春美はそのまま体育館の壁の所まで行ってしまった。壁に背凭れ、皆を見るともなく見ていると言った様子だ。
「思うのですが……」
そう言ってきたのは、みつだった。さとみは春美からみつに顔を向ける。
「あの影の力は強力です。春美殿がここから出たいと言う気持ちだけで出られたとは思えません」
「どう言う事?」さとみは首をかしげる。「でも、実際に、わたしは春美さんと、わたしの部屋で会ったのよ」
「ですから、それはあの影のなせる事ではないでしょうか?」
「じゃあ、影がわざとしたって事?」
「わたしはそう思います」
「そう言えば、部屋で会った時、わたし霊体を抜け出すことが出来なかったわ……」さとみがつぶやく。「あの時は、本当に霊能力が無くなっちゃってのかもって思ったんだけど……」
「それは影がさとみ殿を押さえつけていたからではないでしょうか?」
「えっ! でもそんな事って、出来るはずが……」
「あの影の力を侮ってはなりませんよ、さとみ殿」みつは真剣な面持ちで言う。「この学校での出来事には、あの影が裏で動いています。それを、さとみ殿が悉く潰しています。影にすれば、目の上のたんこぶでしょう」
「わたしが邪魔で、恨まれているって事?」
「そう思います」みつは言うと、春美を見る。「春美殿は、あの影のめっせいんじやあとなったのではないでしょうか?」
「めっせいんじゃあ?」さとみは怪訝な顔で繰り返す。それから思い当ったようにうなずく。「ああ、メッセンジャーね」
「そうとも言いますね……」みつは照れ隠しのこほんと軽く咳をする。「とにかく、影がさとみ殿に狙いを定めたのですよ」
「うわぁ……」さとみはイヤそうな顔をする。「どうしよう……」
「手はあります」
みつがぐいっとさとみに顔を寄せる。みつの整った顔立ちを間近にすると、百合恵の時のように胸がどきんと鳴るさとみだった。
「手、って……」さとみは胸を押さえてみつに言う。「どうするの?」
「この件から手を引く事です」
「そんな事……」あっさりと言い切ったみつに、さとみがむっとした顔を向ける。「出来るわけが無いじゃない!」
「ははは、やはりそう言うと思っていました」みつは笑うと力強くうなずいた。「さすが、さとみ殿。そうであればこそ、わたしたちも尽力するのです」
さとみはみつを見た。気がつくと、豆蔵も冨美代も虎之助も(竜二は子供に掛かりっきりだ)、さとみを見てうなずいていた。力強い味方たち(竜二は勘定に入っていない)だわ。さとみもうなずき返す。
「そうなれば、春美さんと子供たちを、あの影の力から解き放ってあげないとね」
さとみは言い、春美、まさき、きりと、みきの順で見て行く。みきはさとみの視線に気がついたようで、竜二の前からとことことさとみの方に寄って来た。
と、突然、春美と子供たちが消えてしまった。
「え? 何? どうしたの?」
さとみは慌てる。
「おい、みんな、どこ行っちまったんだよう!」
竜二もきょろきょろと周囲を見回す。
「むっ!」
みつは低くうめくと刀を抜いた。それに呼応するように冨美代が薙刀を構え、虎之助が身構える。豆蔵が懐に手を入れ、小石をつかむ。
「来る……」
みつは言うと、一点を見つめる。
金色に照らされている体育館に黒い影が浮かんできた。その黒々しさがくっきりとし、禍々しさが加わっている。
「天誅!」
みつが影に駈け寄り、上段から刀を振り下ろした。しかし、手応えが無かった。冨美代も突進したが、影を通り抜けてしまった。虎之助の飛び蹴りも、豆蔵の石礫も同様だった。
影は何事もないかのように漂っている。そして、さとみの方へと移動を始めた。
「さとみ殿! お逃げなさい!」みつが叫ぶ。「やはり、その影、さとみ殿を狙っておりますぞ!」
「でも……」
「でも、じゃねぇですよ!」豆蔵も叫ぶ。「早く生身の戻って下せぇ!」
「さとみちゃん!」百合恵の声だ。さとみが振り返ると、百合恵も必死な表情だ。「早く! 戻りなさい!」
さとみは霊体を生身の戻そうと動いた。
「あれっ!」
「どうしたの! 早く!」
百合恵が叫ぶ。百合恵の様子に、朱音としのぶが顔を見合わせている。明らかに動揺している。アイは訳が分からなかったが百合恵の必死さを受け、「会長! 早くしてください!」と、体育館に向かって叫んでいる。
「戻れない! 戻れないんです!」
さとみは叫ぶ。影がさとみに迫る。
つづく
