2024/09/26 fry
前回の章
地下に降りると事務所のドアは変わらず開きっ放しになっている。覗くと北中は椅子に座りながら居眠りをしていた。
「お疲れさまです、岩上です。上の仕事終わりましたけど……」
俺が声を掛けると北中は目を開いてこっちを見る。
寝ぼけているのか、焦点が定まっていない。
「お、おう。フィールド行って五時までやってくれ」
「はい」
それだけ言うと、北中は再びそのままの体勢で眠りに落ちた。
この状態で誰か入ってきたらどうするのだろうか?
歌舞伎町のこんな場所で無用心過ぎる。
フィールドで五時までと言っていたが、寝ぼけて間違えたのだろう。
まあ俺がとやかくいう事でもないので、隣のビデオ屋のメロンに向かう事にした。
中に入ると、従業員の浦安もよだれを垂らしながら眠っていた。
夏のこの時期でだらけるのも分からないでもないが、少し緊張感がなさ過ぎる。
この状態でいても仕方ないので声を掛ける事にした。
「お疲れさまです」
「ん、うぁ……?」
「岩上です。おはようございます」
「はい…、ご注文の品はDVDですか? ビデオですか?」
どうしようもない奴だ。
まだ寝惚けている。
北中がここに来たら、また頭を引っ叩かれるだろうに。
いくら叩かれたところで懲りないような気もするが……。
正にクズ野郎だ。
「俺ですよ、岩上です。ちゃんと起きていますか? もうすぐ北中さんが来ますよ」
浦安は北中という言葉に反応したのか、バネ仕掛けのように飛び起きた。
こんなクズでも叩かれるのは嫌みたいである。
しきりにキョロキョロして辺りを見回し、北中がいないのを確認すると俺を睨んできた。
「何だよ、ビックリさせんなよなー」
人がせっかく起こしてやったのに何て言い草だろうか。
「だって横に北中さんいるんですよ。いつ来てもおかしくないのに寝ていたら、ヤバいじゃないですか? また怒られますよ」
「う、うう……」
俺が正論を言うと、浦安は途端に口籠もってしまう。
この負け犬が……。
「何も反論できねえならハナッから黙ってろよ、ボケッ」と、ハッキリ口に出して面と向かって言えたらどんなに気持ちいい事だろう。
「浦安さん、それよりもビデオ屋の仕事内容を早く教えて下さいよ。俺、まだ分からない事だらけなんですから」
「ああ、分かったよ。一体、何が分からないんだい?」
「この仕事は自分、初めてなので何も分かりません。まず、DVDやビデオの値段さえ分からないです。あと種類というか、ジャンルって言うんですか?そういうのも全然分かりません」
「壁とかに書いてあるでしょ。DVDは四枚で一万円。一枚だと四千、二枚で六千だよ。ビデオは八本で一万円。あと細かいのは書いてあるでしょ」
言われた通り見てみると、壁に紙切れが貼ってあり、手書きで値段表示がしてあった。
浦安がこれを書いたのだろうか。
酷く汚い字で書いてあり、非常に読み辛い。
それにしてもDVDが一枚で四千円に対し、四枚で一万なんて少しどんぶり勘定過ぎないだろうか。
一万で四枚買うのと、一枚ずつ四回に分けて買うのじゃ、六千円も誤差がある。
「あ、あとね。昨日ロリータを買っていった客いたでしょ? あれは普通のと違って高いからね」
まだ普通の裏ビデオなら我慢できる。
しかしいくら仕事とはいえロリータまで売るというのはどうにかならないだろうか。
「あれ、聞いてる?」
「あ、はい…。聞いてますよ……」
「ロリータは一本だと五千円。二本でも一万円」
「昨日、確か二十本で六万じゃなかったでしたっけ?」
「ああ、あれはたくさん買ってくれたから二本おまけしてあげたってだけ」
「……」
この仕事、俺に勤まるだろうか。不安になってきた。
「簡単な仕事だよ。上のゲーム屋とは違って、客に負けただ何だって言われる事もないしね。ゲーム屋って客ウザいし、ストレス溜まるでしょ?」
初めてゲーム屋で働いた時、負けて帰る客に「ありがとうございました」と言って、睨まれた事を思い出す。
