すたすた歩く洋子のあとをコーイチは重い足取りで付いて行った。洋子のきつい態度も困ったものではあるが、それ以上に、これから会わなければならない「鞍馬の六郎」の事を思うと気分が重くなってしまうのだった。
・・・早くから待っているんじゃ、なんだかんだと恩着せがましいことねちねちうじうじ言い続けるんだろうなぁ。そして、仕事の話はまた次回って事になるに決まっているんだ。この前は、いかに自分が周りの無理解と戦っているかを延々と話していたけど、結局、何が言いたいのか理解できなかった。あれじゃ、無理解じゃなくて理解不能だよ。周りの人たちに同情しちゃうよ・・・
洋子を見ると、第六会議室のドアの前に立っていて、コーイチの方を見て、早く来るように手招きをしていた。コーイチは溜め息をついて、歩を少しだけ早めた。
「遅いです!」洋子はいらいらした表情で言った。「会いたくない相手なんでしょうけれど、仕事ですよ!」
「分かった、分かりましたよ」コーイチは詰め寄る洋子を両手で押し返すような仕草をして制した。「でもね、僕は資料を持っていないんだよ」
「ですから、それはわたしが持っています。コーイチさんは先方と友好的な雰囲気を作って下さって、わたしが話しやすい様にして下されば、十分です」
「友好的な雰囲気・・・ねぇ」コーイチは大きく溜め息をついた。「それが一番大変な仕事だよ・・・」
洋子は第六会議室のドアをノックした。中から返事は無い。洋子はもう一度、強めにノックした。やはり返事が無い。洋子はむっとした顔になった。メガネのレンズがきらりと光る。
「失礼します!」
洋子は強めの声で言うと、ドアノブを回し、押し開けた。
さほど広くない室内の中央に大きめの長テーブルが一つあり、それを挟むようにパイプ椅子が三脚ずつ、向かい合わせに並んでいた。午後の陽射しが差し込む窓際に、六田俊郎・・・通称「鞍馬の六郎」が立っていた。
両サイドを短く刈り込んで頭頂部の頭髪を多めに見せている髪形、面積の大きい少し弛んだ顔面を太めの赤いフレームのメガネでごまかし、無理して着ているとしか思えないピチピチになっているグレーのスーツのボタンを無理にはめ、水色のストライプの入ったワイシャツを着て、全く似合っていない金モールのようなもので縁取った黒い蝶ネクタイを締め、脛を半分以上見せている短いグレーのスラックスをはき、しかも見えている脛はメガネのフレームと同じ赤い色のハイソックスで覆われ、大きめの黒いデッキシューズをはいていた。
さすがに怖い物知らずの洋子も一歩引き下がった。コーイチは昨年までやたら着ていた、紫色で全てコーディネートした腹巻付きのスーツよりはましかなと思っていた。
「いやいやいやいや、遅かったじゃないか」鞍馬の六郎は太めのからだを揺すり、ぐふぐふ笑いながら、意地悪そうな目をコーイチに向けた。「昼前にうちの部長に言われて、ここに居たんだよ。昼食も食べずにね」
「はあ、それは、どうも・・・」
コーイチはぺこりと頭を下げた。
「まあいい。俺が、この俺が、この会議、三十三分持たせてやる!」
鞍馬の六郎は決め台詞の様に言った。・・・これで、機嫌が良くなったかな? コーイチはほっとして横を見ると、洋子はじっと鞍馬の六郎を見据えていた。
「そうはおっしゃいますが、会議は午後からでしたよね」洋子がつまらないものを見たと言った表情をした。「昼前からこちらで待つ必要なんて、ないんじゃありませんか?」
「な、なんだね、君は?」鞍馬の六郎は洋子をにらみつけた。「俺は客だぞ! 待たせたのはお前らだろうが!」
「待たせたんじゃなくて、勝手に待っていたんでしょ? ご自分で勝手にやった事で、こちらに恩を着せられてはたまりませんね」
「まあ、まあ」コーイチは間に入った。・・・この男、気に入らない事があると、不貞腐れて、この場から去ってしまうんだよなぁ。「六田さんも、芳川さんも、ここは穏便に、お互いの会社の利益のため、まあ、落ち着いて話をしましょう」
洋子と鞍馬の六郎はにらみ合ったまま、長テーブルに進み、パイプ椅子に腰掛けた。
コーイチはイヤな予感に包まれていた。
つづく
