岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 154(兄弟では無くなった日編)

2024年12月13日 14時12分22秒 | 闇シリーズ

2024/12/13 fry

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休みの日、宛もなく川越の街をブラブラ歩いている時だった。

家の近くの商店街クレアモールのマルエツ辺りを過ぎた頃、背後から「おーい、智一郎」と声を掛けられた。

振り向くと和菓子屋始さんの同級生である松永さんと、同じ雀會メンバーのスナックで働く知子が自転車に乗っている。

同じお囃子の雀會メンバー同士なので二人一緒でもおかしくないが、ペアルックの服装なので違和感を覚えた。

「あれ、どうしたんですか? 二人揃って」

「俺たち婚約したんだよ」

松永さんが嬉しそうに話す。

へー、松永さんと知子のカップルかー……。

アンバランスな組み合わせで想定外だったが、幸せそうな松永さんの顔を見て、心から「本当におめでとうございます」と大きな声で伝えた。

知子はスナックを辞め、松永さんの会社で事務員として働く予定らしい。

久しぶりにほっこりする出来事だ。

俺は始さんの和菓子屋『伊勢屋』へ顔を出し、松永さんの話題をする。

始さんも「まっちゃんは結構知子のところ通い詰めていたからなー」と嬉しそうに話した。

帰り道を少し迂回して大正浪漫通りのスガ人形店へ寄る。

先輩の須賀栄治さんがいたので挨拶をしに中へ入った。

「あ、智ちゃん! ちょうど良かった。こちらTBSの酒井さん。ちょうどさ、智ちゃんの話をしていたんだよ」

栄治さんは日本人形を海外でも取り扱うよう努力をして、その活動は新聞やたまにテレビ等で取り上げられるケースもあった。

以前読売新聞の記者秋田を俺に紹介してくれたのも、そういった経緯があるからだ。

俺はTBSの酒井さんと連絡先を交換する。

機会あったらゆっくり話しましょうと別れる。

具体的に何があったという訳ではないが、俺がテレビ局の人との連絡先を交換できるなんて思いもよらなかった。

 

KDDIでの業務終了間近、課のトップである田中が俺の席まで来た。

「岩上さん、実は今日表彰式があって、岩上さんも選ばれていたんですね。ただ岩上さん業務中だったので、代わりに私が賞状をもらっておきましたので」

そう言いながら田中は、筒に入った賞状を手渡してくる。

業務中だから代わりに行ってきた?

意味が分からなかった。

本来表彰式で賞状をもらうのは本人が出席し、もらうものではないのか?

それを仕事していたからと言い訳で、表彰式がある事も、表彰された事さえ初耳だった。

何らかの意図があるのだろう。

例えば上の人間と俺を接触させたくないとかの……。

六十名前後のこの課は、俺が新人歓迎会を行ってから大きく二つに派閥のようなものが別れた形になっている。

俺を慕う下の人間や同僚たち。

俺を煙たがる上の人間たち。

誰も口には出さないが、そんな空気が気付くと漂うようになっていた。

業務中、離席ボタンを押して一服へ行く。

離れた場所にある喫煙室は、様々な課の人間が集う。

みなIDカードを首からぶら下げているので、どの課に所属している誰々なのか分かるようになっている。

タバコを吸っていると「あなたが岩上さんでしたか」と年配の男性から声を掛けられる。

同じフロアーの別の課にいる課長。

「え、私がどうかしましたか?」

「いえ、シグマの履歴で顧客の対応のところの前に、岩上さんの名前が入っていると本当にやりやすいんですよね。猛クレーマーだったはずの人が、すんなり話を聞いてくれる姿勢になっているので、ホッとするんですよ。だから岩上さんってどんな方なんだろうなと思っていたんですよ」

