「さとみ、お客さんよ!」
部屋のドアをがんがん叩きながら、母親が言う。まだまだ寝足りないのに、無理やり起こされたさとみは機嫌が悪い。むすっとした顔のまま頭を巡らし、机の上の目覚まし時計を見る。
「……四時半……」さとみはつぶやく。「え? 四時半……?」
さとみはがばりと起き上る。勢いで掛けていた毛布が床に舞い落ちた。
どたどたと部屋を歩き、ドアを開ける。母親がフライパンを持って立っていた。
「何でフライパンなんか持っているのよう!」さとみは文句を言う。寝起きが悪くて機嫌の悪いさとみだった。「それに、今何時だと思ってんのよう!」
「今?」母親はさとみの机の上の時計を見る。「四時半よ」
「そうじゃなくって、どうして朝起こしてくれなかったのよう! これじゃ、学校をさぼったことになっちゃうじゃないのよう!」
「お父さんが、寝かせておけって言ったのよ」
昨夜の北階段の出来事の後、様子を見に来た松原先生と朱音だったが、懐中電灯に浮かび上がった、きゃいきゃいとはしゃいでいるしのぶと、ぼうっとした様子のさとみと、その二人を見ながらガムを噛んで微笑んでいる百合恵と言う、何とも形容し難い状況に、戸惑っていた。
「……ちょっとぉ! のぶ! 大丈夫?」朱音は踊り場に転がっているしのぶの懐中電灯を拾い上げる。灯りをしのぶに向けると、しのぶの瞳はきらきらと輝いていた。それは、灯りが当たったと言うだけのものではない。「どうしたのよう?」
「……かね、見たのよ! 見ちゃったのよ! 霊を! 生まれて初めてよ!」しのぶは言うと、ぴょんぴょん飛び跳ね始めた。「もう感激よ!」
「うわあぁぁぁ! 本当にぃぃぃ!」朱音も一緒になって飛び跳ね始めた。懐中電灯の灯りが激しく揺れている。「凄い! 凄いじゃないのよう!」
二人の声ががんがんとエコーが掛かったように響き渡る中、松原先生は三階に佇む百合恵に駈け寄る。
「百合恵さん、大丈夫ですか?」
少し気取った口調で松原先生が言う。
「ええ、大丈夫ですわ」
松原先生の持つ懐中電灯の灯りが百合恵の左肩に当たる。裂けたジャンプスーツから白い肌が見えている。
「おや、それは……」松原先生が灯りを当てたままで言う。「何かあったんですか?」
「あら、イヤですわ、先生…… 女性の肌をそんなふうに晒すなんて」百合恵が恥ずかしそうに言い、右手で左肩を覆った。しかし、胸元はそれなりに開いている。「恥ずかしいじゃありませんか……」
「あ、いえ、それは……」松原先生は慌てて灯りを百合恵の足元に向ける。「別に、下心があったわけじゃありません! 申し訳ないです……」
「ええ、分かっておりますわ……」百合恵は穏やかに言う。今、灯りが百合恵の顔に当たっていたなら、べえっと舌を出して、松原先生をからかっている様子が見られただろう。「これは、大したことはありません。ご心配なさらずに」
さとみはそんなやり取りをぽうっとした顔で見ている。が、突然、誰も自分の事を気に掛けてくれない事に気がついた。
「何よう! 誰もわたしの事を心配してくれないの! 豆蔵もみつさんも居なくなっちゃうし!」
文句を言い終わると、ぷっと頬を膨らませた。
「あらあら……」
百合恵は階段を下りてくる。松原先生は何か言いたげなままで、百合恵の姿を目で追う。
「さとみちゃん。何を拗ねっ子しているの?」百合恵は言うと、さとみを抱きしめた。「頑張ったのはちゃんと分かっているわよ。よくやったわ」
「だってぇ……」
さとみは文句を続けようとしたが、百合恵の豊かな胸の感触と甘い香りにぽわんとなってしまい、どうでも良くなってしまった。
