お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 44

2020年04月20日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 路地から逸子とナナが出て来た。ナナはちらと路地の奥を見た。
「平気よ、ナナさん」逸子はにっこりと笑む。「文句言って来たのは向こうだし、わたしたちは言われた通りに付いて行っただけだから」
「そうですけど……」
 男たちの囲まれて「こっちに来いよ」と脅されて付いて行った路地の奥の広場で、ちょっと相手をしてやって出て来たところだった。絡んできた連中は皆、伸びている。傍から見れば、逸子とナナが男たちと路地に入って、数秒も経たずに逸子とナナだけが出て来たようにしか見えなかった。
「いいのよ、あんな不良連中なんて、気にする必要は全く無いわ」逸子がむっとした顔で言う。「あんな連中には良い薬よ」
「そうですけど……」まだナナは心配そうだ。「あんなズブの素人に手心を加えようとしなかったのが、ちょっと……」
「な~んだ、そっちの心配なの」逸子は楽しそうに言う。「大丈夫よ。ナナさんは無意識に手心を加えていたわ。それなのに簡単にやられちゃうんだから、連中が弱すぎなのよ」
「そうですか。免許皆伝の逸子さんが言うんなら、間違いないですね」
 ナナの表情がぱっと明るくなった。
「さ、買い物の続きをしましょう!」
 二人はその後、ショッピングや食事などを楽しんだ。そして、両手に一杯荷物を抱えてコーイチのアパートに着いたのは夕方だった。
「……そう言えば、ケーイチさんは夜に戻って来るって言ってましたよね」
 ナナが言う。逸子は買って来た荷物を仕分けしていた手を止めた。
「そうね、そんな事言っていたわね。今の今まで忘れていたわ……」逸子は台所を見た。「……そう言えば、食糧の方は何も買わなかったわねぇ」
「ケーイチさん、食事は済ませてきますかね?」
「う~ん…… コーイチさんと同じなら、食べて来ないかも」
「そうなんですか?」
「コーイチさんって、食べ物にあまり関心が無くってね、いつも仕事帰りに、変な口調のおばさんが店員のコンビニで適当なものを買っているの。それも毎回同じものばかり……」
「そうなんですか……」
「面倒臭くなると、『昨日も食べたし、明日食べればいいや』なんて訳の分からない言い訳を自分にしてそのまま帰ってきて寝ちゃうの」
「はあ……」ナナが心配そうな顔をする。「大丈夫なんですか?」
「平気みたいよ。お腹空いたら水を飲むって言ってたから」
 ナナはコーイチの訳の分からない言い訳をする精神状態を心配したのだが、逸子には空腹の対処の仕方と思われたようだ。
「まあ、そんなコーイチさんのお兄様ですからね、食べて来ないか、食べたとしても適当なものをちょっとってところじゃないかしら? 一応見てみようかしら」逸子はそう言うと台所に行き、冷蔵庫の扉を開けた。中は閑散としている。「やっぱり、スッカラカンだわ」
「それは困りましたね……」
「わたしの作り置きは無くなっているわね……」満足そうに逸子は言うとナナに振り返る。「わたしがたまにここに来て、色々と作り置きしておくのよ。コーイチさんに食べてもらいたくてね」
「逸子さんって、料理も得意なんですか?」
「さあ、どうかしらねぇ。でもね、コーイチさんは作ったものは何でも食べてくれるわ。味付けの失敗したものでも『これは今まで食べたことが無い味だね!』って、喜んでくれちゃうの」
「そうなんですか」ナナはふと顔を曇らせる。「大丈夫なんですか……?」
「ええ、お腹も壊さないし、コーイチさんって意外と丈夫なのよね」
 ナナはコーイチの味覚を心配したのだが、逸子は違った解釈をしたようだった。……わたしのどんな心配もはねのけてしまうコーイチさんって、ひょっとしたらスゴイ人なのかもしれないわね。ナナは逸子の態度からそう思った。
「……コーイチさんって……」ナナはしみじみと言った。「スゴイ人なんですね」
「と言うより、何も考えていないんじゃないかしらねぇ」
 この逸子の言葉に、ナナは驚いた顔をした。
「……そんな、自分の好きな人をそんなふうに言うなんて……」
「でもね……」逸子はナナのそばに寄り、顔を近づけ、にこりと笑む。「そんなところも含めて、全部大好きなの!」
「きゃああああ!」ナナは逸子ののろけに顔を真っ赤にして床を転げまわった。「逸子さん! こっちが恥かしくなるようなことを言わないでくださいよう!」
「へへへ、良いでしょ? うらやましいでしょ?」
「それよりも、やっぱり恥かしいですよう!」
 二人はきゃあきゃあと笑い合っていた。
 その時、玄関ドアが開けられた。紙袋を右手にぶら下げたケーイチが入って来た。
「おやおやおや、二人仲良くて何よりだねぇ」
「あ、お帰りなさい、お兄様!」
「お帰りなさい」
 二人はそろって挨拶をする。ケーイチは二人の服装を交互に見た。同じような格好に大きくうなずいて見せた。
「なるほどねぇ」ケーイチはさらにうなずく。「二人は、義兄弟…… じゃなくて義姉妹になったって事か」
 逸子のナナは顔を見合わせた。途端に逸子は笑い出し、ナナと腕を組んだ。
「そうです! わたしがお姉さんです!」
「……と言う事は、オレの妹でもあるわけだな」
 ケーイチは言うと、また大きくうなずいた。


つづく



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 怪談 黒の森 19 | トップ | 怪談 黒の森 20 »

コメントを投稿

コーイチ物語 3(全222話完結)」カテゴリの最新記事