お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

豆蔵捕り物帳 5

2022年01月23日 | 霊感少女 さとみ 外伝 1
 豆蔵は抜いた包丁を見る。朱に染まっているが既に乾いていた。突然、、豆蔵は切っ先を片倉に向ける。
「おい、妙な事をするんじゃねぇよ」
 片倉はイヤそうな顔をする。
「いえ、そうじゃねえんで」豆蔵は包丁を高く差し上げる、「どうでやす? かなりの手入れがしてあるように見えやせんか?」
「……そうだな」片倉も包丁を覗き込む。「こりゃ、毎日毎日丁寧に研いでいるって感じだな」
「へい。ただ、研ぎ過ぎて、ちいと薄くなっているようで……」
「豆蔵、お前ぇ、詳しいな。知り合いの女にでも教えてもらったか?」
「へへへ、まあ、そんなところで……」相好を崩す豆蔵だが、目は笑っていない。「これじゃ、料理には使えねぇ」
「って事は、端っから、人殺し用にしてあったって言うのか?」
「あり得る話でやしょうね。これだけ研いでいりゃあ、ぶすりとやるのも大して力が要らねぇ……」
「怪しい借金取りの必殺の道具ってわけだ」
「そうかも知れやせん……」
 そこへ松吉が入って来た。
「親分、訊いて回ってきやした」
「おう、ご苦労。で、何か分かったかい?」
「へい……」松吉は一呼吸置く。「隣のおたき婆さんと向かいのおてるの他の連中から話を聞きやしたが、怒鳴り合う声がしていたと言う事でやした」
「みんながそう言うのかい?」
「へい。よっぽどの大声だったんじゃねぇですかね? 中にはその借金取りを見たってのもいて……」
「どんな格好だったって?」
「六尺(約百八十センチ)は優にある大男だったそうで。他にも、腕周りが大の男の腿くらいあったとか、髭面だったとか、つるつる頭だったとか……」
「おい、豆蔵、それだけ特徴がはっきりしていりゃあ、すぐに手配も出来ようぜ」片倉が笑う。「まあ、大男のようだから、捕り手は人数がいるな。いざとなったら叩き切っちまうか」
「おう、松吉……」豆蔵は片倉の言い分を無視する。「その話、一軒一軒回って仕入れたのか?」
「いえ、鉄太郎が運ばれて役人が居なくなって、しばらくしたら、女房衆や男衆がぞろぞろ出て来て、血で汚れた土を掃いたり塩を巻いたりし始めやしてね。まあ、後片付けでさぁ。そん時に、丁度良いと思って訊きゃした」
「そうかい……」
「みんな、我先にって感じで話してくれやしてね。いっつもこうだと楽だなあなんて思いやしたよ」
「そうかい、そりゃあ良かったじゃねぇか」
 そう言うと、豆蔵は包丁を上がり框に置いた。
「どうする、豆蔵? その入道みたいな野郎を探すのか? なら、一緒に行くぜ」片倉は乗り気だ。「見つけたら叩き切ってやる」
「へい……」豆蔵は生返事を返す。「その前ぇに、ちと行く所がありやすんで……」
 豆蔵は言うと番屋を出た。
「親分! あっしもお供しやす!」
「いや、お前ぇは、片倉様のお相手をして差し上げな」
 飛び出してきた松吉に豆蔵は言った。


つづく

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