お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

探偵小説 「桜沢家の人々」 9

2008年01月26日 | 探偵小説(好評連載中)
「ええっ! これなんですか?」
「左様です。これでございます。どう致しましょうか・・・」
「どうもこうも無いんじゃないでしょうか・・・」
「そうですよねぇ・・・」
 ドアの向こうから正部川と大沢のやり取りが聞こえた。冴子がドア越しにいらいらした口調で声をかけた。
「正部川君、文句は言わないの!」
「文句じゃないよ。それ以前の問題なんだ」
 ドアの向こうから正部川が答えた。何を言ってるんだろう、この最低男め! 冴子は顔をしかめながら心の中で罵っていた。・・・そうだ!
「大沢さん、その人の言う事なんか全く気にしないで、早く着せて下さい」
 冴子はわざと明るい声で言った。大沢の少し持っているためらいを払拭させるためだ。
「左様で・・・ 冴子様がそうおっしゃるんでしたら」
 大沢のほっとしたような声が聞こえた。
「いやだ、いやだぞ! 僕はいやだ!」
 正部川の必死の抵抗が聞こえた。
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。取りあえず着るようにとの仰せですから、従って下さい」
「じゃ、あなたは冴子が泣けと言ったら泣くんですか!」
「泣きますよ、いくらでも泣きます。ですから着てみましょう」
 二人のやり取りを笑いをこらえながら冴子は聞いていた。どんな正部川君が出てくるんだろう、妙に意地の悪い心が芽生えていた。
 ドアが開いた。
 先に大沢が出て来た。申し訳なさそうな顔を冴子に向ける。
「・・・冴子様、一応着て頂きましたが、何と申し上げればよいか・・・」
「構いませんわ」品の良い声で答え、それから奥へ向かって意地悪い声で言った。「正部川君、出て来て素敵な姿を見せてちょうだい!」
 ドアの奥から燕尾服を着た子供がおずおずと現われた――様に見えた。ズボンは膝辺りで後ろに折れ、上着の腕は半分ほどが前にだらりと垂れ下がり、肝心の燕尾は怪獣の尻尾のように引き摺られている。蝶ネクタイをしたカラーを立てたワイシャツの首回りはもう一つ首が入りそうだ。――それほど大きな服だった。
「実を申しますと、この服はアフリカの某国の大使様からのご注文でした」大沢はさらに申し訳なさそうな顔をした。「身長が二メートルをはるかに超え、体重も二百キロ近い方でした。ところが、お渡しする前日でしたか、本国にクーデターが起こり、その方は本国へ強制送還され、この服だけが残りました」
「そうなの・・・」
 冴子が正部川をじっと見ながら答えた。正部川は所在無げに立っていた。沈黙が流れた。
「ああ、もうだめ!」
 冴子は叫び、大声で笑い始めた。涙を流している。大沢も冴子の笑いで堰を切ったのか、裏声交じりの声で笑い始めた。外にいた大男たちは何事が起きたのかとガラス戸を開けて飛び込んで来た。そして、正部川の格好を見て低い声で笑い出した。
「もういい加減にしてくれよ!」
 正部川は怒鳴ったが、笑い声にかき消されてしまった。

    続く


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