「いやいや、大した事はしていないですよ」

KDDIでは顧客とのやり取りをシグマという独自のシステムで管理している。

顧客情報を簡易にまとめ、何年の何月何日いついつにこのような会話をしたという痕跡が残るのだ。

「良かったら名刺交換しませんか?」

課長はそう言いながら名刺を渡してきた。

俺個人の名刺をうちの課は作っていないので、自分で作ったプライベート用の名刺を渡す。

業務に戻り「〇〇課の課長から名刺交換しませんかって、もらっちゃった」と同僚に話していると、田中が俺のところへ来て「岩上さん、他の課との名刺のやり取りは禁止しているので、これは預かりますね」と名刺を奪われた。

他意などまるで無いのに、気持ち悪いくらい過敏な田中。

この件で他の課の人間とは、俺を接触させたくないのだなと感じた。

くだらない人間だな……。

会社に対し、妙に冷めだした感じがする。

 

十月第三土、日曜日。

川越祭りがやってきた。

ここ数年中学時代の同級生である飯野君と一緒にいる事が多い。

去年と違うのがKDDI同僚の水原も参加し、腐れ縁の岩崎努ことゴリも来た事だろう。

同級生の二人に水原を紹介する。

俳優という言葉に釣られたのか、ゴリは水原へ必要以上に絡んでいた。

何気にミーハーなゴリ。

昔からの流行りものにはすぐ食い付く。

俺が全日本プロレスへ行った年に、サッカーのJリーグが開幕した。

その時もゴリの車の中は、Jリーググッズ満載で、音楽は常に「オーレーオレオレオレー」という曲が掛かっていた。

コイツ、サッカーなんてまったく興味無かったじゃねえか。

 

café+kitchen 北風と太陽 (本川越/カフェ)

★★★☆☆3.09 ■予算(夜):¥2,000~¥2,999

食べログ

 

また祭り手前に一番下の弟の貴彦が家の敷地内で『北風と太陽』というカフェをオープンさせた。

水原が俺の弟がやっている店なので行ってみたいと言い出し、仕方なく訪れる事にした。

貴彦と奥さんになったアミっ子の二人で切り盛りしている。

しかしアミっ子こと麻美が子供を産んだようで戦線離脱。

うちのおじいちゃんからすれば、曾孫。

俺ら三兄弟では初の甥っ子が誕生したわけだ。

兄である俺に対し、貴彦は子供が生まれたという報告は何も無かった。

だが水原が横にいる時に、そんな事で揉めるわけにもいかない。

貴彦は何か良かれとしてあげても恩をまったく感じないタイプ。

それでいて美味しいところだけは、ちゃっこり持って行く。

本来ならここで、俺が岩上整体をやろうとしていた場所なのだ。

それを伯母さんのピーちゃんに阻止され、貴彦の『北風と太陽』になった。

家賃無しで店を構えただけの貴彦は、したり顔で俺は店をやっているという得意がった顔をしている。

貴彦よりも年下の水原は、しきりに感心したように頷いていた。

ここで貴彦の顔を潰す必要もないので黙っておく。

山車も引けて酒もたらふく飲み、水原は満足そうに帰って行った。

 

川越祭りが終わり、俺は近所の立門前通りにできた太麺焼きそばの店『まことや』へ昼を食べに行く。

小江戸茶房まことや

ここは先輩の手島さんが経営している店だ。

ランチタイム時なので、結構な客入り。

俺が小説の件で取材を受けた二千八年にはあったので、商売を始めてからそこそこ日にちが経つ。

まことや本店のすぐ先にもう一軒店舗を借りたほどなので、流行っているのだろう。

「あ、智一郎、ごめんよ。こっち満席だから、すぐ先のほうなら入れると思うから」

手島さんに言われ、俺はもう一軒の店舗へ行く。

「いらっしゃ…、あれ、智一郎?」

「あれ、知子さんじゃないですか」

新しく借りた店舗では、松永さんのフィアンセである知子が働いていたので驚いた。

普通に食事を注文し、世間話をして店を出る。

和菓子屋『伊勢屋』の始さんのところへ顔を出す。

「始さん、知子さんがまことやで働いているからビックリしましたよ」

そう伝えると、どうやら松永さんと知子は破局したらしい。

川越祭りの日、知子は他の男性と手を繋ぎながら街を歩いていた。

それを始さんの娘である小学生の紗英ちゃんが目撃したようだ。

スナック時代の客かは分からないが、知子の浮気発覚。

松永さんは大激怒。

雀會でも居場所が無くなり、スナックを辞めて松永さんの会社で事務員として働く予定だった話もオジャン。

そこで忙しかった手島さんのところで働くようになったのだろう。

ああ、混沌とした川越模様。

 

