「あなた! 私を一人にしないで!」
病院のベッドに臥している夫にすがりつき妻は叫びました。妻の傍らに立っている医者は看護婦に頭を左右に振って見せました。
夫は薄れてゆく意識の中で、妻の手を力一杯握り(実際は指先がわずかに動いただけでした)、大きな声で(実際はかすれたささやき声でした)言いました。
「僕は君を幸せに出来なかった。だから僕の事なんか気にしないで、君は充分に幸せになってくれ・・・」
「あなたがいなければ幸せになんてなれないわ!」
夫の意識が薄れて行きます。妻は激しく夫を揺すりました。
「あなた! あなた! あな」
夫の意識が途切れました。
不意に意識が戻り「た!」の声を夫が聴いた時、ベッドで寝ている自分の胸元に泣き崩れている妻と、自分の脈を取っている医者と、記録をつけている看護婦を、背後から見る位置に立っていました。夫は妻のそばに寄り、その肩に手を置こうとしましたが、すり抜けてしまいました。
(そうか、僕は死んで幽霊になったんだな・・・)
夫は納得しました。夫は泣き崩れている妻を優しい眼で見つめ、こう決心をしました。
(でも、僕は君が幸せと感じるまでそばで見守っているよ・・・)
それから、葬儀を含む一連の弔いが慌ただしく行われましたが、妻は泣いてばかりでした。弔問に訪れた人たちは妻の愛の深さに胸を打たれ、同情する事仕切りでした。
それらが済み、妻は家で一人になりました。
妻は夫と並んで二人で笑顔を見せている写真の入った写真立てを手に撮り、その表をなでながら、再び涙ぐみました。
(こんな時に何もしてやれないなんて!)
夫は自分の身を恨みました。何とか慰める方法を考えていると、涙ぐんだままの妻の口元に笑みが浮かんできました。
笑みはだんだんと広がり、笑い声が加わり始めました。
(なんだ? どうしたんだ?)
夫は呆れた表情で妻を見つめました。
「あなた・・・」妻は写真に向かって語りかけます。「聞いてほしいの」
(何の話だ?)
「あなたが入院中に、私は別の病室の患者さんと知り合ったの。その患者さんは大変な大金持ちで、なぜか私を気に入ってくれたのよ。先に退院したんだけど、それからも私を気にかけてくれて、色々と贈り物をしてくれたわ」
(まさか・・・)
「でも、私はあなたを心から愛していたから、贈り物はお返ししました」
(良かった)
「でもね、そのうちあなたの容態が悪化し始め、いよいよ最期と言う日にあなたはこう言ってくれたわね。・・・僕は君を幸せに出来なかった。だから僕の事なんか気にしないで、君は充分に幸せになってくれ・・・って」
(確かに言った)
「その一言で私、決心したの。私はあなたのために幸せにならなければいけないって。でもね、あなたは自分の事は気にしなくて良いと言っていたけど、私にはつらい話だったわ。だけど、それもお葬式や何やらが済んでしまった今、あなたを私の良い思い出に出来そうなの」
妻は立ち上がりました。
(何をする気だ?)
「実はその大金持ちの彼から再三交際を申し込まれていたの。もちろん、あなたが居たから断り続けた・・・でも、もう大丈夫だわね。私は幸せになる、あなたのことを気にすることなく、これがあなたの遺言ですものね」
(確かにそうだが・・・)
「私彼と交際し、結婚まで進んでみせます。そして大金持ちの妻になって、あなたの遺言を果たします」
妻は写真立てを伏せ、電話に向かいました。
「もしもし、私です。・・・今までご返事しなくて済みませんでした。これからはよろしくお願いします・・・えっ、これから迎えに来てくださるの。わかりました、お待ちしていますわ」
妻は受話器を置くと、満面に幸せいっぱいの表情を浮かべていました。
(妻が幸せになったのを見届けたから良いか・・・本当に良いのか?)
