お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

探偵小説「桜沢家の人々」 20

2010年07月30日 | 探偵小説(好評連載中)
「わたし、博人さんが好き!」
 そう宣言した冴子に周囲が戸惑った。父の正二郎は「お前の素直な気持ちは分かるが、立場もわきまえて欲しい」と諌めた。
 世間では紫籐家と桜沢家はライバルのように思われている。実際、それぞれに関わっている者たちの中にも、そう言った思い込みが広く蔓延しており、両家に係わる企業の発展向上の原動力にもなっていた。
 それだけに、冴子の思いは、その根幹を揺るがすものとなる。対峙する企業の将来を握る次の世代が結びつこうとしているとは・・・ まるでジュリエットではないか・・・ 紫籐は桜沢に食われるのか・・・ 陰口が横行する。
 冴子は三鬼松に相談した。
 三鬼松は不機嫌そうな顔で冴子を見つめて言った。
「じいちゃんはいつもお前になんと言っておる?」
 冴子は三鬼松に挑みかかるような表情で答えた。
「もともと人は同じ者、特別な者など無いって、いつも言ってるわ・・・」
 とたんに三鬼松は大笑いをした。冴子の表情も柔らかくなる。
「そうじゃ、その通りじゃ! 紫籐だ桜沢だと抜かしておる、たわけ共は放っておけ! じいちゃんは冴子を応援しとるぞ!」
 冴子の猛アタックが始まった。毎日の電話攻勢、休みには強引なデート、ついには博人の通う中学に転校したいとまで言い出す始末だった。
 博人にしても、御曹司と呼ばれ、皆が腫れ物のように接する日々に閉口していただけに、純粋に自分にだけ関心を向けてくれる冴子を、好ましいものとして見ていた。
 二人の仲が良くなるにつれ、紫籐の中から反発の声も聞かれるようになった。
 しかし、阻止しようとする者は三鬼松に睨まれた。
 正二郎が堪らずに直談判をした。
「お父さんは何を考えているんです? 近い将来、うちが桜沢に乗っ取られる、そう心配する者もいます。また、それを許したお父さんを、耄碌したと罵る者までいるんですよ!」
 三鬼松は不機嫌そうに正二郎を睨みつけた。しばらくして口を開く。
「じゃあ聞くが、お前は紫籐をさらに大きなものに出来るのか?」
「・・・」
 正二郎は答えられない。はっきり言って自信がない。
「お前の力量じゃ、現状維持が精一杯だろう」
「・・・」
 図星だった。いや、下手をすればそれすら危うい・・・
「さらに聞くが、お前の次は誰がおるのだ? 冴子か? それとも、冴子にとってやる婿か?」
「・・・」
 正二郎にはどちらも想像ができなかった。
「博人君は、物凄い大物になる! 彼が桜沢を継げば、紫籐は足元にも及ばなくなる」
 三鬼松の言葉に、正二郎はしたり顔で頷き返した。
「それが本音ですか? それで、今のうちから懐柔しようと言うことで・・・」
 とたんに三鬼松は怒鳴った。家中が揺れた。
「馬鹿者! 冴子が惚れた相手だぞ! あのおてんばが本気になっておるんだぞ! 純情な恋心だぞ! 何でもかんでも仕事に結びつけるな、この大たわけが!」
「ですが、そう言った話をされたのはお父さんじゃないですか・・・」
「それは単なる副産物だ。仮に冴子の惚れた相手がどこの誰ともわからん者であっても、わしは冴子を応援する。冴子の目は正しい。何しろ、わし以上にわしっぽいからな!」
 そう言って三鬼松は笑い、正二郎はすごすごと引き下がる破目となった。



    続く






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