川越祭りで川越を気に入った水原が、また遊びに来た。

俺は彼を蔵造りの町並みや喜多院へ連れて行き、色々もてなす。

大正浪漫通りにある喫茶店『大正館シマノコーヒー』へ連れて行く。

ここはサイフォン仕立てのコーヒーが飲める店だ。

水原はたくさんあるコーヒーの種類をマスターへ尋ね、お勧めのコーヒーを注文。

俺はメロンソーダとホットサンドを頼む。

ここは秋葉原でメイド喫茶が流行るより前に、女子店員にメイド服を着せて営業した店である。

ピザトーストも注文し、満足そうに水原は帰って行った。

 

TBSの酒井さんからメールが来て、俺の小説を読んでみたいと書いてあった。

何回かやり取りをして、俺は自身の小説十二作品を彼にデータで送る。

 

1 忌み嫌われし子 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

忌み嫌われし子幼少時代、私は幸せか不幸せかといったら、間違いなく後者だった。父親はよそで女を作り、私と母親を捨てて出て行った。残されたもの、それは借金だけ。まだ...

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百合子との別れの起因となった小説『忌み嫌われし子』。

 

1 でっぱり - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新宿クレッシェンド第二弾でっぱりでっぱり-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)新宿クレッシェンド第2弾でっぱり新宿クレッシェンド第二弾として執筆作者岩上智...

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処女作『新宿クレッシェンド』の続編『でっぱり』。

過去の作品のリメイクをした事で、執筆にエンジンが掛かってきたような気がした。

いよいよ石原都知事が発動した新宿歌舞伎町浄化作戦の事を書ける。

俺が捕まった巣鴨警察署の留置所。

何故俺は裏ビデオ屋五店舗の統括をする立場にいながら、起訴をされずに済んだのか?

正義のパフォーマンスぶった浄化作戦の実態とは?

犠牲になった人々や店はどうなのかを克明に書いていきたい。

歌舞伎町の経済体系を壊した都知事。

今じゃ犠牲にならなかったホスト共がどんどん増殖し、また別の問題を引き起こしていくだろう。

本を世に出したが、まるで力も発言力も無い俺。

国という強大な力に、俺は竹やり一本で突こうとしている。

こんな小者に何ができると、鼻で笑われるだろう。

今では裏稼業から足を洗い、KDDIで働き生活の糧にしている。

ほとんど連絡がつかなくなった歌舞伎町時代の仲間たち。

その無念は、せめて俺が小説を書く事で記憶に留めておく。

その作品をようやくここで書けるのだ。

『新宿クレッシェンド』第六弾。

 

かれーらいす - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

かれーらいす2006/06/25執筆期間1日原稿用紙29枚手直し2007/08/09~2007/08/102日50枚分33歳の誕生日当時つき合っていた彼女と旅行へ行き翌日、いきなり警察にパクら...