なんとなく割り切れない表情のまま、夫はあの世へと旅立って逝きました。
病院のベッドに臥している夫にすがりつき妻は叫びました。妻の傍らに立っている医者は看護婦に頭を左右に振って見せました。
夫は薄れてゆく意識の中で、妻の手を力一杯握り(実際は指先がわずかに動いただけでした)、大きな声で(実際はかすれたささやき声でした)言いました。
「僕は君を幸せに出来なかった。だから僕の事なんか気にしないで、君は充分に幸せになってくれ・・・」
「あなたがいなければ幸せになんてなれないわ!」
夫の意識が薄れて行きます。妻は激しく夫を揺すりました。
「あなた! あなた! あな」
夫の意識が途切れました。
不意に意識が戻り「た!」の声を夫が聴いた時、ベッドで寝ている自分の胸元に泣き崩れている妻と、自分の脈を取っている医者と、記録をつけている看護婦を、背後から見る位置に立っていました。夫は妻のそばに寄り、その肩に手を置こうとしましたが、すり抜けてしまいました。
(そうか、僕は死んで幽霊になったんだな・・・)
夫は納得しました。夫は泣き崩れている妻を優しい眼で見つめ、こう決心をしました。
(でも、僕は君が幸せと感じるまでそばで見守っているよ・・・)
それから、葬儀を含む一連の弔いが慌ただしく行われましたが、妻は泣いてばかりでした。弔問に訪れた人たちは妻の愛の深さに胸を打たれ、同情する事仕切りでした。
それらが済み、妻は家で一人になりました。
妻は夫と並んで二人で笑顔を見せている写真の入った写真立てを手に撮り、その表をなでながら、再び涙ぐみました。
(こんな時に何もしてやれないなんて!)
夫は自分の身を恨みました。何とか慰める方法を考えていると、涙ぐんだままの妻の口元に笑みが浮かんできました。
笑みはだんだんと広がり、笑い声が加わり始めました。
(なんだ? どうしたんだ?)
夫は呆れた表情で妻を見つめました。
「あなた・・・」妻は写真に向かって語りかけます。「聞いてほしいの」
(何の話だ?)
「あなたが入院中に、私は別の病室の患者さんと知り合ったの。その患者さんは大変な大金持ちで、なぜか私を気に入ってくれたのよ。先に退院したんだけど、それからも私を気にかけてくれて、色々と贈り物をしてくれたわ」
(まさか・・・)
「でも、私はあなたを心から愛していたから、贈り物はお返ししました」
(良かった)
「でもね、そのうちあなたの容態が悪化し始め、いよいよ最期と言う日にあなたはこう言ってくれたわね。・・・僕は君を幸せに出来なかった。だから僕の事なんか気にしないで、君は充分に幸せになってくれ・・・って」
(確かに言った)
「その一言で私、決心したの。私はあなたのために幸せにならなければいけないって。でもね、あなたは自分の事は気にしなくて良いと言っていたけど、私にはつらい話だったわ。だけど、それもお葬式や何やらが済んでしまった今、あなたを私の良い思い出に出来そうなの」
妻は立ち上がりました。
(何をする気だ?)
「実はその大金持ちの彼から再三交際を申し込まれていたの。もちろん、あなたが居たから断り続けた・・・でも、もう大丈夫だわね。私は幸せになる、あなたのことを気にすることなく、これがあなたの遺言ですものね」
(確かにそうだが・・・)
「私彼と交際し、結婚まで進んでみせます。そして大金持ちの妻になって、あなたの遺言を果たします」
妻は写真立てを伏せ、電話に向かいました。
「もしもし、私です。・・・今までご返事しなくて済みませんでした。これからはよろしくお願いします・・・えっ、これから迎えに来てくださるの。わかりました、お待ちしていますわ」
妻は受話器を置くと、満面に幸せいっぱいの表情を浮かべていました。
(妻が幸せになったのを見届けたから良いか・・・本当に良いのか?)
なんとなく割り切れない表情のまま、夫はあの世へと旅立って逝きました。
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