確かに客はみんなエロビデオを望んで買いにくるのだから、ポーカーゲームのような賭博場よりは働きやすい環境なのかもしれない。
ロリータだけは勘弁してもらいたいが……。
「まあ、気分的にはこっちの方が確かにいいですよね」
とりあえず俺はどんな仕事内容であれ、頑張ってやるだけだ。
それが自分の評価へと繋がるのだから……。
それにしても本当に客の来ない店だ。
北中の経営するグループに入って、一週間が過ぎた。
いつもなら朝七時から昼の三時までだが、今日は中番の大阪が休みをとるので、夕方の七時までぶっ通し働くようになる。
従って、いつも二時間だけ働く地下一階の裏ビデオ屋メロンには行かなくて済んだ。
ハレンチなものを売る商売に恥を感じていた俺は、気が楽になった。
ゲーム屋でホール内を駆けずり回るのも好きではないが、裏ビデオを売るほうが苦痛なのだ。
それにしても現在の仕事は、自分のプライドがどんどん削られていくような気がする。
こんな事になるなら、ワールドワンの時の金をもう少しちゃんと貯めておけば良かったという後悔が大きくなってきた。
今さら遅過ぎるが……。
金を受け取って、INを入れるだけの仕事。
客のドリンクを聞き、灰皿を交換して、あとは掃除ぐらいしかする事がないのだ。
ストレスが徐々に溜まっていくような感じである。
「岩上さんにとって、今日は初めての十二時間ですか?」
早番の責任者、山本が聞いてくる。
「そうですね。中番の人が休む時は、毎回十二時間働けばいいんですよね?」
「ええ、そうしてもらえると助かります。あ、三時頃になると、北中さんが店に来ますよ。あの人がゲームやりだすと、かなり不快に感じるでしょうけど、あまり気にしないで下さいね」
「不快感?」
「いつも各番の時間が来ると、ゲーム台のメーターをとって計算するじゃないですか?」
「ええ、〆の事ですよね?」
「はい、その時の数字を見てINOUT差のある台を探したり、ロイヤルが近い台がないかと回転数をチェックしたり、かなり卑劣なんですよ」
あくまでもゲームはOUT率という確立の問題である。
OUT率八十パーセントの台に百万入れたらからといって、必ず八十万出るとは限らない。百万INを回して五十万しか出ない時もあれば、百二十万出る事だってあった。つまりINOUT差をチェックして、OUTが極端に低い台。
それはこれから帳尻合わせで一気に吹く可能性が高いとも言えた。
俺のいたワールドワンでは、最低でもそのパーセンテージが安定するのは一千万ぐらいINが回ってからである。
「確かに台の設定を知っていて、INOUT差が分かれば、勝てる台が分かるますからね」
「北中さんは一人の客が帰る度、INOUT差を教えろって言うんです。それが分かっていれば、勝つの一目瞭然じゃないですか」
「なるほど、そうですね。でも、北中さんがここの社長なんだから台の数字を見て、何がいけないんです?」
俺の言葉に、山本は面食らった表情になった。
「え、北中さんがこの店の社長? 誰から聞いたんです、そんな事?」
何を山本は言いたいのか、よく分からない。
「誰って、北中さん本人ですよ」
「はぁ~…、ほんとあの人は……」
ドッと疲れたように山本は言った。
「あの…、どういう事なんですか?」
「ここのオーナーは、金子さんって人ですよ。北中さんはこの下でビデオやっているし、店の監視役や台の設定をいじるって名目で、売上の十パーセントを月々もらってるだけですよ」
金子……。
全然そんな名前、北中の口からは出てきてないぞ……。
「そ、そうなんですか?」
「ええ、この店のオーナーは金子さんです。滅多に来ないですけどね」
「……」
山本が嘘をついているようには思えない。
第一そんな事をしたとして、何のメリットがあるのだろうか。
一方的に北中の話を鵜呑みにすると、とんでもない目に遭うような気がした。
