お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシル、ボディガードになる 171

2021年07月19日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「でも、天才が居るからって、どうなるわけでも無いわよね」ジェシルは口を尖らせる。「もうすぐ爆弾が爆発しちゃうんだし、こんな拘束状態じゃ何にも出来ないし」
「まあ、人生の最期を、君のような美女と一緒で良かったよ」ムハンマイドは言う。「君も、宇宙一の大天才と最期を迎えられるなんて、良いんじゃないか?」
「ちっとも良くないわよ!」ジェシルは声を荒げる。「このままだと、宇宙パトロール本部がやられちゃうのよ! それも、あなたが作った武器でね! どうしてくれるのよ!」
「そんな事を言われても、オーランド・ゼムがこんな悪いヤツだとは思わなかったんだよ!」ムハンマイドも声を荒げる。「凄く紳士的で、ボクの愚痴をよく聞いてくれて、親身に協力的だったんだ!」
「ふん! 悪党を信頼するなんて時点で、程度が知れているわ! な~にが天才よ!」
「君だって、オーランド・ゼムのために、あれこれと働いたじゃないか!」
「それは、ビョンドル長官の命令だったからよ!」
「じゃあ、君は長官の命令なら、何でもすると言うのか? 君のせいで、一民間人のボクまで、命の危険に晒されているんだぞ!」
「あなたのは、自分で蒔いた種じゃない! しかも、何にも手を打たずに、気絶した振りをしていたんだから!」
「じゃあ、君は何が出来るんだ? ミュウミュウに殴られていただけじゃないか?」
「ふん!」ジェシルは思い切り鼻を鳴らす。それから、傍らに立ったまま動かないハービィに顔を向ける。「ねぇ、ハービィ! もう宇宙船に乗り込むための計算なんか無駄よ! それよりも、わたしたちを何とかしてよ!」
 ハービィはぐぎぎと音を立ててジェシルを見る。計算は止めたようだ。
「何とか」ハービィは答える。「何とかとは、何だ、ハニー」
「見て分からない?」ジェシルはいらいらする。「わたしたちを見て、分からないの?」
「ははは、ジェシル、それは難しいよ」ムハンマイドが笑う。「ハービィには具体的に言わなきゃね」
「は?」ジェシルは呆れた顔をする。「それって……」
「そのまんまの意味だよ。何をどうして欲しい、何がどうなっているのかって。はっきりと具体的に言わなきゃダメなのさ。修理の手伝いの際に分かったんだ。使う道具が明らかに分かる状況で『ハービィ、あれを取ってくれ』って言っても、動かない。なので、具体的に工具の名前を言うと『かしこまりましてございますです』って言って、取って渡してくれる。だから、ハービィには具体的に言わなきゃダメなのさ」
「……なるほどね……」ジェシルはうなずくと、ハービィを見る。「ハービィ、わたしたちのこの鎖をからだから下ろして、紐を外してちょうだい。オーランド・ゼムはもう宇宙へ行ってしまったわ。だから、オーランド・ゼムの命令は終了よ」
 ハービィは疑義gと音を立てながらジェシルを見ている。ジェシルもじっとハービィの細長い面のような顔を見つめる。しかし、ハービィは動かなかった。
「ハービィ!」ジェシルは声を荒げる。「あなた、わたしを守るって言っていたじゃない! 今が守るべき時よ!」
「わがはいは、ジェシルを、守る」ハービィはつぶやく。と、突然、二つの赤い目を瞬かせ、歯を剥き出しにしたような口を明滅させて、大きな声を出した。「わがはいはジェシルを守るのだ」
「そうよ! 助けるのも守る事になるのよ! さあ、鎖を下ろして、紐を外して!」
 ハービィはぎぎぎと音を立てながら動き出し、まずはジェシルの上に乗っている時限爆弾を地面に下ろし、次いで鎖を下ろした。それから、ムハンマイドの鎖も下ろす。
「やれやれ、やっと軽くなったよ……」ムハンマイドは深く息をつく。「じゃあ、次は紐だな。何で出来ているのかは分析しないと分からないが、中々丈夫そうで、大変そうだ」
「それよりも……」ジェシルは顎で一方を指示した。「もっと大変よ……」
 ムハンマイドがその方へ目をやると、時限爆弾の表示がこちらを向いていた。
「あと十五分か……」ムハンマイドは、刻々と減って行く表示を見てつぶやく。「確かに、大変だ……」
「ハービィ!」ジェシルが声を張る。「紐を切って! 引き千切っても良いわ!」
 ハービィは、ジェシルの手首を縛っている紐に手を掛けて、引っ張った。引き千切るつもりのようだ。
「ちょっと待って! ハービィ!」ジェシルの顔が苦痛で歪む。ハービィが手を離す。ジェシルはムハンマイドを見る。「ダメだわ、引き千切れそうもないわ。そんな事をしたら、わたしの手も千切れそう」
「そいつは困ったなぁ……」ムハンマイドはつぶやく。「じゃあ、紐を切るしかないって事か。でも、道具が無いなぁ……」
 ムハンマイドは、ふと顔を上げ、ハービィが自分を肩に担ぐ際に置いた道具袋を見た。
「あの何になら、切断できそうな工具はあるだろう……」ムハンマイドは言うと、ため息をついた。「でも、ハービィがあそこに行って、工具を探して戻って来るまでに、時限爆弾は爆発をしてしまうだろうな……」
「もう、ダメって事ね……」ジェシルもため息をつく。「何かナイフみたいなものって、ないかしらねぇ……」
「ハニー」ハービィがジェシルに顔を向けた。「無ければ、作れば良いのだよ」
 ハービィは言うと、自分の左手首を右手でつかんだ。そして、ぎぎぎぐぎぎぎと音を立てながら、ねじり始めた。
「ちょっと、ハービィ! 何やってんのよう! 止めなさいよう!」
 ジェシルが声を荒げるが、ハービィは止めない。
「おい、ハービィ! どうしたんだ! そんな事をやっていると、左手が折れてしまうぞ!」
 ムハンマイドも声を荒げる。しかし、ハービィは止めない。
「わがはいは、ジェシルを守るのだ」
ハービィはウイと、自らの左手をねじり切ってしまった。ハービィは、右手に持った自分の左手を見る。折れた所から、細くて鋭い金属片が飛び出していた。
「これならば使える」
 ハービィは言うと、手首ごとジェシルの手首を縛っている紐にあてがい、その金属片を前後させて紐を切り始めた。しばらくして紐が切れた。
「ありがとう、ハービィ!」ジェシルは歓喜の声を上げる。「次は脚を頼むわね!」
「おい、もう七分前だ!」ムハンマイドが大声を出す。「脚の紐の方が多いんだ。爆発までには間に合わないぞ!」


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジェシル、ボディガードにな... | トップ | ジェシル、ボディガードにな... »

コメントを投稿

ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)」カテゴリの最新記事