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盗まれた女神像 ㉑

2019年07月19日 | 盗まれた女神像(全22話完結)
「良くやった」トールメン部長が珍しい言葉を口にしたと、ジェシルは思った。「メルーバ教団から謝意が述べられた。これでジェシル、君の首も繋がったな」 
 ……部長の首が、繋がったんでしょ! 笑顔のままでジェシルは思った。
「犯行は、アルミーシュの側近のミルアンカに依るものでした」ジェシルは話す。部長は粗探しをするかのように、ジェシルの報告書を食い入るように見ている。「メルーバ教の女性信者を救いたいと言うのが動機でした。御神体の女神像が紛失し、信者に動揺が走り、そこに大規模な勧誘を仕掛ければ、上手く行くと思ったのでした」
「ふん、所詮は女の浅知恵か」
「無能野郎よりは数段良いんじゃありませんか?」ジェシルは部長を睨むが、報告書に目を落としている部長は気が付いていない。ジェシルの見えない左右の連打が、部長の顔面を血達磨にした。「……教主のアルミーシュは、ミルアンカから犯行後に話を聞かされたと供述しています。犯行には直接関わってはいません」
「教主が側近に振り回されるとはな」
「でも、あの教主なら、有り得ます……」
 ベアトレイトスの責め程では無いかも知れないが、ミルアンカに色々と責められていただろう。側近だろうと誰だろうと、責めてくれる相手には逆らわないはずだ。ジェシルは、叩かれながら恍惚の表情を浮かべたアルミーシュを思い出し、身震いした。
「しかし、異教徒が、それも決して公になっていない女神像を、盗み出せるだろうかとの疑問は残ります」
「それはジェシル、メルーバ教団の中に、手引きした者が居ると言っているのかね」
「可能性は高いと思います」ジェシルは部長の手元を見る。その辺の事は、報告書の次のページよ。開きなさいよ! 部長の手は動かない。読まない気なの! 三日も掛かった報告書よ! 何よ、無能野郎! ジェシルの見えない踵落としが、部長の脳天に炸裂した。「その点をミルアンカに問い質しましたが、頑として口を割りません。この点は、もっと追及しようと考えています」
「いや……」部長は言うと右手を軽く振った。「その必要は無い」
「はあ?」ジェシルは、ばんと大きな音を立てて部長のデスクに両手を叩きつけ、睨み付ける。しかし、部長は平然とした顔を上げただけだった。「盗難の共犯が、メルーバの中に居るのは確実なんですよ! そいつを白日の下に晒さなきゃ、事件は終了とは行かないのに、何ですって? 『その必要は無い』って、意味が分かりません!」
「メルーバ教団は、女神像が戻ってくれば良いのだと言っていた。上層部とも、それで話が付いている。それ以外の事は教団内部の話だ。仮に手引きした者が居たとしても、宇宙パトロールの関知する所ではない」
「では、これからメルーバで手引きした奴が判明しても、そいつがメルーバの中で何らかの処罰が下っても、わたし達は手を出せないと言うわけですか?」
「その通りだ、ジェシル」部長は憤慨の表情を隠さないジェシルに言う。「君が私に、ジャブやアッパーカットやエルボースマッシュや踵落とし等を食らわせたとしても、変更は無い」
 言い終わった部長が、一瞬にやりと笑ったようにジェシルには見えた。いや、見間違えだろう。それにしても、部長はなぜわたしの見えない攻撃を知っているんだろう。部長の特殊能力なのか、日頃から各捜査官にそんな目に遇わされている内に敏感になったのか。今後は気を付けようと、心に刻むジェシルだった。


 つづく(次回は最終回!)




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