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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 94

2020年07月25日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 モニタースクリーンに映し出されたタロウの顔に、その場の一部の女性たちは歓喜の悲鳴を上げ、アツコを期待していた多くの男性は落胆のため息をついた。
「タロウって…… どんな人?」逸子はテルキに聞く。「人気があるのかないのか、分かんない人ねぇ……」
「うん……」テルキはスクリーンを見ながら言う。「アツコの幼なじみで、『ブラックタイマー』の幹部の一人だ。とにかく頭が良いヤツさ」
「そうなんだ……」
「話じゃ、『ブラックタイマー』を大きくしたのも、色々なルールを作ったのも、タロウだそうだ」
「じゃあ、実質のリーダーって所かしらね」
「でもなぁ…… そこそこ良い男だから、一部の女性には人気があるけど、全体的には今一つ人気が無いんだよ」
「性格が悪いの?」
「う~ん、オレもよく分かんないんだけど、何故か好かれていないんだよなぁ」
「ふ~ん……」
 逸子はモニタースクリーンのタロウを見た。真面目で一生懸命っぽい雰囲気は伝わって来るが、人を惹き付けるものが無いように思えた。裏方に回ると才能を発揮しそうなタイプだと思った。
「諸君!」スクリーンのタロウは繰り返した。「今日は、とても重要で重大な話があるのだ!」
 逸子の周囲から「勿体つけているわねぇ」とか「頭が良いからって、偉そうな言葉を使うなよな」などの不満が聞こえた。
「実は……」タロウはわざと間を開けた。ざわめきが治まった。タロウは深呼吸をして続けた。「……現リーダーと元リーダー、トキタニ・ケーイチとアツコが逃げ出したのだ!」
 タロウの言葉に、その場の全員が叫びを上げた。
「え? 何? どう言う事?」逸子がテルキに詰め寄り、叫びに負けじと大声を出す。「コーイチさん、ここに居ないって事なの?」
「今の話が本当ならそうなる!」テルキも大声で答える。「それだけじゃない、アツコも居なくなったんだ!」
「どこへ行っちゃったのよう!」
「それは、分かんないよ!」
「あなた、潜入捜査官なんでしょ?」
「そんな事を言われても、オレだって、今初めて聞いたんだぜ!」
「まさか、コーイチさん、アツコと一緒って事はないでしょうね?」
「それも、分かんないよ。……でも、あの話の感じじゃ、一緒の可能性は高そうだ」
「何ですってえ!」逸子は怒りで全身を震わせた。「……アツコォォォォォォ!」
「諸君! 落ち着いて話を聞いて欲しい!」スクリーンのタロウが言う。「落ち着いてくれ! 話を聞いてくれ!」
 しかし、静かにはならなかった。それどころか、「アツコ、アツコ!」や「ケーイチ、ケーイチ!」のシュプレヒコールが上がり始めた。
「誰もタロウって言わないわね!」ナナが大きな声でタケルに言う。「人気が無いのね!」
「そうだな!」タケルも大きな声でナナに返す。「頭が良くて、そこそこ良い男なのにな!」
 不意に画面からタロウが消えた。横から突き飛ばされたのだ。続いて画面に現われたのは、アツコの部下の一人だった。
「みんな、話を聞いてくれ」
 部下の声は落ち着いて、静かだった。ざわめきやシュプレヒコールがぴたりと止んだ。皆が画面に見入った。
「タロウが言ったように、アツコとトキタニ・ケーイチとは、ここには居ない」部下は話し始めた。声のトーンが効果的なのか、皆はしんとして聞いている。「アツコは、タイムパトロールにいると言う、我々の活動の支持者なる者と通じていた。そして、その者の言う通りに我々を動かしていた。また、新リーダーのトキタニ・ケーイチの名は、アツコが勝手に付けたものだ。本当は偉大なコーイチと呼ばれている人物だったが、実際は、タイムマシンの事など何も知らない単なるコーイチだったのだ」
 どよめきも何も起こらなかった。皆、静かに驚いていた。皆、じっとスクリーンを見つめていた。突然、スクリーンにタロウのアップが映った。部下の前に割り込んでカメラを独占したのだ。
「諸君! アツコとコーイチは、我々を欺いていたのだ! 欺いていたのがばれて逃亡したのだ! 何たる無責任な話だろうか!」タロウは強く言う。「そこで、我々『ブラックタイマー』を立て直す必要がある! しかも早急にだ。そのために、不肖このボクがリーダーとなって、『ブラックタイマー』をより良いものにしたいと思う!」
 あまりの出来事に皆が戸惑っていた。近くの者同士が顔を見合わせている。
「諸君! ここで決議だ!」タロウは軽く咳払いをした。「……アツコとコーイチを二度とここへは戻れぬように追放し、ボクをリーダーとして『ブラックタイマー』を立て直す。これに賛同の者は挙手をしてくれ!」
 タロウは言うと、満足そうな笑みを浮かべた。


つづく

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