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短編『かれーらいす』から発生した『新宿リタルダンド』。

リタルダンドとはイタリア語で、音楽の速度標語の一つであり、テンポを次第に落としてゆく表現方法を指す。

俺は執筆を開始した。

 

パクられたあとの店内を滅茶苦茶にされた様子。

ヤクルトおばさんやダスキンの悲鳴。

留置所から呼ばれた取調室での出口刑事とのやり取り。

現在刑務所へ服役してしまったヤクザの原とのやり取り。

当時の記憶を思い返しながら、キーボードを叩く。

みんなの無念さを文字に、そして文章へ。

『新宿セレナーデ』の時とはまた違った集中度。

視界が徐々に狭まり、目の前のパソコンのモニターしか映らなくなる。

頭の中の映像をそのまま文字に変換するように……。

記憶の一欠片さえ取りこぼすな。

限界が来ると意識を失うようにその場で後ろへ倒れた。

目を覚ますとそのままパソコンへ齧り付く。

携帯電話が鳴る。

無視してキーボードを叩いた。

時間が惜しい。

もっと書く時間を……。

待てって!

さっき携帯電話が鳴っただろ!

仕事遅刻するぞ。

前にこのパターンで無断欠勤を一週間している。

次は無いぞ、さすがに。

三十八歳にもなって無職はヤバいぞ……。

「……」

またやるのか?

この勢いを中断できない……。

いや、止めろって!

必死に自分に言い聞かせ、データを保存する。

後ろ髪を引かれる形で俺は支度を済ませ、新宿へ向かおうとした。

駄目だ。

俺はまたワードを開き始め、執筆を開始する。

先日の田中のやり口を思い出す。

表彰式にも出させない。

他部署の課長の名刺は取り上げる。

飲み会の時は俺からだけ金を取る。

おかしいよな、あいつ……。

前にも「岩上さん以外の人は、ここで働いて生計立てているんですよ」と言ってきた。

そんなの俺だってそうだ。

入ると思っていた印税が入らない現実。

俺だってKDDIで働いて生活してんだよ。

金を持ってんだという勝手な思い込み。

俺がいくら言っても伝わっていない。

もうそろそろあそこはいいか……。

俺は執筆の続きをそのまま開始した。

 

二度目の無断欠勤一週間。

前回はそれで『新宿セレナーデ』を完成させた。

今回違うのは、より枚数の少ない『新宿リタルダンド』を完成まで持っていけなかった事だ。

今度は、さすがに許してくれないよな……。

また連絡もせずにKDDIへ出社する。

案の定俺の顔を見た田中が、会議室へ呼ぶ。

「岩上さん…、これで無断欠勤二度目ですよ、二度目」。どういうつもりですか?

「すみません、自分がした事の責任は痛感しています」

「いや、痛感しているってね……」

「ですから責任取って辞めます」

「え、岩上さん! 別に辞めろと言っている訳では……」

「こんな悪しき前例を作ってもいけないと思いますし、自分がした事です。なので責任取って辞めます」

「いや、岩上さん……」

いいや、ここはより悪役らしくなっておこう。

「この会社ではこれ以上俺が学べる事はありません」

「え……」

「一部上場企業ってエリート面しているの多いですけど、KDDIってレベル低いっすね」

田中はしどろもどろになっていた。

まさか自分で辞めると言い出すとは思ってもみなかったのだろう。

そろそろここも俺にとっては潮時のように感じていた。

約二年続いたKDDI生活も、ここで終わりを告げる。

ただ一度も有給休暇を使っていなかったので、二十数日分残っていた。

この分を有給消化として約一ヶ月会社へ滞在する形を取り、これはこれで給料がちゃんと発生する。

そのあとは職安へ行って、休業補償をすぐもらえる手続きが取れるようにしてくれた。

一週間の無断欠勤のあと、すぐ退社を決めた俺。

仲のいい同僚や下の人間たちが惜しんでくれ、二回に渡って送別会を開いてくれた。

逆に田中を始め、会社では俺が今日で辞める日なのに、朝礼でもどこでもそれを一言も周りに報告しなかった。

水原や松本、幸は俺が辞めるのを何も伝えないっておかしいだろと怒っていたが、彼らはまだここに残って働いていく人間たちである。

俺はこの会社がレベル低いとか、これ以上学ぶ事がないと悪態をついたから、田中も面白くなかったのだろうと正直に話した。

あとは約一ヶ月ブラブラしていても給料が入る生活を送る。

こんな感じで俺の二千九年は終わりを告げた。

 

