしてジェシルは答える。「……完全にアーロンテイシアは離れたって感じがするわね」
「お役御免ってわけだね」
「また、そんな訳の分からない言い方をするぅ!」
 ジェシルは怒ってぷっと頬を膨らませる。ジャンセンはその顔がおかしいと言って笑う。ジェシルは余計に頬を膨らませて怒る。
 突然、マーベラの仮面が崩れて地面に散らばった。仮面の無くなったマーベラは。呆然とした表情で立っていた。
「姉さん!」
 トランは大きな声で言い、立ち上がる。
「……トラン」マーベラはつぶやき、トランに視線を合わせる。次第に焦点があって来る。「トラン! 無事だったのね!」
「姉さん!」
 二人は抱き合い、泣き出した。
「……デスゴンも完全に離れたようね」
 ジェシルは微笑みながらつぶやいた。

 

つづく


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