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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 124

2020年09月05日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「待てええええっ!」
 藪から裏返ったような悲鳴に近い声がした。皆が藪を見た。タロウが藪から飛び出してきた。
 大柄で厳つくて、いかにも強者と言った男が飛び出してきたのなら、山賊たちは本能的に構えを取るのだろうが、ひょろっとした吹けば飛びそうな男が余裕も何も無い必死の形相で、しかも武器も持たずに駈け寄って来るのだから、山賊たちは只々呆気にとられていた。
 太郎次は弓を引き絞ったままの姿勢でタロウに振り返った。
「何だ、あいつ?」太郎次は言う。「もうこれ以上、へんてこなヤツには出て欲しくないな……」
 太郎次は言うと、引き絞った弓を放した。矢が、風切り音をうならせてタロウ目がけて飛び、タロウに左胸に突き刺さった。
「うっひゃぁぁぁ!」
 タロウは叫ぶと、矢の勢いで後方に飛ばされ、そのまま地に仰向けに倒れた。藪の中から矢の羽根が、天に向かって敵を仕留めたことを誇示するかように真っ直ぐ立っていた。
「タロウ!」
 アツコが叫ぶ。その瞬間に全身を赤いオーラで包んだ。そのまま太郎次に向かって突進した。太郎次は素早く二本目の矢をつがえて弓を引き絞り、アツコ目がけて放った。アツコはかまわず突進する。矢がアツコのオーラに当たった途端、じゅっと音を立てて蒸発した。太郎次は悲鳴を上げた。アツコは太郎次をにらみ付けたまま右腕を繰り出した。
「喰らえぇぇぇぇ!」
 アツコはオーラの塊を太郎次に放った。
「うわあああ!」
 太郎次は宙へと舞い上がった。高くそびえる杉の木のてっぺんの枝に襟首を引っかけてぶら下がった。勢いがあったせいで左右に揺れているが、気を失ったのか、暴れる事無くぶら下がっている。
 アツコの怒りもオーラも収まらない。
「うおぉぉぉりゃぁぁぁぁちゃぁぁぁ!」
 アツコは奇声を上げながら、周りの山賊たちに左右の蹴りと突きを繰り出し続けた。山賊たちはアツコの気迫に押され、手にした武器を構える気力を失っていた。そのために、ある者は姿が見えなくなるほど遠くに弾き飛ばされた。ある者は太い木の幹を頭から貫通して抜けなくなった。ある者は地中に首だけ出して埋まった。また、ある者は……ここには書けないような、壮絶な目に遭った。
 アツコのオーラが収まった。アツコは深く息を吐いた。地に倒れてる山賊たちはぴくりとも動かない。山賊全員が倒されてしまった。
 アツコはそんな様子を確認することも無く、タロウの許へ駈けた。
「タロウ! 馬鹿!」アツコはそう叫ぶ。「あなたはタロウなんだから、タロウらしくしてりゃ良いのよ!」
 駈け寄ると、タロウは大の字になって倒れていた。心臓の真上に矢が突き立っている。目を閉じた顔は穏やかだった。
「馬鹿!」アツコはタロウの横に膝を付いた。「何やってんのよう……」
 アツコの肩に何かが触れた。アツコが振り返ると、逸子が肩に手を置いていた。その後ろにコーイチがいる。
「タロウさん……」逸子はアツコの肩に手を置いたまま言う。その手に力が入った。「何て事を……」
「タロウさん、アツコさんを助けようとしたんだね……」コーイチが言う。「男じゃないか……」
「タロウはね、タロウタロウしていれば良いのよ!」アツコは吐き捨てるように言う。しかし、その頬に涙が伝う。「わたしが、あんな山賊たちなんかに負けるわけないじゃない!」
「でも、タロウさんはアツコさんが心配だったんだよ」コーイチが言う。「なんだかんだ言っても、タロウさんはアツコさんが大切だったんだと思う……」
「そうよ……」逸子が言う。「わたしの事を好きだとか言っていたけど、その本心はあなた一筋だったのよ」
「馬鹿タロウ……」
 三人はしんみりとしてしまった。
「てめぇらああ!」
 突然の叫び声と共に藪から飛び出してきたのは十郎丸だった。腹にまだ逸子の脚の痕を付けてはいるものの、殺気だった怒りはさらに増していた。こめかみに太い血管が浮き、全身をぶるぶると触るわせている。左右の手にそれぞれ持った刀が、陽光に不気味に光っている。血走った目は逸子を捉えている。
「散々オレをコケにしやがって! しかも手下まで! 覚悟しやがれ!」
「ちょっと待ってよ!」逸子が口を尖らせる。「手下を倒したのはアツコよ!」
「やかましい!」
 十郎丸は右手の刀を上下に、左手の刀を左右に、激しく振り回しながら逸子に向かった。逸子はそれらの切っ先をかわしながらコーイチたちから離れた。十郎丸はそのことに気付いていないのか、頓着してないのか、ひたすら逸子を追う。
「ふん!」逸子は十郎丸の一振りをかわして後方に飛んだ。「まあ、兄者はさすがにチトセよりは数段腕前は上ね。……でもわたしには勝てないわよ……」
 逸子は言うと、両腕を十郎丸に向けて伸ばし、ぱっと手の平を開いて見せた。うっすらと揺らめき出した赤いオーラを、開いた手の平へとゆっくりと集中させる。逸子の手の平が赤くなって行く。
「ふざけんじゃねぇ!」
 十郎丸は裂帛の気合いを込めて刀を繰り出した。逸子の手の平からオーラが撃ち出された。
「うわああああ!」
 十郎丸は叫びながら宙に飛ばされた。そして、太郎次のぶら下がっている杉の木の枝に並んでぶら下がった。こちらも気を失ったのか、暴れる事無く、飛ばされた勢いのまま左右に揺れていた。
「だから言ったでしょ? わたしには勝てないって……」逸子は微笑む。「仲良く並んでおねんねしてなさい」


つづく


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