「それでこの店の管理をしている北中さんがですよ? その人が、うちでINOUT差を見ながら、客がいるのも構わず普通にゲームしちゃうんですから」
「そうなんですか?」
「はい。うちの客は北中さんがここのオーナーだって思ってますよ。そんなニュアンスでいつも常連客と話をしてますからね。岩上さんだって誤解したように…。金子さんにとっても自分がオーナーだっていうのは、あまりバレないほうがいいですからね」
「何でです?」
「だって裏の仕事じゃないですか。いくら慎重にやっていたとしても、警察に捕まるケースだってあります。だから金子さん自身は、出来る限り表舞台には立ちたくないんですよ」
オーナーが慎重になるのは当たり前だ。
その為名義人というパクられ要員だって確保している。
実際に捕まる現場に来るという行為は、通常避けるものだ。
「それはそうですね。でも北中さんがゲームをやっていて、客は誰も文句を言わないんですか?」
「あの人、至るところに色々なコネあるじゃないですか。だからみんな、内心煙たがっていますけど、誰も目の前では文句を言わないんですよ」
山本は、ロイヤルストレートフラッシュの画面がプリントされたものが貼ってある壁を指した。
「うちの店、ロイヤルが出ると、何日の何卓で誰が出したかを書いてあるじゃないですか。北中さんの名前が書いてあるのはもちろんそうですけど、この『仲村』とか『杉浦』、それと『橋本』って書いてあるロイヤル、これも本当は北中さんが出したやつなんですよ」
「えー!だって結構ありますよ?」
パッと見、貼ってあるロイヤルのプリントの三分の一は北中が出したという事になる。
「あの人は面倒見てやるだよって言いながら、金子さんが店に来ないのをいい事に、好き放題しているんですよ。本当ならビデオ屋の経費なのに、うちに領収書を持ってきて、この金額を出せってよく金を取っていくんですよ」
表面上は穏やかそうに見えたこの職場。
しかしそれは見せかけのものだった。
時計を見ると昼の二時。
いつもならあと一時間でゲームの仕事は終わる。
今日はあと五時間も働くようだ。
早番の時間帯は、ほとんど暇である。
客が一人もいないので、山本と話をして時間を潰すしかない。
これだけ暇ならノートパソコンを持ってくれば、いい暇つぶしができるのになと思う。
ここ最近はそれぐらい家に帰るとパソコンにハマっていた。
一応仕事中だから、さすがにそれはまずいか……。
駄目元で山本に聞いてみる。
「山本さん、早番って暇じゃないですか。今度、ノートパソコン持ってきてもいいですか?」
「ええ、いいですよ」と、予想外の返事が返ってきた。
普通の仕事なら、ふざけるなと怒られているところだ。
この辺が、裏稼業独特のいい部分なのかもしれない。
ピンポーン……。
入口のインターホンが鳴る。
リストの近くにモニタつき電話があるので、誰が外にいるのか一目瞭然だ。
来たのは客ではなく北中だった。
「何だ、客はいねえのか」
入ってくるなり、ホールを見渡す北中。
先ほど山本から聞いた話が影響しているのか、顔を見ているだけで何ともいえない気分になってくる。
山本が、「十時ぐらいで客は全員帰りました」と答えると、「誰がいたんだ。〆用紙は?」と北中は偉そうに言った。
「いたのは吉岡さん、飯野さん、益子さん、鹿倉さん、それとシンシンですね」
「ほら、さっさと締め用紙をよこせ」
北中はひったくるように用紙を奪い、丹念に各台のINOUT差をチェックすると、「四卓と十卓、それと十二卓をキープしとけ」と命令する。
キープとは、客が入ってきても、その台をやらせないよう遮光板を縦に置く事だ。
キープさせたはずの四卓に座ると、北中は財布を取り出し二千円を出した。
「おい、岩上。早く伝票よこせ」
「え、伝票って?」
「新規だよ、新規」
「あ、はい……」
まさか自分でキープさせた台をやるのだろうか?
