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ジェシル、ボディガードになる 20

2021年01月19日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 攻撃は止み、穏やかな航行が続く。
「あの迎撃を見せつけられたら、おいそれとは挑んでは来んだろう」オーランド・ゼムはハービィを修理しながら、操縦席に座っているジェシルに話しかける。「……それにしても、ハービィのヤツ、修理が終わったと言うのに動かんな……」
「そんな事、わたしに言われても困るわよ」
 ジェシルは外の様子が映し出されているスクリーンをぼうっと見ながら答える。自動操縦になっているので、特にする事も無い。かと言って、ハービィでは無いのだから、積極的にオーランド・ゼムの話し相手になろうとも思わない。
「ジェシル、ここへ来て手伝ってくれないかね?」
「それはダメね。さっきみたいに、いきなり敵が襲ってくるかも知れないんだから、見張っていなくっちゃね」
「もう攻めては来ないと思うがね」
「分からないわよ。油断が一番危険だわ」
 ジェシルはオーランド・ゼムに答えているが、顔はずっとスクリーンに向いている。果てしない闇の中に浮かんでいる大小の星々が多彩な光を放っている。ジェシルはそれらの瞬きを眺めている。
「ほう……」オーランド・ゼムが感嘆の声を上げる。何事かとジェシルは振り返る。「ジェシル、そのままスクリーンを見ていてくれたまえ。星を見ている時の君の憂いに満ちた顔はなかなかロマンチックだよ。君でもそんな表情をするのだねぇ……」
「……わたしを何だと思っているのよ!」ジェシルがむっとした表情に変わる。「わたしの事は構わないで、ハービィを治してよ。着陸までわたしがやるなんて、御免だわ」
「そのハービィなのだがね」オーランド・ゼムは困惑した表情だ。「一通り点検をしたのだが、特に異常は見当たらないのだよ」
「と言う事は、寿命って事じゃないの?」
「いや、部品はどれも充分にメンテナンスをしている。言ってみれば新品同様だ」オーランド・ゼムはジェシルをじっと見つめる。「これは、君が来たせいかもしれないな」
「何よ? わたしが原因だって言うの?」ジェシルはイヤな顔をする。「わたしは何もしていないわよ。それに、会ったばかりみたいなものだし……」
「ハービィがわたし以外と話をする事は無かった。だから、思考回路にストレスがかかったんじゃないかと思うのだよ」
「わたしがストレスだって言うの?」
「ハービィがいつも話をするのは男性だ。しかも、君の言葉を借りれば『おじいちゃん』だ。そこへ、君のような若い娘が現われたのだからな」
「でも、わたしを呼んだのはあなたでしょ?」
「そうだがね、ハービィには全く影響は無いと思っていたのだよ」
「わたしと応対してくれた時も、特に変わってはいなかったわよ。ちょっと融通が利かなかったように思ったけど」
「それはハービィの常だ。特別と言う事は無い」
「じゃあ……」ジェシルにある考えが浮かんだ。「ハービィがわたしに良い所を見せようとしたなんて事は無いかしら?」
「どう言う事かね? ハービィはアンドロイドだよ。そんな感情を持つとは思えないのだが」
「ハービィはずっとあなたと居るんでしょ? あなたの思考に影響されたとか……」
「わたしの思考が影響しただって?」
「あなたが、女性に良い恰好をしたいなんて思っていたら、知らぬ間にハービィもそうなっちゃうんじゃないかしら? 何たって茶飲み友達なくらい親密なんだから」
「……ふむ……」オーランド・ゼムは腕組みをして考え込んでいる。「……たしかに、わたしの中に、その様な感情はあるし、実際にそんな事もあった。知らぬ間にハービィに伝わったのかもしれんな」
「そんな恥かしい事、平然と言わないでよ!」
「ジェシル……」うんざりした表情のジェシルに向かい、オーランド・ゼムはにやりと笑う。「一つ提案があるのだがね」
「何よ? ボディガードの範疇を超える提案なら拒否するわよ」
「わたしのためではない、ハービィのためさ。もし、君の言う通りならば、君が褒めてやれば、ハービィは動き出すんじゃないかと思ってね」
「はぁ? 褒めるぅ?」
「そう呆れた顔をするものじゃないぞ。可能性は充分にあると思うのだがね。何でも良いから、言ってやってくれないかね?」
「褒めるねぇ……」ジェシルは床に置かれているハービィを見て、溜め息をつく。「……まあ、なんて素敵なアンドロイドなのかしら! 宇宙広しと言えど、これほどのものは無いわ!」
 ジェシルは白々しい口調で言った。しかし、ハービィに何の反応も無い。
「……ダメみたいね」
「ジェシル……」オーランド・ゼムはハービィを見たままで言う。「彼をアンドロイドでは無く、一人の男性と思って声を掛けてみてくれないか?」
「え?」ジェシルはうんざりした表情でハービィを見る。「そんなの効き目があると思う?」
「とにかく、やってみてくれ。それでダメなら、残念だが、ハービィはここまでだろう……」
「分かったわよ」ジェシルは辛そうなオーランド・ゼムを見て、渋々うなずいた。「……ハービィ、あなただけが頼りなのよ(白々しい口調で言うジェシルに、オーランド・ゼムはもっともっとと言わんばかりの手振りをする)。……ハービィ、あなたは男の中の男だわ。わたしはあなたが大好きよ。……やれやれ」
 いきなりハービィの目と口が明滅をはじめ、ぎぎぎぐぎぎぎと、油切れの音を鳴らしながら、ハービィがよろよろと立ち上がった。
「何? わがはいを好きだって?」ハービィはジェシルを見ながら言う。「そうだったのか。ジェシルはわがはいが好きだったのか。それは何よりだ。わがはいもジェシルに好意を持っているから、相思相愛だな」
 ハービィはげはげはげはと目と口を明滅させながら妙な音を立てた。満足気に笑っているようだ。
「……どうしてくれるのよ!」ジェシルはオーランド・ゼムを睨む。「あなたが変な事を言うから、こんな事になったのよ!」
「まあ、良いではないか。ハービィも回復したし」オーランド・ゼムはにやにやしている。反省は全くしていない。それどころか、楽しんでいるようだ。「ハービィ、ジェシルと操縦席を変わってくれ」
「かしこまりましてございます」ハービィは油切れの音を立てながらオーランド・ゼムに一礼し、それからジェシルに近付く。「さあ、ハニー、そこを空けておくれ」
「ハニーって……」
 ジェシルはオーランド・ゼムを見て、ぷっと頬を膨らませる。
「ジェシル……」オーランド・ゼムは真顔になって言う。「ハービィとの結婚式には呼んでくれよ」
 そう言うと、オーランド・ゼムは爆笑した。


つづく

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