「思うのですが……」
そう言ってきたのは、みつだった。さとみは春美からみつに顔を向ける。
「あの影の力は強力です。春美殿がここから出たいと言う気持ちだけで出られたとは思えません」
「どう言う事?」さとみは首をかしげる。「でも、実際に、わたしは春美さんと、わたしの部屋で会ったのよ」
「ですから、それはあの影のなせる事ではないでしょうか?」
「じゃあ、影がわざとしたって事?」
「わたしはそう思います」
「そう言えば、部屋で会った時、わたし霊体を抜け出すことが出来なかったわ……」さとみがつぶやく。「あの時は、本当に霊能力が無くなっちゃってのかもって思ったんだけど……」
「それは影がさとみ殿を押さえつけていたからではないでしょうか?」
「えっ! でもそんな事って、出来るはずが……」
「あの影の力を侮ってはなりませんよ、さとみ殿」みつは真剣な面持ちで言う。「この学校での出来事には、あの影が裏で動いています。それを、さとみ殿が悉く潰しています。影にすれば、目の上のたんこぶでしょう」
「わたしが邪魔で、恨まれているって事?」
「そう思います」みつは言うと、春美を見る。「春美殿は、あの影のめっせいんじやあとなったのではないでしょうか?」
「めっせいんじゃあ?」さとみは怪訝な顔で繰り返す。それから思い当ったようにうなずく。「ああ、メッセンジャーね」
「そうとも言いますね……」みつは照れ隠しのこほんと軽く咳をする。「とにかく、影がさとみ殿に狙いを定めたのですよ」
「うわぁ……」さとみはイヤそうな顔をする。「どうしよう……」
「手はあります」
みつがぐいっとさとみに顔を寄せる。みつの整った顔立ちを間近にすると、百合恵の時のように胸がどきんと鳴るさとみだった。
「手、って……」さとみは胸を押さえてみつに言う。「どうするの?」
「この件から手を引く事です」
「そんな事……」あっさりと言い切ったみつに、さとみがむっとした顔を向ける。「出来るわけが無いじゃない!」
「ははは、やはりそう言うと思っていました」みつは笑うと力強くうなずいた。「さすが、さとみ殿。そうであればこそ、わたしたちも尽力するのです」
さとみはみつを見た。気がつくと、豆蔵も冨美代も虎之助も(竜二は子供に掛かりっきりだ)、さとみを見てうなずいていた。力強い味方たち(竜二は勘定に入っていない)だわ。さとみもうなずき返す。
「そうなれば、春美さんと子供たちを、あの影の力から解き放ってあげないとね」
さとみは言い、春美、まさき、きりと、みきの順で見て行く。みきはさとみの視線に気がついたようで、竜二の前からとことことさとみの方に寄って来た。
と、突然、春美と子供たちが消えてしまった。
「え? 何? どうしたの?」
さとみは慌てる。
「おい、みんな、どこ行っちまったんだよう!」
竜二もきょろきょろと周囲を見回す。
「むっ!」
みつは低くうめくと刀を抜いた。それに呼応するように冨美代が薙刀を構え、虎之助が身構える。豆蔵が懐に手を入れ、小石をつかむ。
「来る……」
みつは言うと、一点を見つめる。
金色に照らされている体育館に黒い影が浮かんできた。その黒々しさがくっきりとし、禍々しさが加わっている。
「天誅!」
みつが影に駈け寄り、上段から刀を振り下ろした。しかし、手応えが無かった。冨美代も突進したが、影を通り抜けてしまった。虎之助の飛び蹴りも、豆蔵の石礫も同様だった。
影は何事もないかのように漂っている。そして、さとみの方へと移動を始めた。
「さとみ殿! お逃げなさい!」みつが叫ぶ。「やはり、その影、さとみ殿を狙っておりますぞ!」
「でも……」
「でも、じゃねぇですよ!」豆蔵も叫ぶ。「早く生身の戻って下せぇ!」
「さとみちゃん!」百合恵の声だ。さとみが振り返ると、百合恵も必死な表情だ。「早く! 戻りなさい!」
さとみは霊体を生身の戻そうと動いた。
「あれっ!」
「どうしたの! 早く!」
百合恵が叫ぶ。百合恵の様子に、朱音としのぶが顔を見合わせている。明らかに動揺している。アイは訳が分からなかったが百合恵の必死さを受け、「会長! 早くしてください!」と、体育館に向かって叫んでいる。
「戻れない! 戻れないんです!」
さとみは叫ぶ。影がさとみに迫る。
つづく
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