お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 47

2008年12月17日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
 洋子はつまらなさそうな顔をして壁を背に立っていた。自分の爪先をぼうっと見ている。
「どうしたんですか?」
 不意に声をかけられた。洋子は顔を上げた。昼に会議を持った「鞍馬商事」の谷畑准一だった。
「僕の会社にも案内が来ましてね、代表でやって来ました」
 にこやかな笑顔で言うと、洋子と並んで壁を背にして立った。持っているウィスキーのグラスに口を付ける。
「先ほどの自己紹介、お上手でしたよ」谷畑は洋子に顔を向けた。「簡潔で、それでいて要領を得ている。芳川さんの頭の良さが、皆さんに十分に伝わったと思いますよ」
「そんな・・・ 林谷さんがいきなり紹介しちゃうんですもの、大変でした」洋子は答えた。しかし、顔は谷畑の方を向いていない。「それに、話が済めば、もうわたしは用無しって感じですよね。皆さん楽しそうにお話してらっしゃるし・・・」
「そんな事はないですよ! みんな、心から感心していましたよ。あちこちのお偉いさんが自分の会社にヘッドハントしようかなんて言ってましたし」谷畑は向きになって言った。「それに、こんなパーティは滅多にありませんから、ついついそちらに気が行ってしまっているんですよ」
「あら、谷畑さん、優しいんですね」洋子は顔を谷畑に向け、くすくすと笑った。「お世辞でも嬉しいです」
「お世辞なんかじゃない、本心です」谷畑は真剣な顔で言った。「・・・それと、仕事の時のあなたは働く女性として十分美しいですが、こう言う席で装ったあなたも申し分なく美しい。僕にはこちらの方が本来のあなたらしさが出ているように思います」
「まあ・・・」洋子は頬を赤らめた。「男の人に、そんな事を言われたのは初めてです。・・・ちょっと、恥ずかしい・・・」
「僕も、こんな事を女性に言ったのは初めてですよ・・・」
 洋子と谷畑は見つめ合った。
「芳川さんは、にぎやかな所はお好きですか?」谷畑は微笑みながら言った。「僕にはそうは見えないんだけど・・・」
「そうですね、人が多い所は苦手ですけど・・・」洋子は小首をかしげた。「それがどうかしましたか?」
 小首をかしげた洋子をぽっとした顔で見ていた谷畑は、あわてて咳払いを繰り返した。
「・・・もし、よろしかったら、もっと静かな所へ行きませんか?」
 洋子は理解した。谷畑は洋子をデートに誘っているのだ。
「でも、わたしは本日の主役ですから・・・」洋子は慎重に答え始めた。「勝手な事はできないんじゃないかと思うんです」
「でもさっき、話が済めば、用無しだってご自分で言ってたじゃないですか。居なくなっても平気ですよ」
「そうかもしれないけど・・・」洋子は下を向いた。「でも・・・」
「僕とじゃ、イヤなんですか?」
「・・・」
 洋子は顔を会場内に向けた。自分の名前を呼ばれたような気がしたからだ。視線を左右に巡らせていると、人ごみを掻き分け掻き分けしながら、手を振って近づいて来る人の姿が飛び込んできた。洋子の顔がぱっと明るく輝いた。
「コーイチさん!」
 洋子は壁から離れると、手を振り返しながら歩き出した。そして思い出したように谷畑の方に振り返った。
「ゴメンなさい。急用ができちゃって・・・」
「あ、ああ」谷畑は引きつった笑顔で答えた。「・・・それじゃあ、仕方がないですね・・・」
 洋子は軽く頭を下げると、もう振り返る事なく急ぎ足で行ってしまった。
「・・・明日を信じて、頑張ろう・・・」
 谷畑は言って、グラスの残りを一気に飲み干した。

       つづく

いつも熱い拍手、感謝しておりまするぅ

(公演前のシングル発売。う~ん、なんとなくイヤな感じがしますねぇ・・・)



web拍手を送る




にほんブログ村 小説ブログへ


にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ


コメントを投稿