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ジェシルと赤いゲート 76

2024年09月10日 | マスケード博士

 鋭い風切音が鳴った。
 先陣を切って跳びかかった傭兵が、いきなり真横に吹き飛ばされ、地面に転がった。
 転がったのは傭兵だけでは無かった。
 大の大人の身長以上もある、ゼライズ鉱を幾重にも重ねて鍛え上げた、柄と本体とが一体となった大剣だ。磨き上げられた両刃の刀身は陽光を反射して静かな銀色に輝いている。
 皆、何が起こったのか判断が付かず、動きが止まっている。
「アーロンテイシア! デスゴン!」
 不意に甲高い叫び声がとどろいた。皆は声の方を見る。
 ダームフェリアの長である巨漢のドゥルンガッテが素手で、ベランデューヌの若い長で戦闘に長けたサロトメッカが重そうな大剣を肩に担いで立ち並んでいた。傭兵に叩きつけられた大剣は、ドゥルンガッテのもので、自ら抛ったものだった。
 その二人の前にケルパムが立っていた。声を上げたのはケルパムだった。恐れる様子もなく、しっかりと立っている。
「ケルパム……」まだマヒの退かないジェシルがつぶやく。「どうして、ここに……」
 デゥルンガッテとサロトメッカの後ろの森が大きく揺れた。ベランデューヌとダームフェリアの兵士たちが、それぞれに武器を手にして、ぞろぞろと姿を現わした。屈強な猛者たちは黙ったまま、動きの止まった傭兵たちとコルンディを睨んでいる。兵士たちの放つ殺気に気圧されて、傭兵たちもコルンディも動けなかった。
 さらに森が揺れ、ダームフェリアとベランデューヌの民たちが現われた。民たちは兵士たちとは違い、互いに囁き合っている。小声ではあるが、それらが集まると結構な大きさになっていた。
 民たちの中から、二人の老人が出てきた。一人は痩せてはいるが頑固そうな表情のまま、胸元まで伸びた白髭を幾度もしごき、もう一人は右手でつるつる頭を幾度も撫でさすっている。ベランデューヌの長である最長老のデールトッケと知恵者のハロンドッサだ。デールトッケは白髭を握ったまま民たちに振り返り何か言った。民たちは押し黙った。口を閉じるように言われたのだろう。ハロンドッサも民たちに振り返り、良く従ったと言う様にうなずいてみせた。
「……ジャン、これって一体……」
 ジェシルが苦しい息の下で訊く。
「ああ、見ての通り、二つの民だ……」ジャンセンも驚いた表情だ。「もう別れたのに……」
 デールトッケとハロンドッサがジェシルたちの方へと歩み寄って来た。両手の平を上に向け頭を下げる。それを見て民たちも同様にする。兵士たちは軽く頭を下げる。警護も兼ねているため視線を傭兵やコルンディから逸らさずにいるためだ。
 デールトッケが話し始める。アーロンテイシアが抜けてしまったジェシルには、もはや言葉が分からなかった。それはマーベラも同じで、ぽりぽりと頭を掻いていた。
 ジャンセンが受け答えをしている。うなずいたり、驚いたりしながら話を進めている。
「彼らが言うには……」長たちとの会話が一区切りついたところでジャンセンはジェシルたちに振り返る。「ぼくたちが去った後、互いに友情を深めていたそうだ。兵士たちは互いの技を披露し、それを見ていた民から歓声が上がっていたらしい。そろそろ戻ろうとした頃、デスゴンの仮面の破片一つずつが青白く光り、宙に浮かんで。飛び去ったそうなんだ。またアーロンテイシアとデスゴンの諍いが起こったのか、何とか諌めないとと、民たちはその後を追ったそうだ」
「マーベラがデスゴンになった時」ジェシルはマーベラとトランを見る。「トラン君が撃たれた時ね……」
「そうだ。しかし、仮面の移動の速さがあまりにも早くて見失ってしまった。途方に暮れていると、森の奥に金色と銀色の光が見えた」ジャンセンは言うと感心したようにうなずく。「……トラン君復活の時の光だよな。そんなに光っていたなんて驚きだねぇ……」 
「……で、その光っている場所を目指して進んで来たって事なのね……」
 ジェシルは崩れるように膝を突いた。マーベラが驚いてジェシルに駈け寄り、倒れそうなジェシルを抱きかかえる。
「ジェシル! 大丈夫なの!」マーベラは言うと、座り込んでいるコルンディを睨み付ける。「あなた、解毒剤みたいなのを持っていないの!」
「……時間が、経てば、……抜けるそう、だから……」
「さっきよりひどくなってんじゃないのよう!」マーベラは言うと、コルンディをさらに睨む。「あなた、薬の量を間違ったんじゃないの?」
「まだ試作品の段階だから……」コルンディは力なく答える。「ひょっとしたら……」
「馬鹿野郎!」
 マーベラはコルンディに向かって叫んだ。その怒りの表情を見た民たちは畏れ、膝を突いて両手の平を上にして頭を垂れ、「ダーレク・ダ・ザイーレ・デスゴン」と口々に唱え始めた。
「『偉大なる神デスゴンよ、怒りを鎮めたまえ』……」ジャンセンはつぶやく。「こりゃあまずいなぁ……」

 

つづく


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