日曜日、さとみは目を覚ますと上半身を起こして、机の目ざまし時計を見た。まだ朝の七時だった。
集合時間は午後十時。百合恵が迎えに来てくれることになっている。
「早すぎちゃった……」
さとみはつぶやくと、もう一度ベッドに転がる。しかし、もう寝られない。緊張をしているわけではない。今日で終わると言う安堵感がある。豆蔵の言う「ふるめんばあ」での対決なのだから、とても心強い。程よく気合が入っている。武者震いと言うものだろうか。そんな状態だった。
昨夜は遅くまで百合恵がいてくれたのも大きい。気持ちがすっかりと楽になった。百合恵がさとみを抱きしめる回数が多かったようにも思うが。
段取りについては、百合恵から聞いていた。
さとみが屋上に立てば、さゆりは現われるだろう。さとみとさゆりで遣り取りがされている間に、片岡が例の筒の蓋を開けて「般若心経」を唱える。妨害して来ようと言う霊体たちは、腕を上げた豆蔵たちが対処する。「百合恵会」のメンバーたちも少しだとは言え霊力がある。その力も加われば、より強くなる。まさに「ふるめんばあ」で挑むのだ。
さゆりも助けてあげられないかなぁ…… さとみは思う。……封印も手段なんだろうけど、何だか可哀想だわ。だって、さゆりって、わたしとあんまり歳が変わんないみたいだし、それでいて大人可愛いし、あの世に逝って生まれ変われれば、きっと素敵な女性になるわよ…… さとみはうなずく。……何とかならないかなぁ…… さとみはおでこをぺちぺちし始める。……そのためには、改心してもらわなきゃダメよね。でも、周りにいる連中が碌でも無いからなぁ。難しいかなぁ。それでも、やれるだけの事はしてみよう。それでもダメだったら、封印も仕方がないわね。
いつしかおでこを叩く音が止んだ。さとみはおでこに右の手の平を乗せたまま、すうすうと寝息を立てていた。
「さとみ! いつまで寝ているの!」
母親がノックもせずに部屋に入って来て、掛けている布団を捲り上げた。
「……んがぁ……」
「な~に、出来そこないの怪獣みたいな声出してんのよ!」母親は、寝呆けているさとみに容赦ない。「さっさとお昼ご飯食べちゃいなさい。夜に出かけるんでしょ?」
「え? あ、そうなの……」少しずつ意識がはっきりとして来る。「そうなの、百合恵さんが迎えに来てくれるのよ」
「まあ、百合恵さんが」母親はさとみを見て、にやりと笑う。「何をしにでかけるのかは聞かないけど、ちゃんとお風呂に入って、綺麗にして行くのよ。下着も新しいのを着けてね」
「禊って事?」さとみは言う。「お母さんも分かってくれたんだ」
「は? 禊ぃ?」母親は言うと鼻で笑う。「そんな大袈裟なものかしらねぇ。男の子とのデートなんて……」
「デート!」さとみは大きな声を出す。「何を言っているのよう! そんなんじゃないわよう!」
「またまたまた~っ」母親は信じていない。「良いのよ。さとみもやっと年頃の女の子らしくなってきたって事で」
「違うって言っているじゃないのよう!」
「じゃあ、何なのよ!」ムキになっているさとみにムキになって応じる母親だった。「簡潔に三十字以内で言いなさい!」
「もう良い!」
さとみはぷっと頬を膨らませて、パジャマ姿のまま、母親の脇を抜けて階段を下りて行った。
「……ふふふ、照れちゃってさ。まだまだ純情ねぇ…… お父さんが出張から帰って来たら、お祝いでもしようかな」
母親はにやにやしながら部屋を出る。
昼食後もぶすっとしていたさとみだった。母親は大いなる勘違いをしている。だが、さとみは説明をする気が失せてしまった。母親がずっと浮かれているかのようだったからだ。それに、本当の事を話して、心配されたり、引き留められてしまったりするのも面倒だ。……良いわ、勝手に勘違いしていてもらうわ。さとみはそう決めた。そう決めると、気が楽になった。
