「先輩! まだその格好をしているんですかぁ!」玄関の外で朱音は言うと、その場で地団太を踏み始めた。「わああっ! やっぱり部屋に飾っておきたいぃぃ!」
「おい、何言ってんだ、お前は?」アイが朱音を睨みつける。「姐さんにふざけた事言ってんじゃねぇぞ!」
「まあまあ、アイ」麗子がアイの肩を軽く叩く。「あなただって、さとみを飾っておきたいって思わなかった?」
「おい、馬鹿な事を言うなよ……」アイは赤い顔をして麗子を見る。「そんなこと思うわけ無いだろう!」
「ねぇ、さとみ……」麗子は言いながらくすっと笑う。「アイってこう見えてね、人形集めが趣味なのよね。ポコちゃんもお気に入りなのよ」
「うるせぇなぁ!」
アイが麗子につかみかかろうとする。麗子はきゃあきゃあ言いながら笑っている。そんな二人を押し退けるようにしてしのぶが前に出てきた。アイも麗子も何事と言う顔で動きを止め、しのぶを見る。
「先輩……」しのぶが真顔でさとみに言う。「理科室の骸骨標本の話って、知っていますか?」
「こら、のぶ! その話はまた後でって、さっき決めたじゃない!」朱音が慌てて、しのぶの肩をつかむ。「今日は、昨日のお礼を言いに来たんでしょ!」
「でも……」
「でもじゃないわ! 先輩はお疲れだったから、学校を休んだのよ! そんな話をするなんて、非常識だわ!」
「お疲れなのに、ポコちゃんのまんまじゃない?」
「たしかにポコちゃんのまんまだけど、きっとお疲れになって、そのまま寝ちゃったのよ」
ポコちゃんポコちゃんと連呼され、さとみはぷっと頬を膨らませる。麗子は骸骨標本との言葉にイヤな顔をしている。
「おい、何だ?」アイが朱音としのぶを交互に見る。「昨日って、何があったんだ?」
「……あのさ」さとみが割って入った。「ここじゃ狭いから、外に出ない?」
さとみを先頭に、アイと麗子、朱音としのぶが続き、近所の公園に入った。公園で遊んでいた子供たちが一斉にさとみの一団を見る。「ポコちゃんだ……」と言う子供たちのささやきが聞こえる。
木造の東屋を模した休憩所に入る。長椅子になっている板に座る。中央には木製の天板で所々錆が浮き塗装の剥がれた黒塗りの鉄製の支柱の付いた大きな丸テーブルがある。さとみから見て、右手に朱音としのぶが、左手にアイと麗子が座り、四人の八つの瞳がさとみに注がれている。
「……で、さとみ」口火を切ったのは麗子だ。「昨日、何があったのよ?」
「ちょっと、この娘たちと、一緒に居たのよ」
「何してたのよ?」
「何って、それは……」
さとみは口をつぐんだ。麗子は心霊系の話が大の苦手だ。そのくせ強がりだった。さとみに「弱虫麗子」と言われるのがイヤで、その場では平然とした顔で心霊話を聞くのだが、その日は夜中の間部屋の灯りを点けっ放しにし、背中を壁にぴったりと付けて、イヤホンで音楽をがんがん掛けて過ごす。そんな麗子を知っているさとみなので、口をつぐんだのだ。麗子も、さとみが心霊に関する事をあれこれ行っていそうだとは知っているが、口にせず、話題にはしなかった。これは二人の間の暗黙の協定のようなものだった。
麗子は、さとみの誤魔化し方から、何となくそれ系っぽい話だと予想をした。
「先輩は昨日、大活躍をしたんです!」
そんな協定も、麗子の心情も知らないしのぶが、割って入って来た。我が事のように自慢げな口調だ。
「学校の北階段の話って、先輩方、知っていますか?」
朱音がやれやれと言った顔をしてさとみを見る。さとみはまあまあと宥めるような顔をして見せた。
「北階段……?」麗子はつぶやき、アイを見る。心なしか震えている。「……アイ、知ってる?」
「知ってるぜ」アイはうなずく。「夜中に階段が一段増えるって言う、学校あるあるだろ?」
「あるあるじゃないんです!」しのぶは突然立ち上がる。「昨日の夜、北階段に行ったんです。わたしとかねとさとみ先輩と松原先生と百合恵さんとで」
「何だってぇ!」アイも立ち上がる。「百合恵姐さんまで巻き込んだのか!」
「え? いけなかったんですか?」しのぶは、アイの剣幕に驚く。「でも、それはさとみ先輩が……」
「さとみ姐さん、本当ですか?」
