「こら、男ども!」藤巻先生が開口一番そう言い、男子たちは爆笑した。「笑い事じゃないぞ! お前たちが大騒ぎしたせいで、川村ひろみ先生は具合が悪くなってしまい、帰っちまったんだぞ! だから、今日の数学は自習だ!」
「え~っ!」
明を除いた男子全員が叫ぶ。時をずらして、二年のあちこちのクラスから男子生徒の悲痛な叫びが聞こえた。朝のホームルームで明のクラスと同じ発表がなされたのだろう。
その日一日の男子生徒たちの落胆ぶりと、女子生徒たちのはしゃぎっぷりとは対照的だった。
いつもは先生の冗談で笑いに溢れる国語の授業でも、男子生徒は笑わない。その反対に、女子生徒たちはいつも以上に笑い転げる。昼休みも、あちこちで群れ合ってきゃいきゃい騒いでいる女子たちに目もくれず、男子たちは自分の席に居続けて頭を抱えたり、ため息をついたりしている。午後の授業も同じような様子だった。
下校時間になった。重い足取りの男子の中で、明は普通だった。
「おい、明よう……」三井大吉が声をかけてくる。その声は暗く沈んでいた。「お前、平気なのかよう……」
「だって、帰っちゃったんだろう? 仕方ないじゃないか」明は言い返す。「明日には出て来るんだろう?」
「お前、本当に事情に疎いなあ……」
「何がだよ!」
「ひろみ先生、あの後、病院に行ってよう、一週間は安静にするように言われたんだとよう……」
「……何だ、それ?」
「オレたちが騒ぎ過ぎたんだ。ナイーブなひろみちゃんだったんだ……」
「ひろみちゃんって…… 先生だろうが」
「ふん! お前みたいな彼女持ちには、分かんないさ!」
大吉は言い捨てて、すたすたと行ってしまった。
「……だから、あいつは彼女じゃないって……」大吉の後ろ姿に明はつぶやいた。「あいつは……」
「あいつは、何よ? え? へっぴり明!」
突然、後ろから声をかけられ驚いた明は、振り返ってさらに驚いた。くるみが立っていた。いつもと違い、怒った顔でじっと明をにらんでいる。
「あいつって誰よ? 彼女じゃなきゃ何なのよ?」
「あの…… その……」明はあたふたしてしまう。くるみににらまれると、どうして良いのかわからない。「……ごめん……」
「何謝ってんのよ!」
「いや、だって…… ほら……」
くるみは怒った顔のまま、無言で明に迫る。明のすぐ前に立つ。明を見上げてくる、くるみの口元がぴくぴくしだした。と、堰を切ったように笑い出した。
「あははは! ホント、明をからかうと面白いわあ!」
くるみは身をよじらせて笑っている。
「ふざけんなよ!」
明が声を荒げて、くるみをにらみ付けた。くるみは一瞬笑いを止めて、その顔をじっと見上げた。しかし、直ぐに笑い出した。
「何、それで怒った顔のつもり? それでぇ? あははは! 全っ然、怖くないわよ!」
くそっ! またオレを馬鹿にしやがって! 明は思った。
「それはそうと、残念だったわね」ひとしきり笑うと、くるみが言った。「ひろみ先生、帰っちゃって」
「大吉が言ってたけど、一週間は安静が必要なんだそうだ」
「あら、ひろみ先生って、案外弱いのね」
「大吉が言うには、ナイーブなひろみちゃん、なんだとさ」
「何それ?」
明とくるみは並んで歩き出した。今日は男子生徒たちの落胆度合いが強いからなのか、殺気だった視線を明は感じなかった。
「でもさ、ひろみ先生って、やっぱり、現実離れした感じがするんだよなあ……」
明はぽつんと言った。
「わたしもそんな感じがするのよねえ……」
くるみはうなずきながら言う。
「たしかに、美人だし、エッチな体型してるし…… でも、出来過ぎな感じなんだよなあ……」
「エッチなって…… まあ、イヤラしい!」くるみは言うが、気分を害した様子はない。「ま、確かに、女子の間でも、あのプロポーションは話題になってたわ」
「へえ…… 女子もそんな目で女の人を見るんだ」
「男子みたいなんじゃいわよ! 嫉妬と憧れよ」
「ま、いいや……」
明は、他の生徒のようにひろみ先生にわあわあ言えないのは何故なのか考えていた。
現実離れしてるってどうして思うのだろう? 完璧すぎて近寄りがたいって思っているのか? それはあるかもしれない。それとも、オレは女性嫌いだったのか? ……いや、そんな事は断じて無い。明は四人組アイドル「森羅万象」のメンバー奈美野詩津佳(なみのしづか)に入れ込んでいる。そうだ、オレは女性嫌いではない! でも何故だろう?
