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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 161

2020年10月20日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「ねぇ、逸子……」アツコが言う。明らかにいらいらしている。「もう、うんざりなんだけど……」
「そんな事を言ったって、わたしにはどうにもできないわよ」逸子が答える。逸子もいらいらしている。「わたしだって、負けないくらいうんざりしているわよ」
 エデンの園で支持者が現われるのを待っていた二人だが、いつまでも現れない支持者へ次第に怒りが募りはじめていた。行き場の無いオーラを発散させるべく組手を行ったりしたものの、それで治まるのも、ほんの一時だ。こうしてじっとしていると、怒りで不満ばかりが口をついてしまう。
 二人のいらいらによる気の乱れが、穏やかな気候のエデンを暗雲が垂れ込め、強風が吹き荒ぶ園へと変えていた。
 二人は地面に寝転んでいるが、互いに背を向け合っている。互いの間にも暗雲と強風があるようだった。
「あのさ、アツコ……」逸子がアツコを見ず、横を向いたままで言う。「タケルさんやナナさんの流した『ブラックタイマー』復活の話、逆に支持者を警戒させちゃったんじゃないかしら」
「そうかしら?」アツコも横を向いたままで言う。「写真だって撮ったし、三人の側近との組織再生準備の会話まで録音したのよ。ナナさんだって『これならいけるわ』って言ってたじゃない」
「でもさ、それが、あまりにも出来過ぎだって思われたんじゃないの? いくら何でも証拠が集まり過ぎだってさ」
「じゃあ何? やり方が失敗したって言うの?」
「だって、『ブラックタイマー』復活が本当だって思えば、接触してくるじゃない。でもそれが無い…… あれからどれだけの日数が経ったと思う?」
「支持者は慎重なのよ」アツコは地面を列を作って歩いている蟻を見ながら言う。「それとも、支持者ってタイムパトロールじゃない人物かもしれないわ。だから、情報が伝わっていないのかもしれないじゃない?」
「それが本当なら、いくらタイムパトロール内で言いまわっても無駄じゃない?」逸子は曇天の空を飛ぶ鷲を見ながら言う。「あなた、支持者と会っているんだから、タイムパトロールの人かどうかくらい、判断つくわよね? そのあなたが、タイムパトロールの人じゃないなんて言い出したら、最早、お手上げだわ」
「それなら言わせてもらうけど、もし、支持者がパトロール内の人物で、証拠を疑っているんだとしたら、逸子にも責任があるわ」
「どうしてよ? わたしは出来る限りの協力をしたつもりよ」
「出来上がった写真を見た? あなたの後ろ姿が写っていたけど、ピンと背筋を伸ばしてさ、気取ったポーズを取っていたじゃない?」
「わたしはモデルをやっているから、つい無意識でポーズを取っちゃったのよ」
「それがいけなかったのよ。わざとらしく見えて、警戒されたのよ。それに録音だって、『そうよ、そうよ』って言うだけだったのに、ものすごい棒読みだったじゃない? 実際、こんな下手で大丈夫かしらって、内心冷や冷やしていたわ」
「わたし役者じゃないし」逸子は語気を強める。「それを言うんなら、あなただって問題があるじゃない!」
「ないわよ!」
「顔のアップの写真よ! メイクのし過ぎだったわ。わたしはもっとナチュラルなものにした方が良いって言ったのに、『この写真は多くの人に見られるんだから、変な顔は出来ないじゃない』なんて言って、妙に意識したメイクにしたのがいけなかったのよ。いつものアツコと違うって支持者が思って警戒しているんだわよ!」
「何? わたしのせいだって言いたいわけ?」アツコは上半身を起こした。「自分を棚に上げるわけ?」
「ふん!」逸子も上半身を起こした。「支持者の正体を確かめなかったあなたの手落ちがそもそもの発端なんじゃない!」
 二人はにらみ合った。途端に雷が鳴った。生暖かい風が強くなった。周りの草樹が揺れ始める。
「元々はわたしの問題だったのよ!」アツコは立ち上がる。「それを横から口出しするように入って来たのはそっちじゃない!」
「何言ってんだか……」逸子も立ち上がる。そして、小馬鹿にしたように笑う。「アツコ一人だったら、またうまく言いくるめられて、支持者の言いなりになるに決まっているじゃない? だからわたしが居てあげているんじゃない。気が付かないなんて、おめでたいわ!」
「何ですってぇぇぇぇ!」
 轟音と共に稲妻が走った。空はますます暗くなった。風がさらに強くなり、草樹が引き千切られんばかりに煽られている。二人はにらみ合ったままだ。
「逸子! あなたにわたしがどれだけ嫌な目に遭ったのか分かる? どれだけ支持者を憎み恨んでいるのか分かる? 途中からのぽっと出のあなたには、絶対分からないわ!」
「一度騙された者は、何度でも騙されるのよ! 同じ過ちは繰り返さないなんて思っても、気がついたらまた言いなりになるに決まっているわ! 危なっかしくて見てられないわよ! だからサポートがいるのよ!」
「まあ! 何かって言ったら『コーイチさん、コーイチさん』って言っている人が、わたしのサポート? 色惚け女が良く言うわね! ……それにチトセちゃんとコーイチさんとの仲を見たでしょ? あれじゃあなたの負けは確実よ! 他人の心配より、自分の心配をしなさいよ!」
「お生憎様ね! わたしとコーイチさんとの仲はそんな事じゃびくともしないわよ! そう言う素敵な相手がいないあなたには分からないだろうけど。お気の毒様ね!」
「何よ、その上から目線は! 気に入らないわ!」
「何よ! 思い通りに行かないからって八つ当たりするの? とんだお子様だわね! チトセちゃん以下だわ!」
 二人のオーラが噴き上がった。あわてた側近の一人が二人の間に立つ。
「おい! 争いをしている場合じゃないだろう! 落ち着け! 二人とも、落ち着くんだ!」
「何なのよ!」アツコは側近をにらむ。その迫力に側近はたじろぐ。「あなた、わたしの側近なんだから、わたしの肩を持ちなさいよ!」
「ははは!」逸子は笑う。「肩も持てないほど、あなたがひどいって事よ!」
「やかましい!」
 アツコは叫んだ。


つづく



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