家の目の前にあった映画館ホームラン劇場。

そこの社長をしていた先輩の櫻井さんから新年早々連絡が入る。

知り合いの店で飲んでいるから来ないかとの誘い。

年末年始三十八歳無職でプーの俺。

暇をしていたので、指定された『スナック十文字』へ向かう。

この店は確か小、中学時代の同級生である藤崎信夫の母親が経営しているスナックである。

二階へ上がる階段のところで思わず立ち止まる。

少し躊躇いがあったのは隣のスナックが原因だった。

百合子が働き、その店で俺は客として飲みに行き、口説いた。

俺と別れた百合子。

ひょっとしたら『スナック十文字』の隣の店に復帰して、また働き出している可能性が高い。

偶然出くわしたら、さすがに気まずい。

考え過ぎだろうか?

俺は階段を上がり『スナック十文字』のドアを開けた。

 

スナック十文字に入ると、右手にそこそこ広いトイレがある。

そこの洗面所で床にゲーゲー吐いているオヤジがいた。

店の迷惑考えろなあと思いながら、通路を進むと櫻井さんの姿が見える。

「おー智一郎、ここ座りな」

店内は中々の繁盛ぶり。

櫻井さんの先輩である酒屋の橋本さんもいて、俺たち三人は壁沿いのソファに並んで座った。

出されたウイスキーを飲み、雑談して家へ帰る。

翌日起きると妙に身体が気怠い。

力が入らず、食欲も無い。

突然腹痛に襲われトイレへ行く。

物凄い下痢。

一日で何度トイレへ駆け込んだのか分からないほどの回数。

何か変な病気に掛かったのかと思った。

俺はミクシィにこの苦しい現状を記事としてアップした。

 


断食します!

原因不明の体調不良。

水分以外口に入れず、断食をしようと思います。

ストイックにひたすら作品を書き綴ろう。

外を見ると、珍しく雪がちょっとだけ積もっていた。


 

丸一日以上、胃袋に何も入れてないよな?

弱っていく自分が分かる。

何かしら食べないと駄目だろう。

気力を振り絞って外へ出ると、辺り一面銀世界に包まれていた。

何でこんな時に雪なんて降ってんの……。

車をゆっくり徐行のスピードで慎重に運転する。

この雪と真夜中なので、開いている店はほとんど無い。

国道へ出てようやく『すき家』の明かりを発見。

中へ入ると、客は俺一人。

こんな雪の中、深夜牛丼を食べに来る奴なんかいないよな……。

食欲はまったく無い。

しかし何かしら胃袋へ入れないと身体がマズいだろう。

大根おろしの掛かったおろしポン酢牛丼を注文する。

一口食べてトイレへ駆け込む。

それでも頑張って半分は食べた。

駄目だ。

これ以上食べられない。

牛丼一杯すら残す俺。

身体の体調は最悪だった。

何とか家へ帰り、部屋に着くなり倒れるように寝転がる。

廊下で掃除機の音が聞こえてくる。

部屋のドアを何度もガツンガツンぶつける音が聞こえた。

加藤皐月の日常の嫌がらせ。

普段なら殺意が沸き、怒鳴りつけている。

しかしこの不調により、怒る気力も無い。

人が具合悪いのに、構わず相変わらず嫌がらせしてきやがって……。

怒鳴りつけてやろうとするも、力が入らず立ち上がれない。

ただ倒れた状態で、やかましい音を聞いているだけ。

もういい。

目を閉じろ。

今の俺には何もできやしないのだ。

この日はこれで力尽きた。

 

這うようにしてパソコンをいじる。

あれほどトイレへ駆け込んだ回数も幾分減った。

二日目にして、少しは症状が良くなってきたのか?

