「おい、コーイチ……」
呼びかけられたコーイチは振り返った。チトセが立っていた。泣きはらしたのか、目が赤い。そして、威勢の良さは影を潜めていた。
「チトセ…… ちゃん……」
コーイチはためらいがちに声をかけた。チトセは「ちゃん付け」にも特にイヤな顔はしなかった。
「オレ…… 行く所が無くなっちまったよう……」チトセの声は弱々しい。「兄者の山賊団はぶっ潰された。もう山賊は出来ない……」
「そうだね」コーイチはチトセの肩に手を置いて、優しく言う。「でもね、山賊ってのは悪い事をする連中だよ。チトセちゃんはそんな中に居ちゃいけなかったんだよ」
「でも、兄者もみんなもオレに優しかったんだ」
「いくらチトセちゃんに優しかったからって、悪い事は悪い事なんだよ」
「そうよ、チトセちゃん……」逸子も言う。「あなたはまだ若いんだし、これからじゃない。しっかりしなきゃ」
「ふん! オバさんに言われたくない!」
チトセの言葉に逸子の全身からオーラが噴き上がった。アツコが逸子の腕をつかんだ。はっとしたしたように逸子はオーラを消した。
「とにかく、棟梁の所へ戻りましょう」アツコが言う。「話をすれば、警察……じゃないや、代官所、だっけ? まあ、そこから役人を出して、山賊を捕まえてくれるわ」
「オレも捕まるのか?」チトセは身を強張らせた。心配そうな顔でコーイチを見上げる。「どうしよう……」
「山賊の中に、こんな可愛い女の子がいるなんて、誰も思わないよ」コーイチは言って微笑む。「大丈夫だよ、心配しないで。……お兄さんと仲間たちは難しいと思うけど」
「うん……」
チトセはうなずくと、顔を伏せた。その肩が小さく震えている。コーイチはチトセに置いた手で、ぽんぽんと肩を優しく叩いた。
「じゃあ、戻りましょう」逸子が言う。「棟梁に頼んだら、チトセちゃんをきっと良くしてくれるわ」
「そうね。くよくよしてても始まらないし」アツコは言って立ち上がった。「タロウもね、結果としてみんなを助けてくれたわけだし…… タロウにしちゃ、良くやったわ……」
「アツコ、あなた、タロウさんがやられた時、ものすごかったじゃない?」逸子が思い出したように言う。「あれって、本心? やっぱりタロウさんの事が気になってたの?」
「……まあ、少しだけね」アツコは親指と人差し指とでほんの小さな隙間を作って見せた。「でもさ、やっぱり、わたしはコーイチさん」
「何言ってんだよ、オバさんのくせに!」アツコに向かってチトセが口を尖らせた。「コーイチはオレの婿だ!」
「あなたねぇ……」アツコがチトセをにらむ。「婿の意味って分かっているの? 子供はね、そんなこと考えないで、おままごとしていれば良いのよ」
「ふん! 婿の意味くらい知ってらあ!」チトセは啖呵を切った。「一つ屋根の下で仲良く暮らすんだろ?」
「な~んだ、それくらいしか分からないんだ」アツコは笑う。「あはははは、お子様ねぇ」
「じゃあ、どう言う意味なんだよう?」チトセが詰め寄る。「そこまで言うんなら、教えろよう!」
「えっ……」言われたアツコは急に顔を赤らめる。「そ、そりゃあ、もっと…… こう、色々と……」
「色々と、何だよ?」
「色々なの!」
「だから、それが分かんないよう!」
「お子様は知らなくて良いの!」
「ふん! 言えないって事は本当は知らないんだろう? お前、オバさんのくせに、子供なのかよう!」
「知っているわよ! 教えてあげるから、よ~く聞きなさい!」
アツコは腰に手を当ててチトセを見つめる。チトセも負けじとアツコを見つめ返した。
「まあまあまあまあ……」アツコが口を開こうとした時、コーイチが割って入って来た。「言い争ったりしないで、仲良くしようよ、ねっ?」
二人は顔を見合わせる。同時にふうっと長いため息をついて苦笑する。
「……コーイチがそう言うんなら、そうする……」
「……そうね、コーイチさんの頼みならね」
そんな様子を見て逸子はくすくすと笑う。
「逸子さん、何がおかしいんだい?」コーイチは不思議そうな顔をする。「ボクは真面目なんだけど」
「ふふふ…… なんだか相変わらずなコーイチさんだなあって思って……」
「ボクだって、さっきの暴れっぷりはいつもの逸子さんだなあって思ったよ」