午後をだらだらと自分の部屋で過ごす。着て行く服を用意する。……みんなにあれこれと言われるけど、やはりこの服装が一番動きやすいのよね。さとみが用意したのは、ピンクのTシャツにオーバーオール。祖母の富が縫い付けてくれたイチゴのアップリケのあるポシェットだった。「ポコちゃん」と皆が呼ぶ、いつもの格好だった。だが、朱音やしのぶも真似して着ている。「百合恵会」の制服にしようと息巻いている(麗子やアイが着るとは思えないが)。
夕食前、母親に勧められるままに、風呂に入り、下着を新しいのに取り替えた。気持ちが引き締まる。
持ち物を確認する。とは言っても、特にない。
「でも、片岡さんが『忘れ物をしないように』っておっしゃっていたそうだから、もう一度確認しておこう」
さとみは自分に言い聞かす様に言う。やはり忘れ物はない。……ほとんどの準備は片岡さんがしてくれるし、わたしはさゆりと少し話していれば良いのよね。さとみは自分の役柄を確認する。
夕食を終えると、部屋で百合恵が来るのを待つ。ただ待っているだけだと、ついつい睡魔が押し寄せる。さとみも例に漏れない。ベッドに転がっているうちに眠ってしまったのだ。
「さとみ! また寝てる!」
母親の大きな声で、さとみは飛び起きた。
「百合恵さんが見えたわよ! 何なの? まだパジャマって! あなたには自覚ってものが無いのかしら? そんな事で彼氏なんかとうまく行くわけないわね!」
さとみは母親の嫌味を完全に無視して黙々と着替える。
「あなたねぇ、そんな格好って、どう言うつもりなの? どうしてポコちゃんなのよ?」
母親にまでポコちゃんと言われる。しかし、さとみは答えない。そんなさとみを見て、母親は何かを察したように、にやりと笑む。
「ああ、そうか…… 脱いじゃえば同じだものね」
「……」さとみは呆れた顔で母親を見る。「もう、知らない!」
さとみは言うと階段を下りる。
つづく
集合時間は午後十時。百合恵が迎えに来てくれることになっている。
「早すぎちゃった……」
さとみはつぶやくと、もう一度ベッドに転がる。しかし、もう寝られない。緊張をしているわけではない。今日で終わると言う安堵感がある。豆蔵の言う「ふるめんばあ」での対決なのだから、とても心強い。程よく気合が入っている。武者震いと言うものだろうか。そんな状態だった。
昨夜は遅くまで百合恵がいてくれたのも大きい。気持ちがすっかりと楽になった。百合恵がさとみを抱きしめる回数が多かったようにも思うが。
段取りについては、百合恵から聞いていた。
さとみが屋上に立てば、さゆりは現われるだろう。さとみとさゆりで遣り取りがされている間に、片岡が例の筒の蓋を開けて「般若心経」を唱える。妨害して来ようと言う霊体たちは、腕を上げた豆蔵たちが対処する。「百合恵会」のメンバーたちも少しだとは言え霊力がある。その力も加われば、より強くなる。まさに「ふるめんばあ」で挑むのだ。
さゆりも助けてあげられないかなぁ…… さとみは思う。……封印も手段なんだろうけど、何だか可哀想だわ。だって、さゆりって、わたしとあんまり歳が変わんないみたいだし、それでいて大人可愛いし、あの世に逝って生まれ変われれば、きっと素敵な女性になるわよ…… さとみはうなずく。……何とかならないかなぁ…… さとみはおでこをぺちぺちし始める。……そのためには、改心してもらわなきゃダメよね。でも、周りにいる連中が碌でも無いからなぁ。難しいかなぁ。それでも、やれるだけの事はしてみよう。それでもダメだったら、封印も仕方がないわね。
いつしかおでこを叩く音が止んだ。さとみはおでこに右の手の平を乗せたまま、すうすうと寝息を立てていた。
「さとみ! いつまで寝ているの!」
母親がノックもせずに部屋に入って来て、掛けている布団を捲り上げた。
「……んがぁ……」