それでも気怠さや下痢は治らない。

どうしちゃったんだよ、俺の身体……。

たまたまKDDI辞めて、無職中だったから良かったものの……。

トイレへ行った回数が減ったのは、何も胃袋へ入れてないからだ。

ヤバいな、ここ二日間ロクに食べていない。

何か食べておかないと……。

俺はまた頑張って立ち上がり、カレーを食べに行く。

帰ってからミクシィを更新した。

 


断食カレーの素晴らしさ

二日間ほど何も食べず、水分のみで過ごす。

しかし体調が良くなる事は一向にない。

どうせ体調が戻らないのなら、食べようじゃないか……。

その時、カレーが食べたいなあと思った。

だからカレーを食べてみた。

ターメリックは下痢になりやすい成分があるとか何とか言うが、こっちは極度の下痢なのだ。

これ以上悪くなる事もなかろう。

今さっきだがようやく体調に変化を感じた。

少しずつだが良くなってきている。

本能的に察知できた。

二日間断食のあとはカレー。

素晴らしい革命的な閃きだったのだ。

心配させてしまったみなさんには本当にすみませんでした。


 

この二日間の記事を見た櫻井さんからミクシィのメールが届く。

櫻井さんのも俺と同じ症状らしい。

俺たちが一緒にいた場所……。

スナック十文字しかないじゃん。

先ほど食料を身体に入れたせいか、またトイレへ駆け込ん回数が増える。

俺は力尽きたように寝た。

翌日になり、この三日間より身体がまともになっているのを感じる。

あれ、どうしたんだ?

かなり良くなっている。

風呂に入って身体を温めよう。

風呂場へ行き、湯船にお湯を張ろうとお湯を出しっ放しにした。

一度部屋へ戻り、三十分ほど時間を潰す。

そろそろいい感じで溜まっているだろう。

「……」

俺は馬鹿だ。

空の浴槽を見て肩を落とす。

加藤皐月が嫌がらせで、湯船の風呂栓をいつも隠しているじゃねえかよ。

俺はただ溜まらない浴槽に、三十分間お湯を流し続けただけなのだ。

そういえば、しばらくお湯に浸かった記憶無いなあ……。

近所の湯游ランドでも行って、大きなお風呂に浸かってくるか。

俺はまだ雪でビチャビチャの道路を歩きながら、湯游ランドへ向かう。

途中、櫻井さんの家がある。

もう櫻井さんも回復したのかな?

気になり寄ってみた。

「おう、智一郎。おまえも少しはマシになったのか?」

若干やつれてはいたが、いつもの櫻井さんがいる。

そこで色々話した。

帰って早速ミクシィを更新する。

 


三日間限定のインフルエンザ

どうも下痢かと思ったが近所の人の話によると、感染性のあるインフルエンザだったらしい。

その近隣の家族に『だんご三兄弟』で有名な速水健太郎さんもいるが、健太郎さんもそのインフルエンザで苦しみ点滴まで打ったそうな……。

症状は腹が猛烈に痛くなり、液状の便が三日間ほど続くようだ。

熱は出ないので、単なる下痢もしくは食中りと勘違いしてしまう。

三日間放っておけば症状は良くなっていくので、みなさん、似たような症状になったら、周りに感染させないようジッとしてましょう。

数年間病気になった事のない俺が苦しんだぐらいなので、かなり強烈なインフルエンザだなと実感しました。

みなさん、気をつけて下さいね。


 

後にこの三日間限定のインフルエンザと言ったいたものが、ノロウイルスと判明する。

スナック十文字のトイレで吐いていたオヤジが、ノロウイルスだったようだ。

何故俺、櫻井さん、橋本さんの三人が掛かったかというと、壁際のソファへ座っていたのが災いして、空調が壁越しにウイルスを運んできたらしい。

このウイルスは簡単に人へうつる。

その為もしノロウイルスに掛かったら、部屋で三日間大人しくしておく事だろう。

 