「ええ、百合恵さんのお願いしたら一緒に来てくれたわ」
「姐さん!」アイはテーブルを叩いた。そして、さとみをにらみつける。「どうして、わたしを呼んでくれなかったんです? わたしって、頼りにならないんですか? わたしは、姐さんのためなら、この命、どうなっても良いって思っているのに……」
アイの瞳から涙が溢れた。麗子は立ち上がってアイの肩を抱く。それから、さとみをにらむ。
「さとみ、アイを泣かすなんて…… ちゃんと説明しなさいよ!」
「いや、だから……」さとみはおろおろする。「夜、家を出るのに付き添いが必要だと思って。それには大人の人が良いと思って。わたしの知っている大人って、百合恵さんだけだし……」
「でも姐さん……」アイが泣きながら言う。「それだったとしても、声をかけてほしかったです……」
アイがわんわん泣き出した。麗子がアイの背中をなでながら慰めている。そんな様子を朱音としのぶは呆然とした表情で見ている。
「分かった、分かったわ! 今度何かあったら、アイにも声をかけるわ! それで良いでしょ?」
「姐さん……」アイは涙を拭う。「わがまま言って、すいません…… でも、お役に立ちたくて……」
「さとみ、今言った事、忘れないでよ」麗子が言う。「アイって、あなたが思っている以上に、あなたに一途なんだから」
「ええ、しっかりと覚えておくわ」さとみはうなずく。「そうだ、今度何かあったら、アイだけじゃなくって、麗子も呼ぶわね」
「えっ……」麗子は絶句する。北階段だの骸骨標本だの、イヤな話の予感しかしない。でも、さとみに「弱虫麗子」とは呼ばせたくない。「……分かったわ。その時は、呼んでちょうだい。でも、今は帰るわ。アイを慰めてあげなきゃいけないから」
「いや、麗子、わたしなら大丈夫だ」アイが言う。もう涙は流していない。「話を聞きたいし……」
アイはそう言うと座り直した。麗子も仕方なしに座る。立っているのはしのぶだけだった。しのぶはこほんと咳払いをした。
「じゃあ、骸骨標本の話なんですけど……」
しのぶが話し始める。
つづく
「おい、何言ってんだ、お前は?」アイが朱音を睨みつける。「姐さんにふざけた事言ってんじゃねぇぞ!」
「まあまあ、アイ」麗子がアイの肩を軽く叩く。「あなただって、さとみを飾っておきたいって思わなかった?」
「おい、馬鹿な事を言うなよ……」アイは赤い顔をして麗子を見る。「そんなこと思うわけ無いだろう!」
「ねぇ、さとみ……」麗子は言いながらくすっと笑う。「アイってこう見えてね、人形集めが趣味なのよね。ポコちゃんもお気に入りなのよ」
「うるせぇなぁ!」
アイが麗子につかみかかろうとする。麗子はきゃあきゃあ言いながら笑っている。そんな二人を押し退けるようにしてしのぶが前に出てきた。アイも麗子も何事と言う顔で動きを止め、しのぶを見る。
「先輩……」しのぶが真顔でさとみに言う。「理科室の骸骨標本の話って、知っていますか?」
「こら、のぶ! その話はまた後でって、さっき決めたじゃない!」朱音が慌てて、しのぶの肩をつかむ。「今日は、昨日のお礼を言いに来たんでしょ!」
「でも……」
「でもじゃないわ! 先輩はお疲れだったから、学校を休んだのよ! そんな話をするなんて、非常識だわ!」
「お疲れなのに、ポコちゃんのまんまじゃない?」
「たしかにポコちゃんのまんまだけど、きっとお疲れになって、そのまま寝ちゃったのよ」
ポコちゃんポコちゃんと連呼され、さとみはぷっと頬を膨らませる。麗子は骸骨標本との言葉にイヤな顔をしている。
「おい、何だ?」アイが朱音としのぶを交互に見る。「昨日って、何があったんだ?」
「……あのさ」さとみが割って入った。「ここじゃ狭いから、外に出ない?」
さとみを先頭に、アイと麗子、朱音としのぶが続き、近所の公園に入った。公園で遊んでいた子供たちが一斉にさとみの一団を見る。「ポコちゃんだ……」と言う子供たちのささやきが聞こえる。
木造の東屋を模した休憩所に入る。長椅子になっている板に座る。中央には木製の天板で所々錆が浮き塗装の剥がれた黒塗りの鉄製の支柱の付いた大きな丸テーブルがある。さとみから見て、右手に朱音としのぶが、左手にアイと麗子が座り、四人の八つの瞳がさとみに注がれている。