新規伝票を置くと、北中は『橋本』と偽名を使い、「早くINしろ」と命令した。
この店の新規サービスは二千ポイント。二千円分と合わせてクレジットを四千入れる。
「山本、いつものな」
「はい」と、言いながら、山本はすでに砂糖とクリームをたっぷり入れたコーヒーを造っていた。
コーヒーを台の上に置くと、山本は俺の背中を軽く叩き、リストのほうへ歩いていく。
俺もあとをついていくと、山本は小声で「多分あの台、もうちょいでロイヤルが出ますよ」と言った。
北中がゲームをしている姿を見ていると、最初のINのクレジットをだらだらとテイクしながら遊んでいる。
役が揃ってもまったくダブルアップをしないので、しばらくINに行かなくてもよさそうだ。
「お、ロイヤル!」
北中が一人ではしゃぎだしたので、画面を見るとロイヤルストレートフラッシュが揃っていた。
これで五万円の金が確定である。
「山本、オリなし先付け」
普通、初回サービスのオリなしは禁止じゃなかったかな……。
山本は不服そうな表情で財布から五万三千円を取り出すと、北中へ手渡した。
「じゃあ、俺は下にいるけど、何かあったら言ってこいよ」
「はい」
「岩上はそろそろ下に来る時間だろう?」
「いえ、今日は大阪さんが休みなので、夜の七時までこっちですが」
「分かった」
それだけ言うと、北中はとっとと店から出て行ってしまった。
「あの山本さん…。北中さん、何をしに来たんですか?」
「金を毟り取りに来ただけですよ。だから言ったじゃないですか。あの人は金に関して本当に悪魔ですよって」
「でも、いきなりロイヤル出してオリなし、しかも先付けでって酷くないですか?」
「普通なら出禁ですよ。北中さんにはオーナーの金子さんもあまり強い事を言えないみたいなんですよ。日頃、店の面倒を見てもらってるから。まあ、ここまでエグい事をしてるなんて知らないんでしょうけどね」
北中の人間性を少し垣間見たような気がした。
三時になって中番の従業員であるタイ人のレクが来た。
同じ歌舞伎町でも俺がいた一番街通りと違い、この辺の店は普通に外国人が一緒に働いている。
レクは片言の日本語を話せるし、普通に理解もできた。
各台のメーターをとり、早番の〆を終わらせると、山本は「お疲れさまでした」と帰っていく。
タイ人のレクとはあまり話をする機会がない。
客もいないので、何かしら話し掛けようと思うが共通の話題が分からないので困っていた。
レクはブツブツと独り言を言いながら、パチンコ雑誌を熱心に読んでいる。
「レクさん。レクさんって日本に来てどのくらいになるんですか?」
「んー、二年。私、タイならとても優秀。いっぱい勉強してきた。でも日本、仕事ない」
「そうなんですか。すごいですね」
何でそこまで優秀な人間が、こんな場所で裏稼業をしているんだと突っ込みたかったが、やめておく。
レクはロイヤルの貼ってある壁を見ながら、「また北中さん、ロイヤル出したか?」と聞いてきた。
「ええ、四卓で」
「あの人、いつもいつもだよ」と、レクは不満そうな顔で吐き捨てるように言った。
北中がいつもどのように酷い事をやってきたかという愚痴を延々と話していたが、片言なので半分ぐらいしか意味が分からない。
何となく理解できた北中の所業。
客がたくさんいるのにも構わず、負けが込むと平気で台に蹴りを入れたり、テーブルの上を叩いたりする事。
一日で一回しか入らない新規サービス。北中は名前を変えて偽名を使い、その度何度も新規サービスを強引にさせている事。
あとは山本が言っていたような類の事だった。
何となく分かった事。
北中はこの店の従業員全体から煙たがられているという事である。
ひと通り話し終わると、レクは「ちょっと、外出てくる」と言い、店を出て行ってしまう。
誰もいないからいいが、客が来たらどうするんだ?
かなりいい加減な人間なのかもしれない。
インターホンが鳴り、見た事のない顔がモニタに映る。
この店は常連客以外入れない営業スタイルをとっているので、迂闊に入れて警察だったなんて事だとまずい。
しばらくモニタを見ていると、知らない男はカメラに目を近づけてその場から動こうとしなかった。
ひょっとして常連客だろうか?