「な~に、出来そこないの怪獣みたいな声出してんのよ!」母親は、寝呆けているさとみに容赦ない。「さっさとお昼ご飯食べちゃいなさい。夜に出かけるんでしょ?」
「え? あ、そうなの……」少しずつ意識がはっきりとして来る。「そうなの、百合恵さんが迎えに来てくれるのよ」
「まあ、百合恵さんが」母親はさとみを見て、にやりと笑う。「何をしにでかけるのかは聞かないけど、ちゃんとお風呂に入って、綺麗にして行くのよ。下着も新しいのを着けてね」
「禊って事?」さとみは言う。「お母さんも分かってくれたんだ」
「は? 禊ぃ?」母親は言うと鼻で笑う。「そんな大袈裟なものかしらねぇ。男の子とのデートなんて……」
「デート!」さとみは大きな声を出す。「何を言っているのよう! そんなんじゃないわよう!」
「またまたまた~っ」母親は信じていない。「良いのよ。さとみもやっと年頃の女の子らしくなってきたって事で」
「違うって言っているじゃないのよう!」
「じゃあ、何なのよ!」ムキになっているさとみにムキになって応じる母親だった。「簡潔に三十字以内で言いなさい!」
「もう良い!」
さとみはぷっと頬を膨らませて、パジャマ姿のまま、母親の脇を抜けて階段を下りて行った。
「……ふふふ、照れちゃってさ。まだまだ純情ねぇ…… お父さんが出張から帰って来たら、お祝いでもしようかな」
母親はにやにやしながら部屋を出る。
昼食後もぶすっとしていたさとみだった。母親は大いなる勘違いをしている。だが、さとみは説明をする気が失せてしまった。母親がずっと浮かれているかのようだったからだ。それに、本当の事を話して、心配されたり、引き留められてしまったりするのも面倒だ。……良いわ、勝手に勘違いしていてもらうわ。さとみはそう決めた。そう決めると、気が楽になった。
午後をだらだらと自分の部屋で過ごす。着て行く服を用意する。……みんなにあれこれと言われるけど、やはりこの服装が一番動きやすいのよね。さとみが用意したのは、ピンクのTシャツにオーバーオール。祖母の富が縫い付けてくれたイチゴのアップリケのあるポシェットだった。「ポコちゃん」と皆が呼ぶ、いつもの格好だった。だが、朱音やしのぶも真似して着ている。「百合恵会」の制服にしようと息巻いている(麗子やアイが着るとは思えないが)。
夕食前、母親に勧められるままに、風呂に入り、下着を新しいのに取り替えた。気持ちが引き締まる。
持ち物を確認する。とは言っても、特にない。
「でも、片岡さんが『忘れ物をしないように』っておっしゃっていたそうだから、もう一度確認しておこう」
さとみは自分に言い聞かす様に言う。やはり忘れ物はない。……ほとんどの準備は片岡さんがしてくれるし、わたしはさゆりと少し話していれば良いのよね。さとみは自分の役柄を確認する。
夕食を終えると、部屋で百合恵が来るのを待つ。ただ待っているだけだと、ついつい睡魔が押し寄せる。さとみも例に漏れない。ベッドに転がっているうちに眠ってしまったのだ。
「さとみ! また寝てる!」
母親の大きな声で、さとみは飛び起きた。
「百合恵さんが見えたわよ! 何なの? まだパジャマって! あなたには自覚ってものが無いのかしら? そんな事で彼氏なんかとうまく行くわけないわね!」
さとみは母親の嫌味を完全に無視して黙々と着替える。
「あなたねぇ、そんな格好って、どう言うつもりなの? どうしてポコちゃんなのよ?」
母親にまでポコちゃんと言われる。しかし、さとみは答えない。そんなさとみを見て、母親は何かを察したように、にやりと笑む。
「ああ、そうか…… 脱いじゃえば同じだものね」
「……」さとみは呆れた顔で母親を見る。「もう、知らない!」
さとみは言うと階段を下りる。
つづく
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