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コーイチ物語 「秘密のノート」 61

2022年09月07日 | コーイチ物語 1 7) 赤い服の美女  
 コーイチは踊り場から下へ向かう階段を覗いた。しかし誰もいなかった。彼女はどこへ行ったんだろう。本当にいたのかなぁ……
 上を見るとへたり込んでいた岡島がいつの間にかいなくなっていた。……本当に岡島もいたんだろうか。
 コーイチは腕を組んで深刻な表情で考え込んでしまった。しかし、すぐにいつもの表情に戻った。
「ま、いいか。考えても分からない事だし」
 コーイチは自分に言い聞かせるように声を出した。
 変なノートを拾ったり、引き出しに顔があったりしたんだから、いまさら変な事が増えたって、ちっとも困りはしないじゃないか。みんなまとめて面倒見てしまえ。
 コーイチはついたホコリをパンパンと掃い、階段を上った。扉を開けて廊下に戻る。書類の山は相変わらずだったが、二つの大きな穴が目に付いた。
 やっぱり吉田部長と岡島は、ここにいたんだよな。じゃ、踊り場で落ち込みポーズを取っていた岡島は本当にいたわけだ。なら、岡島を落ち込ませた(フリをさせた)彼女もいたと言う事だよな。コーイチは勝手な理屈を組み立てながら、一人で頷いた。そして彼女の面影を思い浮かべ、ちょっと頬を赤らめた。
「おい、コーイチ、どこへ行ってたんだ」
 西川が四課の部屋から出て来て、にへらにへらと微笑みながら佇んでいるコーイチを見つけて声をかけた。コーイチはあわてて真顔になって西川のそばへ行った。
「どこって、部長に知らせに行ったら、岡島と共に書類の山から噴火してしまい、流れ出した書類の溶岩を避けようとしたら、非常階段の扉を開けてしまい、気が付いたら転がり落ちてしまっていたんです」
 そこで起こった事については話さなかった。現実主義者の西川さんに話したら何を言われるかわかったもんじゃない。人間が消えるわけがない。打ち所が悪かったんだ、今日は帰って寝ろ…… なんて一蹴されておしまいだろうからなぁ。
「ところで、ケガはないのか?」
 西川が心配そうに聞いた。コーイチは顔の前で両肘を曲げ、何かを巻き取るように肘から先をクルクルと勢い良く回し出した。
「ご覧の通り、幸いにどこもケガはありません」
「ボリー・ザ・ブートキャンプが出来るんなら大丈夫か。でも、あの階段を転げ落ちて何ともないなんて、誰かに守ってもらったとしか思えないんだがな……」
 ひょっとして彼女が守ってくれたのかな…… コーイチは思った。また面影が脳裏に浮かんだ。
 口元がだらしなくにへらにへらと緩んでしまう。
「ケガはないようだが、どこか打ったんじゃないのか?」
 西川はコーイチの様子を見て言った。
「い、いえ、大丈夫です、平気です、元気です!」
 コーイチは真顔に戻って言った。
「それなら良いか…… 今さっき吉田部長と岡島が、出世が、世界を乱舞が、とか言いながら廊下を走り去って行った。多分パーティへ向かったんだろう。こちらもそろそろ行くとしよう。……どうした?」
 コーイチは後ろを振り返った。やはり誰もいなかった。ちょっとガッカリした表情になった。
「いえ、人には言えないっす、やっぱり……」

       つづく

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