無職は本当に暇だ。

小説を書くくらいしか、やる事がない。

収入がある訳でもないので、遊び歩くのは駄目だ。

あ、そろそろ職安へ行き、休業補償をもらいに行かないと。

ノロウイルスにより弱った身体に喝を入れるか。

部屋を出て目の前のトレーニング室へ向かう。

ベンチプレスを百回だけやる。

病み上がりだから、この辺にしておくか。

部屋へ戻ろうとすると、左手の親父の部屋のドアが開く。

新年早々嫌なものを見た。

数年前から家に住み着いている物の怪加藤皐月。

気にせず部屋へ行こうとすると、声を掛けられた。

「何ですか? 俺に気安く話し掛けないでもらえますか?」

「あのね…、智ちゃん。あなたはここの家の長男なのよ」

いつもと違う感じな加藤。

その本家の長男に対して近所ではパラサイトだと言い触らしたり、数々の嫌がらせをして追い出そうとしているのはおまえだろ。

俺は加藤を睨み付けた。

「お父さんを手伝って、この家を継ぐつもりはないの?」

「あんたさー、どの口が言ってたんだ? 頭大丈夫かよ?」

これまでの行動とは一転して、逆に気持ち悪い。

「もうね、お父さんの智さんにとって子供は智ちゃんと徹っちゃんしかいないしね……」

「はあ? あんた、さっきから何を言ってんだ? 俺らは三兄弟だよ!」

「先日ね…、私が戸籍謄本を調べていたらね」

「だから何であんたが、うちの戸籍謄本なんざ、調べる必要性があるんだよ!」

この守銭奴が……。

段々怒りが沸いてくる。

「一番下の貴彦ちゃんね…。あの子は由美子さんと養子縁組しちゃってるから、もうお父さんの子供では無いのね」

「養子縁組? 何だ、そりゃ?」

貴彦が叔母さんのピーちゃんと養子縁組?

初耳だった。

しかしこの女が吐く台詞だ。

何かしらの計算あっての事には違いない。

加藤皐月は両手を口に当て「あら、嫌だ…。私、ひょっとして口を滑らせちゃったの?」と大袈裟に驚いた演技をしている。

「たーが、ピーちゃんと養子縁組?」

「私から聞いたなんて言わないでよ。口が滑っちゃっただけだから」

それだけ言うと、加藤はまた親父の部屋に戻った。

今貴彦が始めた『北風と太陽』。

俺が元々は岩上整体をやろうとしていたのを強引にピーちゃんに阻止された。

そのあとすぐ貴彦がやってきた。

そういえば何故家のスペースの問題をピーちゃんが決められたんだ?

おじいちゃんが駄目だと言ったのなら分かるが……。

養子縁組でできた貴彦とピーちゃんの親子関係。

だからこそあそこへ、貴彦の店をやらせた?

そういえばおじいちゃんに向かって「おじいさん、遺言状」と何度も言うピーちゃんの姿を見た事がある。

おじいちゃんはうんざりしながら逃げるように二階の自分の部屋へ行ってしまう。

遺言状に養子縁組。

あの加藤皐月の気持ち悪い接し方。

この家で、何かが起ころうとしているのは間違いない。

 

俺と貴彦は戸籍上もう兄弟ではない。

兄弟は徹也だけ。

気にするな……。

加藤が混乱させて、家族同士を揉めさせようとした法螺に過ぎない。

俺はせっかく有り余る時間を小説に捧げないと。

『新宿リタルダンド』だって、まだ完成させていない。

先日TBSの酒井さんもこの作品が完成したら読みたいと、連絡してきたじゃないか。

ワードを起動させ、物語の続きを書き始める。

養子縁組。

遺言状。

駄目だ。

色々な事が頭の中に浮かび、とてもじゃないが小説を書くどころじゃない。

深夜になり、誰もいなくなった一階の居間へ降りる。

仏壇にあるおばあちゃんの写真を眺めた。

線香を備えてから、椅子へ腰掛けタバコに火をつける。

色々な事が一度に起こり頭が混乱していた。

KDDIを辞め、これから休業補償をもらい、その間小説を書いて新しい生活を……。

そのつもりが、何だろう。

また家の何かに巻き込まれるのか?

