お話

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士師 ギデオン 4

2021年02月04日 | 士師のお話
 神によって精鋭三百人が選ばれた夜だった。
「ギデオンよ……」
 神の声がした。ギデオンは天を見上げた。
「立って、その陣営に向かって下れ。わたしはそれをあなたの手に与えたからである」
 ギデオンは立ち上がった。
 いよいよか…… だが、オレは戦さなどしたことがない。どうしたものか…… ギデオンは躊躇していた。
「しかし、下って行くことに恐れを感じるのであれば、従者プラと一緒にその陣営に下って行け」
 恐れ…… たしかにこの躊躇する感情は恐れだな。神はお見通しだ。ギデオンは自嘲する。……でも、プラと二人だけで行けとは、どう言う事だ? 三百人と共にではないのか? 
「そしてあなたは彼らが話すことを聴くように」
 あ、なるほど、斥候か。恐れとかの話じゃないな。ヤツらの作戦でも聞けるってことか。聞くのなら、一人より二人の方が確実だろう。ギデオンは不敵の笑みを浮かべる。
「そうすれば、その後あなたの手は必ず強くなり、あなたは必ずその陣営に向かって下って行くであろう」
 神のお墨付きが出たぞ。これで負けることはないな。ギデオンは強く確信した。
 ギデオンはその場に平伏した。
 その後、ギデオンは従者プラを伴い、言い含めた。
「いいか、プラよ。ヤツらの話すことをしっかりと聞くのだぞ」

 敵陣へと下る途中で、ミディアンとアマレクおよび東のすべての者たちはいなごのような大群となって低地平原にどっかりと伏しているのが、時々切れる雲間から射す月明りで見えた。そのらくだは数知れず、海辺の砂粒のように多かった。
「勝てますかね……」
 プラが不安そうに言う。
「神が共にいて下さる。負けるわけがない」
 ギデオンは平然と言う。
 やがて、前哨(軍隊が敵地の近くに停止するとき、警戒のために停止地点の前方に配置する部隊)地点に着いた。草むらに隠れ、兵たちの話す言葉に耳を凝らす。
「……でな、オレは夢を見たんだよ……」
「どんな夢だ?」
「それがよ、丸い大麦のパン菓子があってよ、そいつがぐるんぐるんと転がってきてミディアンの陣営に入って来やがってよ、そいつが天幕のところまで来てよ、天幕にぶつかってよ、天幕がぶっ倒れて逆様になっちまってよ、天幕はつぶれちまったんだよ」
「へんな夢だな」
「そうなんだよ。気になって仕方ねえんだよ」
「誰か解き明かしてやれねえか?」
「その夢は…… イスラエルの人、ヨアシュの子ギデオンの剣に他ならない。真の神はミディアンとその全陣営を彼の手に与えたのだ、と言う意味だ……」
「馬鹿野郎! 何を言ってやがる!」
「こんな事を言い出す間抜けは殺しちまえ!」
「え? ちょっと待ってくれ! オレの意志じゃねえよ! 誰かがオレに言わせたんだ!」
「てめえの口が言ったんだろうが!」
 兵たちの騒ぎをよそに、ギデオンはその場で平伏し、神を讃えた。
 神の霊が増し加わった、ギデオンはそう感じた。行なうべき事が、はっきりとわかったからだ。

 イスラエルの陣営に戻ったギデオンは兵たちに言った。
「立て! 神はミディアンの陣営をお前たちの手にお与えになった!」
 それから、ギデオンは三百人の者を三つの隊に分け、全員の手に角笛と大きな空のかめを持たせた。その大がめの中でたいまつ灯させた。灯りは見えない。
 ギデオンは隊を前にして言った。
「お前たちはオレをよく見て、その通りにするのだ。陣営の端に来たら、オレがする通りにしろ。オレと、オレと共にいるすべての者とが角笛を吹いたら、陣営の周り一帯でお前たちも吹くんだ。そして、『神のもの、ギデオンのもの!』と言うのだ」

 ギデオンは自分と一緒にいた百人の者と共に陣営の端のところに来た。それは夜半の見張り時の初めであり、ちょうど歩哨をそれぞれの位置に就かせたところであった。
「好機!」
 ギデオンは言うと、角笛を吹き、かめを砕いた。そこで周りの者たちも角笛を吹き、その手にあった大きなかめを粉々に砕いた。
 それを聞いて三つの隊がともに角笛を吹き、大がめをみじんに砕いた。灯ったたいまつを左手に持ち直し、右手には角笛を持ってそれを吹き、「神の剣、ギデオンの剣!」と叫びだした。
 その間ずっとギデオンの隊は敵陣営の周囲一帯を囲んで動かずにいたが、敵陣営全体は走り回り、怒鳴り声を上げたり、逃げまどったりしていた。それで三百人が角笛を吹き続けると、神はその陣営の至る所でそれぞれの剣が互いに向かい合い、同士討ちをさせた。
 そのため敵陣営の者たちは、ギデオンが陣を敷いたハロドの井戸から東のベト・シタまで、さらに南下してツェレラ、またタバトに近いヨルダン川西岸のアベル・メホラの外れにまで逃げて行った。


(士師記 9節から23節をご参照ください)




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