そんな事があって、お開きとなった。朱音としのぶは松原先生の車で帰り、さとみは百合恵の車で帰った。百合恵に泊まって行くように誘われたが、とにかく疲れてしまったさとみは一刻も早く寝たかったので、帰宅をお願いした。
帰ると、両親はリビングでテレビゲームをやっていた。「あら、帰って来たの?」「百合恵さんの所にお泊りだったろう?」両親はゲーム画面を観ながら言う。さとみはぷっと頬を膨らませ、そのまま二階の自室に上がり、ベッドにでんと転がった。と、とたんに寝息を立てた。
そして、今が午後の四時半。さとみは起き出して、部屋を出た。どたどたと階段を下りる。玄関に立っていたのは、制服姿のアイと麗子だった。
「姐さん!」アイがさとみの姿を見て絶句する。「……その…… お元気そうで……」
「さとみ!」麗子は呆れた顔をしている。「何なのよう、その格好!」
「え?」
「それじゃ、無二屋のポコちゃんじゃないのよう!」
麗子は言うと、こらえきれなくなったのか、笑い出した。
「おい、麗子! 笑うんじゃない! 笑うと…… つられちまうだろうがぁ……」
アイも笑い出した。
さとみは昨日と同じ格好のままだった。さとみはぷっと頬を膨らませる。
「何て顔をしてんの? さとみが休むなんて珍しいじゃない? だから、心配して来てあげたのよ」
「何かあったのかと、心配してました……」アイは言うと、涙ぐむ。「でも、ご無事のようで…… しかも、ポコちゃんで……」
アイは言うと笑い出した。笑い泣きだ。麗子もまた笑う。
「もう、二人なんか、知らない!」さとみはさらに頬を膨らませる。「昨日の夜、大変だったのよ!」
と、玄関チャイムが鳴った。母親が対応している。
「さとみ、また、あなたにお客さんよ」母親がリビングから声をかける。「後輩ちゃんだって」
玄関ドアが開けられた。
「失礼しま~す」
そこには制服姿の朱音としのぶが立っていた。
つづく
部屋のドアをがんがん叩きながら、母親が言う。まだまだ寝足りないのに、無理やり起こされたさとみは機嫌が悪い。むすっとした顔のまま頭を巡らし、机の上の目覚まし時計を見る。
「……四時半……」さとみはつぶやく。「え? 四時半……?」
さとみはがばりと起き上る。勢いで掛けていた毛布が床に舞い落ちた。
どたどたと部屋を歩き、ドアを開ける。母親がフライパンを持って立っていた。
「何でフライパンなんか持っているのよう!」さとみは文句を言う。寝起きが悪くて機嫌の悪いさとみだった。「それに、今何時だと思ってんのよう!」
「今?」母親はさとみの机の上の時計を見る。「四時半よ」
「そうじゃなくって、どうして朝起こしてくれなかったのよう! これじゃ、学校をさぼったことになっちゃうじゃないのよう!」
「お父さんが、寝かせておけって言ったのよ」
昨夜の北階段の出来事の後、様子を見に来た松原先生と朱音だったが、懐中電灯に浮かび上がった、きゃいきゃいとはしゃいでいるしのぶと、ぼうっとした様子のさとみと、その二人を見ながらガムを噛んで微笑んでいる百合恵と言う、何とも形容し難い状況に、戸惑っていた。
「……ちょっとぉ! のぶ! 大丈夫?」朱音は踊り場に転がっているしのぶの懐中電灯を拾い上げる。灯りをしのぶに向けると、しのぶの瞳はきらきらと輝いていた。それは、灯りが当たったと言うだけのものではない。「どうしたのよう?」
「……かね、見たのよ! 見ちゃったのよ! 霊を! 生まれて初めてよ!」しのぶは言うと、ぴょんぴょん飛び跳ね始めた。「もう感激よ!」
「うわあぁぁぁ! 本当にぃぃぃ!」朱音も一緒になって飛び跳ね始めた。懐中電灯の灯りが激しく揺れている。「凄い! 凄いじゃないのよう!」
二人の声ががんがんとエコーが掛かったように響き渡る中、松原先生は三階に佇む百合恵に駈け寄る。
「百合恵さん、大丈夫ですか?」