居間の横にある台所の奥のドアが開く音が聞こえた。

家の台所はとても広い。

奥にはトイレと、工場や弟の貴彦の『北風と太陽』の建物に通じる扉がある。

そこから貴彦が顔を出した。

俺の前まで来ると立ち止まり、軽蔑の眼差しを向けてくる。

「何だ、テメー。その目つきは?」

「兄貴さ…、仕事もしないでずっと家に居て、何をしてんだよ!」

「別におまえや家に迷惑など掛けていないだろ。それにKDDIの有給休暇の消化が終わってからじゃないと、休業補償もらえねえんだよ」

「兄貴はね、小説で本にしたのは凄いと思うよ。でもさ、何もしないで家にただ居てさ…。これ、血の繋がった兄弟だから言ってんだぜ?」

コイツ、よくもまあ自分が受けた恩を忘れて、こんな口を利きやがる。

貴彦がサーフィンで怪我をして、金も無くいじけて家に居た頃、月に二十万くらいの金を定期的にあげた俺に向かって、よくこんな台詞を吐けたものだ。

いや、そんな事よりも、もっと大切な事がある。

「貴彦…。おまえ、今兄弟って抜かしたよな? 俺に偉そうな事抜かす前に、もっと言わなきゃならない事があるんじゃねえのか、おい」

「何の話だよ?」

「まだ白を切るのか? おまえ、すでに俺と徹也とは兄弟じゃないんだろ?」

「だ、誰から聞いたんだよ!」

うろたえる貴彦を見て、加藤皐月が言っていた事が真実なのだと分かってしまう。

「世の中で一番それを聞かされたくなかった守銭奴からだよ……」

しばらく沈黙が続く。

貴彦の中で俺の言葉から、誰が言ったのかを推測しているのだろう。

「兄貴はさ…、血を分けた兄弟と、あの守銭奴の言い分のどっちを信じるんだよ?」

以前にも似たようなニュアンス。

「同級生の絆ってあるだろ?」

小学校からの同級生であるヤクザの内野や守屋の言葉。

本来絆や信頼というものは、口に出すべきものではない。

あえてそこを強調する事で、自分の浅はかさを醸し出すだけ。

ヤクザの内野はそう言って、俺から金を持ち逃げした。

人形屋の守屋は、俺の『新宿クレッシェンド』を何だか怪しい賞と抜かした。

「貴彦…、あんまり笑わせるな。金が絡んだ件だからこそ、守銭奴の言い分しか信じられねえな」

「いや、兄貴さ……」

「おい…、兄弟じゃないのに、次に兄貴って呼んでみろ。殺すからな」

俺は吸っていたタバコを貴彦へ投げつけ、そのまま部屋へ戻った。

遣る瀬無さが全身を覆う。

屑とは思っていたが、あそこまであいつは屑になり果てていたのか。

群馬の先生が言っていたっけ……。

俺は神に選ばれたから、試練がこれからもたくさんあるって。

冗談じゃない。

これも試練なのか?

岩上三兄弟。

この辺の地元では恐れられた。

だが違う。

俺が飛び抜けて強いから、下のあいつらはその恩恵を受けていただけだ。

真偽が分かってスッキリできた。

また俺の心に傷が一つ、増えただけの話なんだ。

書こう……。

俺はもう小説を書くしかない。

今の心境を文字に……。

ミクシィを立ち上げ、記事を書いた。

 


使命

また一つ人間不信になった。

でもその分、書く力が備わっていく。

何かに書けと言われているような気がした。

本当に便利な時代になったものだ。

今、こうしてキーボードの上で指を動かすだけで、このように文字を残せるのだから。

書いて作品を残す。

それが自分の使命なんじゃないだろうか。

なら書こうじゃないか。

俺にはそれしかないのだから。


 

闇 155(小説の師匠編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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