明は考えても分からないと結論を出した。
しかし、ひろみ先生並みのくるみをいつも見ていて美人に耐性ができた事、いつもくるみにからかわれて弱冠の女性恐怖症になっている事などには気が付かない明だった。
つづく
「え~っ!」
明を除いた男子全員が叫ぶ。時をずらして、二年のあちこちのクラスから男子生徒の悲痛な叫びが聞こえた。朝のホームルームで明のクラスと同じ発表がなされたのだろう。
その日一日の男子生徒たちの落胆ぶりと、女子生徒たちのはしゃぎっぷりとは対照的だった。
いつもは先生の冗談で笑いに溢れる国語の授業でも、男子生徒は笑わない。その反対に、女子生徒たちはいつも以上に笑い転げる。昼休みも、あちこちで群れ合ってきゃいきゃい騒いでいる女子たちに目もくれず、男子たちは自分の席に居続けて頭を抱えたり、ため息をついたりしている。午後の授業も同じような様子だった。
下校時間になった。重い足取りの男子の中で、明は普通だった。
「おい、明よう……」三井大吉が声をかけてくる。その声は暗く沈んでいた。「お前、平気なのかよう……」
「だって、帰っちゃったんだろう? 仕方ないじゃないか」明は言い返す。「明日には出て来るんだろう?」
「お前、本当に事情に疎いなあ……」
「何がだよ!」
「ひろみ先生、あの後、病院に行ってよう、一週間は安静にするように言われたんだとよう……」
「……何だ、それ?」
「オレたちが騒ぎ過ぎたんだ。ナイーブなひろみちゃんだったんだ……」
「ひろみちゃんって…… 先生だろうが」
「ふん! お前みたいな彼女持ちには、分かんないさ!」
大吉は言い捨てて、すたすたと行ってしまった。
「……だから、あいつは彼女じゃないって……」大吉の後ろ姿に明はつぶやいた。「あいつは……」
「あいつは、何よ? え? へっぴり明!」
突然、後ろから声をかけられ驚いた明は、振り返ってさらに驚いた。くるみが立っていた。いつもと違い、怒った顔でじっと明をにらんでいる。
「あいつって誰よ? 彼女じゃなきゃ何なのよ?」
「あの…… その……」明はあたふたしてしまう。くるみににらまれると、どうして良いのかわからない。「……ごめん……」
「何謝ってんのよ!」
「いや、だって…… ほら……」
くるみは怒った顔のまま、無言で明に迫る。明のすぐ前に立つ。明を見上げてくる、くるみの口元がぴくぴくしだした。と、堰を切ったように笑い出した。
「あははは! ホント、明をからかうと面白いわあ!」
くるみは身をよじらせて笑っている。
「ふざけんなよ!」
明が声を荒げて、くるみをにらみ付けた。くるみは一瞬笑いを止めて、その顔をじっと見上げた。しかし、直ぐに笑い出した。
「何、それで怒った顔のつもり? それでぇ? あははは! 全っ然、怖くないわよ!」
くそっ! またオレを馬鹿にしやがって! 明は思った。
「それはそうと、残念だったわね」ひとしきり笑うと、くるみが言った。「ひろみ先生、帰っちゃって」
「大吉が言ってたけど、一週間は安静が必要なんだそうだ」
「あら、ひろみ先生って、案外弱いのね」
「大吉が言うには、ナイーブなひろみちゃん、なんだとさ」
「何それ?」
明とくるみは並んで歩き出した。今日は男子生徒たちの落胆度合いが強いからなのか、殺気だった視線を明は感じなかった。
「でもさ、ひろみ先生って、やっぱり、現実離れした感じがするんだよなあ……」
明はぽつんと言った。
「わたしもそんな感じがするのよねえ……」
くるみはうなずきながら言う。
「たしかに、美人だし、エッチな体型してるし…… でも、出来過ぎな感じなんだよなあ……」
「エッチなって…… まあ、イヤラしい!」くるみは言うが、気分を害した様子はない。「ま、確かに、女子の間でも、あのプロポーションは話題になってたわ」
「へえ…… 女子もそんな目で女の人を見るんだ」
「男子みたいなんじゃいわよ! 嫉妬と憧れよ」
「ま、いいや……」
明は、他の生徒のようにひろみ先生にわあわあ言えないのは何故なのか考えていた。
現実離れしてるってどうして思うのだろう? 完璧すぎて近寄りがたいって思っているのか? それはあるかもしれない。それとも、オレは女性嫌いだったのか? ……いや、そんな事は断じて無い。明は四人組アイドル「森羅万象」のメンバー奈美野詩津佳(なみのしづか)に入れ込んでいる。そうだ、オレは女性嫌いではない! でも何故だろう?
明は考えても分からないと結論を出した。
しかし、ひろみ先生並みのくるみをいつも見ていて美人に耐性ができた事、いつもくるみにからかわれて弱冠の女性恐怖症になっている事などには気が付かない明だった。
つづく
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