「まあ、ひどいコーイチさん!」
逸子はそうは言ったが顔は笑んでいる。
「ねえねえねえ、逸子!」アツコが割って入って来た。「コーイチさんと逸子って、久しぶりに会うんでしょ? 会いたい会いたいって散々言っていたのに、こうやってじっくりと会えたのに、大して感動や感激って言うのが伝わらないんだけど?」
「あ、そうだねぇ……」コーイチは言われて初めて気がついたと言う顔をする。「なんだか、いつもの感じになっちゃったってところかなあ」
「そうねぇ……」逸子もうなずく。「わたしも、いつもの感じだわ。アツコの言うように、散々コーイチさんコーイチさん言っていたのにね…… 面白いものね」
「そうだね」
コーイチとアツコは顔を見合わせて、にこりと笑んだ。
「あ~あ!」アツコがうんざりしたような、呆れたような声を出した。「これじゃ、わたしの負けじゃない!」
「負け?」チトセが不思議そうな顔をアツコに向ける。「お前、何にもしてないのに、負けたのか?」
「良いの」アツコは優しく言った。「これは大人にしか分からないのよ」
「ふ~ん……」チトセは今一つ理解が出来ていない。「そんなもんか……」
「……と言う事は、アツコはフリーだな……」
声がした。倒れていたタロウの目がぱちっと開き、むっくりと上半身を起こした。
「きゃあ!」チトセは悲鳴を上げて座り込むと、合掌して念仏を唱え出した。「怨霊退散! 怨霊退散!」
「何よ、これえ!」アツコが叫ぶ。「タロウは死んだんじゃなかったの?」
「ゾンビよ、ゾンビ!」逸子も叫ぶ。全身からオーラを噴き上げる。「もう一度死なせれば良いのよ!」
「待って、待ってくれ! ボクは生きているんだ! ……ほら!」タロウは必死の形相で言うと、胸の矢を引き抜き、つなぎの前を開けた。胸の所に厚い板があった。「たまたまこれを拾ってさ、胸に当てておいたんだ。だから、矢は板で止まった。矢の勢いが強くって、倒れた時に気を失ったみたいだけど、さっき気が付いたんだ。今は大丈夫だよ」
つづく
呼びかけられたコーイチは振り返った。チトセが立っていた。泣きはらしたのか、目が赤い。そして、威勢の良さは影を潜めていた。
「チトセ…… ちゃん……」
コーイチはためらいがちに声をかけた。チトセは「ちゃん付け」にも特にイヤな顔はしなかった。
「オレ…… 行く所が無くなっちまったよう……」チトセの声は弱々しい。「兄者の山賊団はぶっ潰された。もう山賊は出来ない……」
「そうだね」コーイチはチトセの肩に手を置いて、優しく言う。「でもね、山賊ってのは悪い事をする連中だよ。チトセちゃんはそんな中に居ちゃいけなかったんだよ」
「でも、兄者もみんなもオレに優しかったんだ」
「いくらチトセちゃんに優しかったからって、悪い事は悪い事なんだよ」
「そうよ、チトセちゃん……」逸子も言う。「あなたはまだ若いんだし、これからじゃない。しっかりしなきゃ」
「ふん! オバさんに言われたくない!」
チトセの言葉に逸子の全身からオーラが噴き上がった。アツコが逸子の腕をつかんだ。はっとしたしたように逸子はオーラを消した。
「とにかく、棟梁の所へ戻りましょう」アツコが言う。「話をすれば、警察……じゃないや、代官所、だっけ? まあ、そこから役人を出して、山賊を捕まえてくれるわ」
「オレも捕まるのか?」チトセは身を強張らせた。心配そうな顔でコーイチを見上げる。「どうしよう……」
「山賊の中に、こんな可愛い女の子がいるなんて、誰も思わないよ」コーイチは言って微笑む。「大丈夫だよ、心配しないで。……お兄さんと仲間たちは難しいと思うけど」
「うん……」
チトセはうなずくと、顔を伏せた。その肩が小さく震えている。コーイチはチトセに置いた手で、ぽんぽんと肩を優しく叩いた。
「じゃあ、戻りましょう」逸子が言う。「棟梁に頼んだら、チトセちゃんをきっと良くしてくれるわ」
「そうね。くよくよしてても始まらないし」アツコは言って立ち上がった。「タロウもね、結果としてみんなを助けてくれたわけだし…… タロウにしちゃ、良くやったわ……」
「アツコ、あなた、タロウさんがやられた時、ものすごかったじゃない?」逸子が思い出したように言う。「あれって、本心? やっぱりタロウさんの事が気になってたの?」