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・・・早くから待っているんじゃ、なんだかんだと恩着せがましいことねちねちうじうじ言い続けるんだろうなぁ。そして、仕事の話はまた次回って事になるに決まっているんだ。この前は、いかに自分が周りの無理解と戦っているかを延々と話していたけど、結局、何が言いたいのか理解できなかった。あれじゃ、無理解じゃなくて理解不能だよ。周りの人たちに同情しちゃうよ・・・
洋子を見ると、第六会議室のドアの前に立っていて、コーイチの方を見て、早く来るように手招きをしていた。コーイチは溜め息をついて、歩を少しだけ早めた。
「遅いです!」洋子はいらいらした表情で言った。「会いたくない相手なんでしょうけれど、仕事ですよ!」
「分かった、分かりましたよ」コーイチは詰め寄る洋子を両手で押し返すような仕草をして制した。「でもね、僕は資料を持っていないんだよ」
「ですから、それはわたしが持っています。コーイチさんは先方と友好的な雰囲気を作って下さって、わたしが話しやすい様にして下されば、十分です」
「友好的な雰囲気・・・ねぇ」コーイチは大きく溜め息をついた。「それが一番大変な仕事だよ・・・」
洋子は第六会議室のドアをノックした。中から返事は無い。洋子はもう一度、強めにノックした。やはり返事が無い。洋子はむっとした顔になった。メガネのレンズがきらりと光る。
「失礼します!」
洋子は強めの声で言うと、ドアノブを回し、押し開けた。
さほど広くない室内の中央に大きめの長テーブルが一つあり、それを挟むようにパイプ椅子が三脚ずつ、向かい合わせに並んでいた。午後の陽射しが差し込む窓際に、六田俊郎・・・通称「鞍馬の六郎」が立っていた。
両サイドを短く刈り込んで頭頂部の頭髪を多めに見せている髪形、面積の大きい少し弛んだ顔面を太めの赤いフレームのメガネでごまかし、無理して着ているとしか思えないピチピチになっているグレーのスーツのボタンを無理にはめ、水色のストライプの入ったワイシャツを着て、全く似合っていない金モールのようなもので縁取った黒い蝶ネクタイを締め、脛を半分以上見せている短いグレーのスラックスをはき、しかも見えている脛はメガネのフレームと同じ赤い色のハイソックスで覆われ、大きめの黒いデッキシューズをはいていた。
さすがに怖い物知らずの洋子も一歩引き下がった。コーイチは昨年までやたら着ていた、紫色で全てコーディネートした腹巻付きのスーツよりはましかなと思っていた。
「いやいやいやいや、遅かったじゃないか」鞍馬の六郎は太めのからだを揺すり、ぐふぐふ笑いながら、意地悪そうな目をコーイチに向けた。「昼前にうちの部長に言われて、ここに居たんだよ。昼食も食べずにね」
「はあ、それは、どうも・・・」
コーイチはぺこりと頭を下げた。
「まあいい。俺が、この俺が、この会議、三十三分持たせてやる!」
鞍馬の六郎は決め台詞の様に言った。・・・これで、機嫌が良くなったかな? コーイチはほっとして横を見ると、洋子はじっと鞍馬の六郎を見据えていた。
「そうはおっしゃいますが、会議は午後からでしたよね」洋子がつまらないものを見たと言った表情をした。「昼前からこちらで待つ必要なんて、ないんじゃありませんか?」
「な、なんだね、君は?」鞍馬の六郎は洋子をにらみつけた。「俺は客だぞ! 待たせたのはお前らだろうが!」
「待たせたんじゃなくて、勝手に待っていたんでしょ? ご自分で勝手にやった事で、こちらに恩を着せられてはたまりませんね」
「まあ、まあ」コーイチは間に入った。・・・この男、気に入らない事があると、不貞腐れて、この場から去ってしまうんだよなぁ。「六田さんも、芳川さんも、ここは穏便に、お互いの会社の利益のため、まあ、落ち着いて話をしましょう」
洋子と鞍馬の六郎はにらみ合ったまま、長テーブルに進み、パイプ椅子に腰掛けた。
コーイチはイヤな予感に包まれていた。
つづく
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