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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 95

2020年07月26日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「質問!」
 しんとしたメンバー一同の中から声が上がった。皆が声の方に顔を向ける。上げた右手を大きく左右に振っているのはテルキだった。逸子は呆れた顔でテルキを見ている。
「質問! 質問!」
 テルキは周囲を全く気にすることなく大声を出しながら手を振っている。周囲からも「質問させてやれ!」とか「タロウ! また臆病虫が湧いたのか?」とかの声が上がり始め、皆がタロウの居る天守閣を見上げた。ざわめきも大きくなって行く。
「諸君!」タロウが言う。「ボクは諸君の言論を封じるような専制君主や社会主義国の元首ではないと言っておこう。質問は受けよう。モニタースクリーンの所にマイクがある。それを使えば大声を出さなくても大丈夫だ」
 テルキは茫々の髭をぽりぽりと掻きながらスクリーンに向かう。
「何をするつもりかしら?」逸子はテルキの軽やかな足取りを見ながらつぶやく。「目立とうって感じじゃなさそうだけど……」
「う~ん……」タケルが腕組みをして首をかしげる。「……昔の先輩だったら、何かやってくれそうだって期待できたんだけどなぁ……」
「とにかく様子を見るしかないわね」ナナは不安そうだ。「万が一何か問題が起こったら、その時は助けに行かなくちゃ……」
 三人が見守る中、テルキはスクリーンに辿り着いた。巨大なモニタースクリーンの前は能の舞台のような総檜造りの板張りの床になっていた。その中央にマイクスタンドが立っていた。思わずテルキは靴を脱いで上がった。タロウが口を開けると一飲みにされそうな印象があるほど大きく顔が映っているスクリーンの前にテルキは立つ。スタンドからマイクを右手で取り上げ、左手で軽く叩いた。ぽんぽんと言う音が巨大スピーカーから流れる。
「君、心配する事はない。ちゃんとマイクはオンにしているよ」タロウは言う。「さあ、質問をしてくれたまえ」
「え? じゃあ……」テルキは偉そうな物言いのタロウを気にすることなく話し始める。「ちょいと気になったんだけどさ、良いかな?」
「ああ、どうぞ」タロウは余裕の笑みを浮かべている。「もちろん、ボクでわかる事ならね」
 何でも知っているボクがこんな事を言うんだから面白いだろう? と言う、タロウは気の利いたジョークのつもりだったのだが、誰も反応しなかった。そもそも誰も気が付いていないようだ。タロウの笑みが引き吊ったものになった。
「それでは……」テルキもタロウのジョークに気が付いていないようで、無反応のまま、大映しのタロウの顔に向かって続ける。「気になったのは、アツコとコーイチがオレたちを欺いていたって、どうやって分かったのかって事さ」
「え?」タロウの笑顔がすっと消えた。「それは…… 聞いたからだ……」
「おや、調べたんじゃなくて、聞いたんだ」テルキは驚いた顔をする。「……で、誰に?」
「誰に……」タロウの目が泳ぎだした。大きなスクリーンなので、その動きははっきりと皆に見えている。「……それは、どう言う意味かな?」
「意味も何も…… 聞いたんなら、話した人物がいるって事じゃない?」
「……いや、間違えたよ。手紙だった!」タロウは大きくうなずく。「そう手紙だった! 間違えて済まない」
「ほう、手紙だったんだ……」テルキは髭をぽりぽりと掻いた。「で、誰からの手紙なんだい?」
「誰から……?」
「手紙には、差出人がいるじゃない?」
「……いや、差出人の名前は無かった……」
「じゃあさ、その手紙って匿名って事だろう? 内容って信頼がおけるものなのか? 真実だって言えるのか? ちゃんと調べて確かめたのか?」
「アツコとコーイチが認めているんだぞ!」タロウが強く言う。「それで逃亡したんだぞ!」
「そう言うんなら、手紙を見せてくれよ」テルキは言い、振り返って皆を見た。「オレたちには手紙を見る権利があるだろう? な? 皆の衆!」
 叫び声が上がった。「そうだ!」「手紙を見せろ!」「ひょっとして、タロウの作り話じゃないのか?」皆は口々に叫ぶ。
「待て! 待て、諸君!」タロウが絶叫する。「アツコが全てを認めた事は、アツコの三人の部下たちも知っている。……な? そうだったろう?」
 タロウは振り返って三人の部下を見た。しかし、三人とも何も言わずに立っている。
「おい、君たちも聞いただろう? 捕えるようにと言ったのに、逆らって逃がしたじゃないか! 覚えているだろう? ボクには羽交い絞めされた痛みがまだ残っているんだぞ!」タロウは必死だ。「それに、この場で皆の同意が得られれば、ボクをリーダーとしても良いって事になっただろう? おい、どうして黙っているんだ? 君たちがそう言ったんじゃないか!」
「お~い、タロウ」テルキがのんびりした声で呼びかけた。タロウはむっとした顔をスクリーンに向けた。「オレたちはさ、組織だ、ルールだなんてどうでも良いんだよ。あの美人ちゃんのアツコが見られればな。オレたちは、アツコがいれば、他の事なんざぁ、どうだって良いんだよ。なあ、皆の衆、そうだよな?」
 賛同の雄叫びが上がった。「アツコ! アツコ!」のシュプレヒコールが上がる。
「やっぱり、テルキ先輩、やるじゃん……」
 タケルはつぶやいた。


つづく

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