「……まあ、少しだけね」アツコは親指と人差し指とでほんの小さな隙間を作って見せた。「でもさ、やっぱり、わたしはコーイチさん」
「何言ってんだよ、オバさんのくせに!」アツコに向かってチトセが口を尖らせた。「コーイチはオレの婿だ!」
「あなたねぇ……」アツコがチトセをにらむ。「婿の意味って分かっているの? 子供はね、そんなこと考えないで、おままごとしていれば良いのよ」
「ふん! 婿の意味くらい知ってらあ!」チトセは啖呵を切った。「一つ屋根の下で仲良く暮らすんだろ?」
「な~んだ、それくらいしか分からないんだ」アツコは笑う。「あはははは、お子様ねぇ」
「じゃあ、どう言う意味なんだよう?」チトセが詰め寄る。「そこまで言うんなら、教えろよう!」
「えっ……」言われたアツコは急に顔を赤らめる。「そ、そりゃあ、もっと…… こう、色々と……」
「色々と、何だよ?」
「色々なの!」
「だから、それが分かんないよう!」
「お子様は知らなくて良いの!」
「ふん! 言えないって事は本当は知らないんだろう? お前、オバさんのくせに、子供なのかよう!」
「知っているわよ! 教えてあげるから、よ~く聞きなさい!」
アツコは腰に手を当ててチトセを見つめる。チトセも負けじとアツコを見つめ返した。
「まあまあまあまあ……」アツコが口を開こうとした時、コーイチが割って入って来た。「言い争ったりしないで、仲良くしようよ、ねっ?」
二人は顔を見合わせる。同時にふうっと長いため息をついて苦笑する。
「……コーイチがそう言うんなら、そうする……」
「……そうね、コーイチさんの頼みならね」
そんな様子を見て逸子はくすくすと笑う。
「逸子さん、何がおかしいんだい?」コーイチは不思議そうな顔をする。「ボクは真面目なんだけど」
「ふふふ…… なんだか相変わらずなコーイチさんだなあって思って……」
「ボクだって、さっきの暴れっぷりはいつもの逸子さんだなあって思ったよ」
「まあ、ひどいコーイチさん!」
逸子はそうは言ったが顔は笑んでいる。
「ねえねえねえ、逸子!」アツコが割って入って来た。「コーイチさんと逸子って、久しぶりに会うんでしょ? 会いたい会いたいって散々言っていたのに、こうやってじっくりと会えたのに、大して感動や感激って言うのが伝わらないんだけど?」
「あ、そうだねぇ……」コーイチは言われて初めて気がついたと言う顔をする。「なんだか、いつもの感じになっちゃったってところかなあ」
「そうねぇ……」逸子もうなずく。「わたしも、いつもの感じだわ。アツコの言うように、散々コーイチさんコーイチさん言っていたのにね…… 面白いものね」
「そうだね」
コーイチとアツコは顔を見合わせて、にこりと笑んだ。
「あ~あ!」アツコがうんざりしたような、呆れたような声を出した。「これじゃ、わたしの負けじゃない!」
「負け?」チトセが不思議そうな顔をアツコに向ける。「お前、何にもしてないのに、負けたのか?」
「良いの」アツコは優しく言った。「これは大人にしか分からないのよ」
「ふ~ん……」チトセは今一つ理解が出来ていない。「そんなもんか……」
「……と言う事は、アツコはフリーだな……」
声がした。倒れていたタロウの目がぱちっと開き、むっくりと上半身を起こした。
「きゃあ!」チトセは悲鳴を上げて座り込むと、合掌して念仏を唱え出した。「怨霊退散! 怨霊退散!」
「何よ、これえ!」アツコが叫ぶ。「タロウは死んだんじゃなかったの?」
「ゾンビよ、ゾンビ!」逸子も叫ぶ。全身からオーラを噴き上げる。「もう一度死なせれば良いのよ!」
「待って、待ってくれ! ボクは生きているんだ! ……ほら!」タロウは必死の形相で言うと、胸の矢を引き抜き、つなぎの前を開けた。胸の所に厚い板があった。「たまたまこれを拾ってさ、胸に当てておいたんだ。だから、矢は板で止まった。矢の勢いが強くって、倒れた時に気を失ったみたいだけど、さっき気が付いたんだ。今は大丈夫だよ」
つづく
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