「……で、さとみ」口火を切ったのは麗子だ。「昨日、何があったのよ?」
「ちょっと、この娘たちと、一緒に居たのよ」
「何してたのよ?」
「何って、それは……」
さとみは口をつぐんだ。麗子は心霊系の話が大の苦手だ。そのくせ強がりだった。さとみに「弱虫麗子」と言われるのがイヤで、その場では平然とした顔で心霊話を聞くのだが、その日は夜中の間部屋の灯りを点けっ放しにし、背中を壁にぴったりと付けて、イヤホンで音楽をがんがん掛けて過ごす。そんな麗子を知っているさとみなので、口をつぐんだのだ。麗子も、さとみが心霊に関する事をあれこれ行っていそうだとは知っているが、口にせず、話題にはしなかった。これは二人の間の暗黙の協定のようなものだった。
麗子は、さとみの誤魔化し方から、何となくそれ系っぽい話だと予想をした。
「先輩は昨日、大活躍をしたんです!」
そんな協定も、麗子の心情も知らないしのぶが、割って入って来た。我が事のように自慢げな口調だ。
「学校の北階段の話って、先輩方、知っていますか?」
朱音がやれやれと言った顔をしてさとみを見る。さとみはまあまあと宥めるような顔をして見せた。
「北階段……?」麗子はつぶやき、アイを見る。心なしか震えている。「……アイ、知ってる?」
「知ってるぜ」アイはうなずく。「夜中に階段が一段増えるって言う、学校あるあるだろ?」
「あるあるじゃないんです!」しのぶは突然立ち上がる。「昨日の夜、北階段に行ったんです。わたしとかねとさとみ先輩と松原先生と百合恵さんとで」
「何だってぇ!」アイも立ち上がる。「百合恵姐さんまで巻き込んだのか!」
「え? いけなかったんですか?」しのぶは、アイの剣幕に驚く。「でも、それはさとみ先輩が……」
「さとみ姐さん、本当ですか?」
「ええ、百合恵さんのお願いしたら一緒に来てくれたわ」
「姐さん!」アイはテーブルを叩いた。そして、さとみをにらみつける。「どうして、わたしを呼んでくれなかったんです? わたしって、頼りにならないんですか? わたしは、姐さんのためなら、この命、どうなっても良いって思っているのに……」
アイの瞳から涙が溢れた。麗子は立ち上がってアイの肩を抱く。それから、さとみをにらむ。
「さとみ、アイを泣かすなんて…… ちゃんと説明しなさいよ!」
「いや、だから……」さとみはおろおろする。「夜、家を出るのに付き添いが必要だと思って。それには大人の人が良いと思って。わたしの知っている大人って、百合恵さんだけだし……」
「でも姐さん……」アイが泣きながら言う。「それだったとしても、声をかけてほしかったです……」
アイがわんわん泣き出した。麗子がアイの背中をなでながら慰めている。そんな様子を朱音としのぶは呆然とした表情で見ている。
「分かった、分かったわ! 今度何かあったら、アイにも声をかけるわ! それで良いでしょ?」
「姐さん……」アイは涙を拭う。「わがまま言って、すいません…… でも、お役に立ちたくて……」
「さとみ、今言った事、忘れないでよ」麗子が言う。「アイって、あなたが思っている以上に、あなたに一途なんだから」
「ええ、しっかりと覚えておくわ」さとみはうなずく。「そうだ、今度何かあったら、アイだけじゃなくって、麗子も呼ぶわね」
「えっ……」麗子は絶句する。北階段だの骸骨標本だの、イヤな話の予感しかしない。でも、さとみに「弱虫麗子」とは呼ばせたくない。「……分かったわ。その時は、呼んでちょうだい。でも、今は帰るわ。アイを慰めてあげなきゃいけないから」
「いや、麗子、わたしなら大丈夫だ」アイが言う。もう涙は流していない。「話を聞きたいし……」
アイはそう言うと座り直した。麗子も仕方なしに座る。立っているのはしのぶだけだった。しのぶはこほんと咳払いをした。
「じゃあ、骸骨標本の話なんですけど……」
しのぶが話し始める。
つづく
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