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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 105

2020年08月12日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「……さてと……」
 タケルが真顔で逸子とタロウに話しかける。その左頬には真っ赤なナナの手の平の跡が残っている。タケルはあまりにもふざけたことを言い過ぎてナナに叱られたのだ。逸子は笑いをこらえ、タロウは子供の頃アツコから同じ目に遭わされたことを思い出させ、アツコの三人の部下はアツコ以外にも怖い女性がいることを思い知り、叱ったナナは手の平をじんじんさせながらもぷっと頬を膨らませていた。
「逸子さんには悪いんだけどさ」タケルは言いながら、さりげなく左頬を掻く振りをしながら撫でた。「アツコの言ったエデンの園は、やっぱり調べてみないとはっきりしないんだ」
「調べるのは仕方ないけど、もう少し短い時間で何とかならないの?」逸子は口を尖らせる。「わたしが心配しているのは、調べました、向かいました、でもアツコはそこにいませんでした、別の場所へ別の時代へ行ってしまったのでした、って事なの。そうなっちゃうと、ずっと追いかけ回さなくちゃならないかもしれないわ…… 今はエデンの園に居るって分かっているけれど、次はどこへ行くのかは分からないし……」
「そうですね」タロウが言う。「ボクが提案したほかの場所はことごとく『没!』って言われちゃいましたから、他へ移動したなんて事になったら、もうボクにはどこに行ったのかは思いつきませんね」
「エデンの園か…… できるだけアツコの居る時間に近付きたいわよね……」ナナも腕組みしながら思案をする。ふとその表情が明るくなった。「……あ! そうだわ! ちょっと待ってね!」
 ナナはそう言うと、ごそごそと着ている青いつなぎのポケットをあちこち探り始めた。
「おい、ナナ」タケルがナナの様子を見ながら言う。「手伝ってやろうか?」
「……タケル……」ナナは手を止めてタケルをにらむ。「右のほっぺたも赤くしなきゃ、分からないのかしら?」
「ははは、冗談だよ、冗談!」タケルは笑いながら言う、しかし、その眼は恐怖を浮かべていた。「……ところで、何を捜しているんだい?」
「ケーイチさんに作ってもらった装置よ」ナナは言いながら再び手を動かす。「ほら、タイムマシンの出現場所を細かく設定できる装置。あの装置にタイムマシンの追跡機能もあったはずよ。わたしは操作方法を教えてもらったわ」
 ナナはそう言いながらあちこち探っている。胸ポケットに手を突っ込んでむにゅむにゅと捜してみたり、お尻のポケットに手を突っ込んでさわさわと捜してみたり。男たちの視線がナナの動きに集まる。
 外側のポケットには入っていないと確認したナナは、内ポケットを探ろうと、前ファスナーの首元に手をかけてた。そこで男たちの視線に気が付き、真っ赤になりながらくるりと背を向けて、じじじとファスナーのスライダーを動かす音とともに首元にあった右手が胸元へお腹の所へと下がって行く。
 元々緩い感じのつなぎだったので、ファスナーが下がったせいでナナの右肩を包んでいたつなぎがはらりと下がり、ナナの白くてなめらかな肌が丸見えになった。男たちは声にならない歓喜の声を上げた。
 と、逸子が素早く跳躍し、ナナの姿を隠すように立ちはだかると、両手を広げた。
「ほら! 男子全員回れ右よ!」
 逸子の気迫に押され、タケルは滅多に見られないナナの姿なので心底残念そうに、タロウは初めて見る女性の柔肌の輝きに戸惑い(それでも逸子が好きなのは変わらない)、三人の部下は見ていたチャンネルをいきなり替えられたような不服感を胸に、渋々回れ右をした。
「あった!」
 しばらくして上がったナナの声に男たちは振り返ろうとしたが、逸子がこわい顔でにらんでいるのを見て、再び回れ右をした。男たちは背中で、ナナのファスナーが戻る音を聞き、逸子が「どこも見えていないわね、大丈夫!」とナナを確認している声を聞いた。
「さあ、もう振り返っても良いわ」
 男たちが振り返ると、ナナは五センチ角の薄い金属の破片のようなものを右の親指と人差し指とで挟んで、得意そうな表情をしていた。そのポーズはケーイチと一緒だった。
「えへへ……」ナナは恥かしそうに笑う。「無くさないようにって、大切に仕舞いすぎてたわ」
「どこに仕舞ってたんだよ?」タケルが聞く。「内ポケットって言ったってそんなにはないぞ」
「ポケットじゃなくって」ナナは恥かしそうに下を向く。「……下着の中だったわ」
「上のか? 下のか?」
 タケルが真剣な顔で聞く。次の瞬間、逸子に蹴飛ばされたタケルが部屋の隅に転がっていた。
「馬鹿な事を聞きたい人は他にいるかしら?」逸子はうっすらとオーラを揺らめかせながら言う。皆沈黙している。微かにタケルのうめき声が聞こえる。「……じゃあ、この話はここまでね」
「……ええと」ナナは軽く咳払いをする。「これを使えばアツコの向かったところ、時間に行くことができるわ。……そこで、タロウさんに聞きたいの」
「はい?」いきなり話を振られたタロウは間の抜けた返事をする。「何でしょうか?」
「アツコの持っているタイムマシンの機体番号って分かる?」
「それは、分かりますけど……」タロウは意味が分からないと言う顔をする。「それをどうするんです?」
「それを入力して作動させると、行った先が分かるのよ」
「そうなんですか……」タロウは目を丸くする。「……そんなものを作れる人がいるんですか。ボクなんか足元にも及ばないな……」
「そりゃそうよ」ナナがあっさり肯定する。「なんたって、タイムマシンを作った重要人物なんだもの。頭の構造が違いすぎるわね」
「……ええ、そうでしょうね……」
 ナナの言葉にタロウは笑みを返す。……普通なら「いえいえ、そんなことはないわよ、タロウさん。あなたも十分に頭が良いわよ」くらいは言うんじゃないか? そこまでボクを下に見るのか? そうか、ボクの心がナナさんに向かなかったから、わざとこんなことを言って嫌がらせをしているんだな。そっちがその気なら……
「アツコのタイムマシンの機体番号は『1236-598-772』ですよ」
 タロウは言った。ナナはその数字を入力し始めた。


つづく


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