いつも自分がいない時間帯なので、何ともいえない。
五分ほどして諦めたのか、男は去っていった。
二時間が経過し、ようやくレクが帰ってくる。
「客、来たか」と聞いてきたので、「一人知らない人が来たから入れなかった」と言うと、「何故、電話しない」と怒ってきたので、「レクさんの携帯番号を知らないから」とだけ答えた。
このタイ人と俺は、あまり相性がよくないなと感じる。
暇な時間を何もせず、過ごすのはかなり苦痛だった。
誰でもいい。
客来ないかなと思っていると、飯野という常連客が来た。
「お、見た事ない顔だね。新人さん?」
五十代前半の割腹のいいオヤジといったイメージの飯野は、気さくに話し掛けてくる。
「岩上と言います。まだ入って一週間なので、よろしくお願いします」
「真面目でいいね~。あれ、十卓と十二卓は誰かやってんの?」
「え、ええ…。お客さんが今、外に出掛けていまして……」
北中の為に、俺は苦しい言い訳をしなければならない。
「四卓もロイヤル出たばっかか……」
ロイヤルプリントが貼ってある逆側の壁には、昨日今日のボードが掛かっている。
このボードは、台ごとに、一気やフォーカード、ストレートフラッシュなどが出たのを色違いのマグネットで表示している。
しかし常に暇なこの店では、客のいない時適当にマグネットをつけているのでいい加減なものだった。
前の店ワールドワンでは考えられないカルチャーショックな事が多い。
熱心にボードを眺めながら飯野は、「おっし、今日は五卓で勝負だな」と腰掛ける。
「ドリンクは何にしますか?」
「う~とね~…。コーラちょうだい」
「かしこまりました」
リスト奥に座っていたレクに、「コーラお願いします」と頼む。
レクは、「あの客、ケンちゃんだから、サービスよくするな」と言ってきた。
タダでさえ客のいない状況なんだから、多少の事は目をつぶるしかない。
それに基本的なサービスはしないとおかしいのだ。
俺は返事もせずコーラを飯野の座る五卓まで運ぶ。
この現状を振り返ると、やるせない気持ちになってくる。
ついこの間まで月に百万以上稼いでいた俺が、今ではたった一万の金の為に我慢して働いているのだ。
また、俺が金をつかむ日は来るのだろうか?
その時が来るなら、今度は自重しながらちゃんと金を貯めなきゃいけないと感じた。
環境の変化の違い。
ワールドワン時代から見れば、かなりの集落ぶりである。
しかし思い出せ。
何にも無かったあの頃を……。
お袋と親父を離婚させたいが為だけに、一番早く就職が決まる自衛隊へ行き、途中で辞めた。
無茶苦茶なシフトの原一探偵事務所。
胡散臭い平子のスリーエスカンパニー。
あそで大いに俺は利用されたのだ。
家の所有する車をガソリン代を出すからという名目で仕事に利用され、まだ十九歳だった俺の給料日に平子はタカった。
そのあとのインチキ教材売りの仕事では、同じ課の一回り以上上の上司から毎日酒をタカられたっけ。
給料日になったら返すと口ばかりで、あれで俺はくだらない借金を背負ったのだ。
横浜のシーパラダイスへ働きに行き、突如全日本プロレスへ行きたいという想い一つで、俺は身体を一心不乱に鍛えだした。
思えばあの頃から本気で努力して生きる選択をした気がする。
そしてジャンボ鶴田師匠に出会い、人間としての偉大さを知った。
三沢光晴さんからは人としての優しさ。
今から十年以上前に、俺は掛け替えのない経験と出会いをしたのだ。
随分と落ちぶれた俺。
そうじゃない。
俺は元々落ちぶれていたんだ。
せめて俺の行動一つで、全日本プロレスが…、鶴田師匠が…、三沢光晴さんが軽く見られる事がないように生きないといけない。
最低限の生活をし、地べたを這いつくばってもいいのだ。
但し誇りを忘れるな。
鶴田師匠はもういない。
いくら恩義を感じたところで、返しようが無いのだ。
ならばせめて、生き様だけでも頑張ろう。
俺の存在意義はそこしかない。
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