お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

探偵小説 「桜沢家の人々」 4

2007年12月15日 | 探偵小説(好評連載中)
「どんな本が並んでいたか、覚えているかな?」
 新井はこちらに顔を向けている正部川に気が付いているものの、ことさらそれを無視し冴子に話し続けた。
「そうですねぇ・・・」冴子は自分の左のこめかみを左人差し指で突つきながら答えた。「シェークスピアとかトルストイとかバルザックとかの海外文学全集かなぁ・・・」
 冴子がそう答えたとたん、正部川は向こうを向いて再び文庫本に目を落とした。
「さ、冴子ちゃん・・・」そんな正部川の態度に新井はあわてた。「に、日本の作家の全集とかは無かったかな?」
「え?」冴子は、変な事を聞く先輩だと思いながらも、しばらくこめかみを人差し指で突ついてから答えた。「・・・たしか夏目漱石とか森鴎外とかあったと思いますが・・・」
「ほ、他には?」まだ振り返らない正部川を気にしながら新井が聞く。「もっとあるんじゃないかな。・・・例えば、泉鏡花あたりなんか?」
 がばっと正部川が振り返った。その反応に冴子がやっと了解をした。新井に向かって軽く頷きながらにこりと笑った。
「ええ、そう言えば泉鏡花全集が何種類かあったような気がします」もの凄く白々しい声で冴子が言った。「それに自筆原稿もあったと思います」
「あ、あのあのあのあの・・・」
 正部川が立ち上がり冴子の顔を覗き込んだ。
「な、なに?」
 冴子は困った表情で思わずのけ反る。
「今の話は本当?」
「今のって・・・」
「泉鏡花の全集と自筆原稿の事に決まってるじゃないか!」
「それは・・・」
 真相を話しそうな冴子を遮るように、新井が割って入る。
「おい、正部川、怒る事ないじゃないか」
 正部川が鼻息を荒くして、
「怒ってなんかいません! 確認しているんです!」
「正部川よう、そんなに気になるんなら、行ってみて自分の目で確認しろよ」
 部長の伊藤がハードボイルド風に言って煽った。正部川はフンと鼻を鳴らした。
「良いですよ。僕がこの目でしっかりと見てきますよ」
「よーし、決まりだ!」
 須崎がバンと円卓を叩いた。他の者達が一斉に拍手をした。正部川がきょとんとした顔で周りを見回す。
「じゃ、この週末は正部川、お前が冴子ちゃんに付き合うんだ」
 須崎が止めを刺すように、右人差し指をびしっと正部川に向かって伸ばした。

    続く


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