少し気取った口調で松原先生が言う。
「ええ、大丈夫ですわ」
松原先生の持つ懐中電灯の灯りが百合恵の左肩に当たる。裂けたジャンプスーツから白い肌が見えている。
「おや、それは……」松原先生が灯りを当てたままで言う。「何かあったんですか?」
「あら、イヤですわ、先生…… 女性の肌をそんなふうに晒すなんて」百合恵が恥ずかしそうに言い、右手で左肩を覆った。しかし、胸元はそれなりに開いている。「恥ずかしいじゃありませんか……」
「あ、いえ、それは……」松原先生は慌てて灯りを百合恵の足元に向ける。「別に、下心があったわけじゃありません! 申し訳ないです……」
「ええ、分かっておりますわ……」百合恵は穏やかに言う。今、灯りが百合恵の顔に当たっていたなら、べえっと舌を出して、松原先生をからかっている様子が見られただろう。「これは、大したことはありません。ご心配なさらずに」
さとみはそんなやり取りをぽうっとした顔で見ている。が、突然、誰も自分の事を気に掛けてくれない事に気がついた。
「何よう! 誰もわたしの事を心配してくれないの! 豆蔵もみつさんも居なくなっちゃうし!」
文句を言い終わると、ぷっと頬を膨らませた。
「あらあら……」
百合恵は階段を下りてくる。松原先生は何か言いたげなままで、百合恵の姿を目で追う。
「さとみちゃん。何を拗ねっ子しているの?」百合恵は言うと、さとみを抱きしめた。「頑張ったのはちゃんと分かっているわよ。よくやったわ」
「だってぇ……」
さとみは文句を続けようとしたが、百合恵の豊かな胸の感触と甘い香りにぽわんとなってしまい、どうでも良くなってしまった。
そんな事があって、お開きとなった。朱音としのぶは松原先生の車で帰り、さとみは百合恵の車で帰った。百合恵に泊まって行くように誘われたが、とにかく疲れてしまったさとみは一刻も早く寝たかったので、帰宅をお願いした。
帰ると、両親はリビングでテレビゲームをやっていた。「あら、帰って来たの?」「百合恵さんの所にお泊りだったろう?」両親はゲーム画面を観ながら言う。さとみはぷっと頬を膨らませ、そのまま二階の自室に上がり、ベッドにでんと転がった。と、とたんに寝息を立てた。
そして、今が午後の四時半。さとみは起き出して、部屋を出た。どたどたと階段を下りる。玄関に立っていたのは、制服姿のアイと麗子だった。
「姐さん!」アイがさとみの姿を見て絶句する。「……その…… お元気そうで……」
「さとみ!」麗子は呆れた顔をしている。「何なのよう、その格好!」
「え?」
「それじゃ、無二屋のポコちゃんじゃないのよう!」
麗子は言うと、こらえきれなくなったのか、笑い出した。
「おい、麗子! 笑うんじゃない! 笑うと…… つられちまうだろうがぁ……」
アイも笑い出した。
さとみは昨日と同じ格好のままだった。さとみはぷっと頬を膨らませる。
「何て顔をしてんの? さとみが休むなんて珍しいじゃない? だから、心配して来てあげたのよ」
「何かあったのかと、心配してました……」アイは言うと、涙ぐむ。「でも、ご無事のようで…… しかも、ポコちゃんで……」
アイは言うと笑い出した。笑い泣きだ。麗子もまた笑う。
「もう、二人なんか、知らない!」さとみはさらに頬を膨らませる。「昨日の夜、大変だったのよ!」
と、玄関チャイムが鳴った。母親が対応している。
「さとみ、また、あなたにお客さんよ」母親がリビングから声をかける。「後輩ちゃんだって」
玄関ドアが開けられた。
「失礼しま~す」
そこには制服姿の朱音としのぶが立っていた。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます