岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 189(古物商の新宿支社編)

2025年01月01日 13時16分36秒 | 闇シリーズ

2025/01/01 wed

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佐川急便へ通う日常。

しかし派遣社員である限り、どんな活躍をしてもあまり意味が無いような気がした。

過去の良かった時代を思い出せ……。

全日本プロレスへ行った時、どうだった?

体重が六十五キロしかなかった俺。

ガリガリだった俺がいきなりプロレスラーになると嘯き、多くの人間に笑われた。

親父が雀會の会長だった頃、酒を飲む席でもみんなに嘲笑される。

あの時「頑張れよ」と言ってくれたのは七つ上の先輩の始さんだけだった。

だから必死に食ってトレーニング漬けの生活を続け、気付けば誰もが期待するような身体になれたのだ。

先輩の坊主さんと裕子さんが結婚すると決まった時、俺は無職で金が無かった。

だから金を稼ぎにあの街へ初めて行った。

新宿歌舞伎町へ……。

水を得た魚のようだったあの頃。

気付けば多額の金を手にするようになっていた。

馬鹿だった俺は、そのほとんどを競馬と酒で溶かしてしまう。

それでもあの時代に得た経験があったからこそ、小説に活かせたのだ。

岩上整体を開業中、俺の小説『新宿クレッシェンド』は賞を取れ、本になった。

動きの中に変化あり。

そう…、俺は自ら我武者羅に動いたからこそ、何かしらの変化があったのだ。

今はどうか?

ただ佐川急便の作業員の一人として、歯車の一つになっているだけ。

いいのか、これで?

ちょっと違う気がした。

金が無いから働くのは当たり前。

しかしそこで満足してはまるで進歩がない。

何かしらまた動いたほうがいいんじゃないか?

そんな最中二千十一年一月三十一日を迎える。

十二年…、ジャイアント馬場社長が亡くなって、もうそんなに時間が経ったのか……。

当時先輩の岡部さんから訃報を聞いた俺は、今は無きトンカツひろむのカウンターに突っ伏して泣いた。

社長…、時間経つのって本当に早いものですね。

俺の原点…、間違いなく全日本プロレスを目指したあの頃。

それまで本気で生きていなかった。

今年の九月で俺も四十歳になる。

いいのか、このままで……。

場所は新宿がいい。

職種は?

古物商の求人が目に入る。

新たなものへ挑戦してみるのも一興だ。

俺は古物商の求人へ応募をしてみた。

駄目なら今行っている佐川急便を継続すればいいだけの事。

動きの中にこそ変化は必ずある。

 

自分が風呂に入ると湯船の栓を隠し、普通に風呂へ入れないようにする親父と加藤皐月。

米びつにある米を抜き取り、隠ししまう叔母さんのピーちゃん。

冷蔵庫にあるキャベツの葉を二枚使っただけで人を泥棒呼ばわりし、甥っ子の然を構っていると「然の視界に入るな」、そう怒鳴りつけてくる。

例を挙げれば腐るほど出てくる日常。

俺は嫌気をさし、一族とはもう縁を切りたい。

そう思うようになった。

誰かを悪者扱いしなければならない家族。

これ以上こんなところにいたら、俺はいつか誰かを殺したくなってしまう……。

小説を書いていて、過去のトラウマを反芻し、それを整理する作業。

何度もトイレに駆け込み吐いた。

辛くせつなく孤独な作業でしかない。

気づけばいつからか作品を書かなくなっていた。

どうしようか、これから……。

死んでもいい。

いつもそう思っていた。

でも、死ぬ前に書かなきゃいけない事がある。

しかしその作業は今の俺にとって非常にキツい作業でしかない。

二十人に一人残ればいい確率……。

そう誰もが言う環境最悪の職場。

去年まで迷走気味だった俺は、そんな環境に身を投じてみようと思った。

今年に入り、まったく小説の執筆をしていない自分。

もちろん二月になった今でさえ、未だ一文字も書いちゃいない。

これはあえて意識的に書かないようにしていた。

今日に至るまで身に降りかかってきた数々の出来事。

自分が原因で巻き起こした事ならまだいい、しかし「何故そうなるのだ?」と錯乱してしまうほどの負の連続。

元々環境自体最悪なのに、そこへさらに自分自身を追及し、追い詰めていったらおかしくなっていくのも無理はないと自覚した。

「何故こうなった?」

「じゃあ過去を振り返ってみよう」

そんな事から始まった長編作品の執筆。

もうこんな人生なら死のうと何度も思った。

いつからだろう、こんなネガティブな自分になってしまったのは……。

少し自分自身を追い詰め、考え過ぎていたのではないか?

誰が何と言おうと、俺の原点はレスラーになろうと必死に日々鍛錬に明け暮れたあの頃がそうである。

つまり俺自身執筆なんて作業をしているが、無知でただの大馬鹿者でしかないのだ。

でも、あの頃はとても幸せを感じていた。

どんなに辛く、惨めで苦渋を飲まされようと「レスラーになってやる」。

その信念一つでずっと一心にいられたはず。

ならば原点回帰までいかずとも、自ら最悪の環境へ身を投じてみよう。

去年の暮れになって、ふとそう感じた。

佐川急便さいたま営業所。

正月も返上し、ただ無心に働く。

難しい事まど考えず、ただ動く。

気取るな、驕るな。

目の前の現実に対し、そのまま受け入れてみろ。

それが自分に課した課題である。

実際に最悪な環境の職場へ身を投じてみると、かなりのカルチャーショックを覚えた。

真冬の寒空の中、時間帯は夜勤。

夜十時から始まり、終わるのは朝のく九時、十時。

もちろん一般人より体力はまだ全然ある。

しかし一時間の休憩、それ以外に夜中の四時頃一服タイムがあるだけ。

もの凄い寒さの中、延々と続く作業。

二十歳そこそこの今風のガキに「おい、おまえ…、これ割れ物だから気をつけろよな」、そう言われた時、自分の耳を疑った。

今このガキは俺にそう言ったのか?

一人だけじゃない。

そこで働く九割の人間が口の利き方など横柄で、そこに気遣いなどまるでない。

さすがに心が折れそうになった。

その俺の他に五名の新人がいたが、一服の時みんなひそひそ声で愚痴をこぼしている。

そして自分以外、その五名の同期はその日で辞めていった。

初日だけでない。

毎日のように新しく入ってくる人々。

その全員がマシなほうでも二、三日で姿を消していく。

俺行く職場のリーダー岸本は、まるでその職場では暴君ぶりを発揮。

同じ派遣会社の松崎へ「テメーちゃんと教えとけよ」と仕事中荷物をぶつけられる事など当たり前。

そんな日々を送りながら、募る苛立ちを必死に俺は飲み込み、作業に没頭していった。

これを普通の人間が続けていたら、精神が破綻していくだろうし、また腰がおかしくなっていくだろう。

でもだからこそいい。

惨めな思いをし、それが今の自分の現実なのだと受け入れる。

そうする事できっと何かしらの心境が生まれるはず。

それだけを考え、自分の正体を隠しながら無言で作業へ没頭する日々。

帰り道に見える富士山とそれに連なるように見える数々の山と雲が、すさんだ俺の心を癒してくれた。

誰にも連絡を取らず、ひたすら働くだけの日々。

そんな日常を送りつつ、帰り道の朝、あの風景を見るのは一つの楽しみにさえなっていた。

「おい、ジジィ! そんなの仕事をしてるなんて言わねえんだ。働け!」

そう言いながら荷物を五十後半の白髪頭の初老男性にぶつける職場の管理職の岸本。

さすがにそれを見て、我慢の限界がきそうだった。

必死に噴き上がりそうな感情を抑える俺。

まずは通常にしていて生まれてしまうこのイライラをそう感じないよう精神をうまくコントロールしてみよう。

自分が横柄な口を利かれたっていいじゃないか。

他の理不尽な事で他人が虐げられていたら、俺ができる範囲で何とか接してみよう。

じゃあどうする?

荷物をみんなの目の前でぶつけられたおじいさん。

一服の際、暖かい缶コーヒーを買い「いつもお疲れ様です。良かったらどうぞ」と手渡してみた。

するとその人は、とても嬉しそうにコーヒーを受け取り、色々な自分のこれまでの過去を楽しそうに俺へ話してくる。

俺はただそれを笑顔で相槌を打ちながら聞く。

単なる自己満足かもしれないが、暗雲しかない心の中が少し晴れた気がした。

忙しいから家族と関わらずに済む。

こうした日々は俺にとって余計な煩いを感じる必要もなく、ただ時間になれば仕事へ行く。

そんなシンプルな時間を送っていた。

額から全身から吹き出る汗。

真冬の冷たい風が容赦なく火照った身体に吹き付ける。

冷凍庫の中の作業を命じられ、身体の異変を感じた。

こりゃあ完全に風邪を引いたな。

それでも普通に仕事へ行く。

自分より四つ年上の元タクシーの運転手をしていたと言う男が入ってきた。

彼は若い連中から「オヤジ」、「邪魔だ、どけ」そう言われたのがよほど悔しかったらしく、常に俺へ不平不満を言ってくる。

始めは慰めつつ聞いていたが、あまりに度を越していた為「何の為にここへ働きに来たんですか? 金を稼ぎにでしょう?」そう厳しい言葉も言った。

本当に嫌なら辞めてしまえばいい。

俺はここよりもっと辛い場所をいくつも知っているし、また経験している。

自身の生きてきた道のり、そしてプライドに掛けて逃げ出す訳にはいかないのだ。

しかしこんな最悪の職場でいつまでも働いている訳にはいかない。

俺は新宿の古物商の会社の面接に行く事にし、採用なら一週間後に連絡があると言われる。

だが翌日本社から連絡が早速あり、すぐに入ってほしいと言われた。

あの環境を抜け出せるのか……。

でも俺は一ヶ月ほど猶予がほしい、そう先方に伝えた。

ある日、職場の管理者岸本に呼ばれ、別の仕事を与えられるようになった。

そこで一人の親切な作業員山口と出会う。

年を聞くと偶然にも同じ年であり、彼は仕事を全然知らない俺に対し、丁重な言葉遣いで接しながら色々教えてくれた。

人間がいたんだ、ここにも……。

そんな当たり前の事がとても嬉しく、俺はもっと頑張って早く仕事を覚えようと思った。

気づくと徐々にではあるが、話し掛けてくる作業員の数が増え、他の人間に比べ妙に気遣われているのかなと感じるようになった。

就職が決まっているのでここに一ヶ月もいないが、皮肉な事に自分の立ち位置だけは確保できたようだ。

それから俺は新たなテーマを持つ事に決める。

『仕事は明るく楽しく』

ジャイアント馬場社長が生前言っていた『明るく楽しく激しいプロレス』。

その感覚に近いような言葉であるが、自分なりに噛み砕き、それを実践していこうじゃないか。

そう…、俺がこれまでピアノを弾いたのも、小説を書いたのも、根底には『世間を相手にプロレスをしている』だけなのだから。

本当に徐々にはあるが、職場内に変化が出た気がする。

他の会社とか関係なしに親切に接するよう心掛けると、辞めていく人が減った。

自分の持ち場のチームでは、新人が来ても丁寧に丁重にをテーマに明るく楽しく仕事をしていくよう話し合う。

それでも仕事自体辛いので辞めていく人間は勝手に辞めていく。

それはそれでしょうがない事なのである。

徐々に上がるコンディション。

俺は久しぶりにトレーニングを再開させる。

食事する量は倍に増えた。

しかし九十六キロあった体重は一週間で九十一キロまで減ってしまう。

何だか最低の職場を選んだはずなのに、それを楽しく感じている自分がいる。

仕事最終日、名残惜しい気持ちの中、近所にある和菓子屋でクッキーなどを買い、これまでお世話になった礼も兼ねて職場へ渡す。

すると仕事途中職場の管理職の岸本から仕事中呼び出され「飯を驕るから行こう」と俺だけ抜け出す形でご馳走になった。

仲良くなった人からは「岩上さん、最後なんだから食事へ行きましょう」と軽い送別会を開いてくれた。

あれだけイライラしていた人間たちからは「また戻ってきてよ」と言われ、呼び捨てが当たり前の中「岩上さん」と呼ばれるようになった。

全部の人間がそうではないが、ジャイアント馬場社長の事を多くの人たちは『馬場さん』とさん付けで呼んでいた。

アントニオ猪木に関しては『猪木』。

馬場社長は『馬場さん』。

現役時代、俺はそんな部分でも誇りに感じていたものである。

みんなから『岩上さん』と呼ばれた事で、ほんのちょっとだけあの人に近づけたのかなって。

何だかもうちょっといても良かったなあって少しセンチメンタルで複雑な気分になる。

最低最悪の環境だったけど、俺の存在を少しでも刻めた。

そんな小さな自負が残る。

うん、俺にとってそう悪くはない職場だったんだ。

最後俺は会社の外へ出ると、感謝の意味を込め深々と一礼し車へ乗り込んだ。

最後の帰り道、楽しみにしていた富士山は曇りのせいか初めて見る事ができなかった。

KDDIを辞めた日を瞬間思い出す。

あの日、俺が仕事を終えようとした時、突然横から叩きつけるような激しい雨と雷が鳴り、職場にいたほとんどの人間が驚いたように外を見つめていた。

あの時俺は、天が自身の選んだ選択を歓迎していると勘違いしていた。

だが、違った。

その後に待ち受けていた数々の地獄。

おそらくあの雨と雷は、俺に対し何かの警告をうながしていたんじゃないだろうか?

最後に富士山を見られなかったという事実に対し、俺は逆にこれから待ち受けるものがいい方向へ行くのかもしれないなと感じた。

あの壮大で心に染み渡るような景色は、疲れた心を癒す為にこれまで見せてくれていただけなのかもしれない。

まだまだ語りたい事は腐るほどあるけど、今はこの辺にしておこう。

さて…、明日から新宿か……。

何が待っているやら……。

 

新宿の古物商、仕事初日が始まる。

場所は新宿駅東口を明治通り方面へ進み、さらに奥にある。

歌舞伎町で慣れていた俺は、いかに裏稼業時代が恵まれていたのかを知った。

新宿支社は課長の峰、主任の長野、係長の浅田という唯一の女性社員の三名しかいない。

そこへ新人の俺ともう一人の二名が加わる。

メガネを掛けた長野と共にアポイントの取れた客周り。

どうも俺は、メガネを掛けた人間と組まされる傾向にあるのかもしれない。

基本はいらなくなった着物の買い取り。

長野は着物に対する知識が豊富で、打掛、黒留袖、付け下げ、色無地など意味不明の会話を年配の女性と話している。

俺にはチンプンカンプンだ。

「うーん…、現時点の着物だけの値段になると、こんなものになってしまうんですよね……」

彼は電卓を叩き、数字を客へ見せる。

「えー、こんなもんになっちゃうのー……。買った時は五十万円もしたのに……」

「着物は使うと価値がほとんど落ちてしまいますからね。化繊なんて着るには便利ですが、本当に無価値に等しいですからね。あ、そういえば田中さん。金が入っている玩具の指輪とかアクセサリーないですか? 今金の価値が上がっていますので、ひょっとしたらいいお小遣いになるかもしれませんよ?」

田中という年配の客は、奥へ行き宝石箱のようなものを持ってくる。

指輪やネックレスなど様々な小物がいっぱい詰まっていた。

長野はルーペを取り出し、一つずつ丁重に眺めている。

重さ測定器を取り出し、小物を数個乗せ、また電卓を叩く。

「田中さん、こちらの小物でしたら買い取れますが、そうするとこのお値段になりますよ」

「え、あら嫌だ。そんなもらえるの?」

「ええ、ちょうど現在金が上がり始めているので、この辺の金額を当社もお出しできるんですよね」

商談が決まったようだ。

俺にこんな真似できるようになるのだろうか?

これまでの人生とはまるで違い、別次元の中にいるような気さえする。

彼は三万二千円の金を客へ渡し、着物や小物を袋へしまう。

「それでは本日はお世話様でした」

俺も共に一礼して客の家を出る。

車の中で俺は長野へ話し掛けた。

「長野さん、着物の知識凄いですね。自分は何一つ分からなかったですよ」

「岩上さんは初日じゃないですか。何事も慣れですよ」

「何で着物だけだと数千円だったのが、あんな小物でいきなり三万超えたんですか?」

「それは小物といっても、実質金の重さで値段を決めているんですよ」

「金の重さ?」

「今市場では金の値段、グラムで二千円超えているんですね。それを当社の価格で若干安く買っているんです」

え、それって何も知らない客に対し、ちょっとした詐欺なのでは……。

仕事初日なので、俺はあえて口にしなかった。

会社へ戻ると、課長が俺の新人歓迎会を開いてくれる。

帰り道犬に噛まれた。

俺は家に戻ると、ミクシィで記事を書いた。

 


新宿初日

二千十一年二月八日。

只今帰ってきました。

もっと早く終わったんだけど、課長が歓迎会をしたいとの事で酒を飲んでようやく川越に到着。

初日に変わった事があったと言えば、西武新宿駅前まで来ると、ワンちゃんがいて「ク~ン」って擦り寄ってきたから、ソーセージを買ってあげようとした。

すると何故かその犬は、いきなり俺の手に噛み付きやがった……。

この馬鹿犬め!

そばで見ていた乞食がソーセージを欲しそうにしていたから、残った二本を「おじさんあげるよ」とあげたら、とても喜んでいた。

教訓…、この犬だけかもしれないが、犬にソーセージをあげようとすると噛まれる。


 

酒も入っていたせいか、すぐ眠れる。

目を覚ます。

時計は朝の五時。

ゆっくりお風呂へ入り、湯船に浸かる。

加藤皐月が定期的にこの家へ居座らなくなって、良かった事の一番がこのお風呂へ入れる事だ。

まだ肌寒い朝、ジーンと身体に痺れが来るくらいの熱い湯に浸かれる俺は幸せな身分である。

家を出るのは朝七時過ぎ。

事務所を出るのは夜の十時過ぎ。

家に帰ると日を跨ぐ手前、もうじき翌日になってしまう。

何だか面接で聞かされていたのと随分違うなあ。

これじゃプライベートで何もできない。

そんな事を二日目にして考えながら家に戻る。

小説もトレーニングもできない。

でも今はいいか。

テーマは無心。

難しく考える必要性など何もない。

多くの利益を会社にもたらせるようになれた時、初めてそういった事に対する意思を持てばいい。

多少の理不尽は人生につきもの。

すべては己のこれまで招いた不徳によるもの。

そういったものを飲み込み、反芻はせず。

きっとまた何かが見えてくるだろう。

さてもうちょいしたら、また出掛ける準備をしなければ。

今日は犬に噛まれないよう気をつけよう。

 

今日は九時過ぎに事務所を出て、同期入社の幸徳を誘い、歌舞伎町の美味いラーメン屋へ誘った。

とても人のいい彼は、前職チェーン店系居酒屋で店長をやっていたそうで、何でも月に五百時間以上働かせられ、それで手取りが二十万もいかなかったらしい。

そんな中、無理がたたって入院してしまうほど。

う~ん、久しぶりにいい人間というかおっとりした人と出会った気がする。

そんな訳で幸徳とラーメン屋に入り、味噌ラーメンを頼む。

金銭的に苦しい生活を送っているようなので、ここは年上だし俺が強引にご馳走をした。

その際会社での色々な話をし、情報交換をする。

まず、現在俺は主任の長野と共に常に行動をしている訳だが、三日目という事もあり、彼は徐々に心を開いてくれた。

彼の家の環境の話などを聞き、仕事に関する問題点、おかしな点などを聞く。

納得いかないのが、過去に車をぶつけてしまったそうだが、修理の見積もりを出すと十五万。

それを会社では彼に自腹で払わせるか検討中だと言う。

少し涙目になりながらも長野は「もしそうなるなら、クビを覚悟で意見を言うつもりです」と俺に話してくれた。

まず、今後の車の運転は俺がすべてする事を伝え、もっと安く直せる車屋を紹介し、会社の改善に当たって自分が行くと言ってみる。

現在のままでは業務拡張もなかなか難しいし、ワンマン社長がアナログというだけで、パソコンすら会社におかないのも変だ。

月に一度、社長は関西からこちらへ来て食事会をするそうなので、その時がファーストチャンスかな。

同期とそんな話をしながら、「実は僕と一緒に行動している係長の浅野さんも、岩上さんならこの会社を変えてくれるかもなんて言っていたんですよ」と嬉しそうに話してくれた。

浅野は大の女子プロレスファンらしく、給料のほとんどを女子プロに捧げているらしい。

峰課長が履歴書を見て、浅野へ話したのだろう。

浅野は朝の朝礼が終わると「岩上さんってプロレスラー誰と繋がりがあるんですか?」と興奮して話してくる。

どうも浅野は唯一の女性だが、女性らしくないというか男っぽい。

これまでの感じでいえば、あの三角関係に巻き込まれた牧野順子に雰囲気が似ているのだ。

ひょっとしたら彼女もレズビアンだったりするのかもしれない。

ふ~む、まだ入ったばかりなので、しばらくおとなしく静観はするつもりだけど、ちょっとは面白くなってきそうだ。

最後に同期の幸徳は「岩上さん、無茶はしないで下さい。僕、岩上さんに辞めてほしくはないですから」と言われた。

もちろん無茶などするつもりはないが、まずは会社に利益を出させ、意見はそれからである。

自分らしさを出しつつも、より良い会社へ改善させていきたいなあ。

ちなみに今日も犬に手を噛まれる事はなかった。

 

仕事を終え川越にへ到着すると、親父の弟である修叔父さんの親友の蓼沼さんと落合さんにバッタリ遭遇する。

蓼沼さんとは『岩上整体』時代に酔って修叔父さんと来た以来。

「お、智一郎、久しぶりじゃねえか。付き合え!」

そう言われ、飲み屋へご一緒する事に……。

CLUB 蓮・レン - 本川越のキャバクラ【ポケパラ】

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映画撮影にも使用された店内をpianoとsingerが特別な空間に。 20~30代を中心とした落ち着き 特別な時間をを蓮でご堪能下さい。

キャバクラ情報【ポケパラ】

 

クラブ連、高級店だったので、店の女はかなり美人揃い。

そんな中一人の女の子が色々話し掛けてきた。

とても端正な顔立ちで、誰が見ても美人だなと言うような彼女。

社長連中のプッシュもあるせいか、妙に二人の世界を作らされる。

「智一郎はまだ独身だぞ。こいつはどうだ?」

そんな声を何度も聞きながら、俺はその子と様々な話をしてみた。

確かにこんなに若くて美人な子がいつもそばにいたら、幸せだろう。

「智一郎! おまえには期待してんだ。何を最近おとなしくしているんだ」

蓼沼さんにそんな風に言われ、この三年間世間に対しまったく動いていない自分がいる事に気がつく。

俺はこの数年間、何をしていたのだろう?

平穏無事に?

いや、はなっからそんなもの望んじゃいない。

いいのか、今のままで?

言い訳がない!

ウイスキーを片手に自問自答を始める俺。

会社での長い勤務時間。

個人的に行いたい活動。

それぞれが反比例してしまう現実。

自分の事だけ考えるなら、たぶん答えはすぐ出ている。

でも、それじゃ駄目だ。

それは過去に学んだ。

どうしたらいい?

どうすればいいのか?

だからこそ無心になり、とにかく動こう。

そしてその中にこそ、真の答えが残る。

そんな気がした。

「今度のお休み、良かったら一緒に食事へ行けませんか?」

隣に座る綺麗な子から、そんな事を言われた。

そしてその子はプライベート用の連絡先を紙に書いて、そっと手渡してくる。

福田真奈美、二十六歳。

店での源氏名は美咲。

久しぶりにドキっとした。

こんな子と一緒に時間を過ごせたら、確かに楽しく幸せだろう。

一生懸命頑張って働いて、金を稼ぎ、そろそろ普通に彼女を作って幸せな日々を過ごしてみたい。

数年に渡る孤独な時間は、俺にそんな感覚をもたらせていた。

でも…、違う。

それをしたら何の為にこれまでこう生きてきたのだ?

自身の信念の為じゃないのかよ。

「とりえず今は、誰との付き合いも考えていない。やらなきゃいけない事があるんだ」

もったいないなあと思いつつも、俺はそんな返事をした。

まだこんな自分に対し、期待を寄せ可愛がってくれる人がいるという現実。

今はただそこに感謝したい。

苦難の中にこそ、ヒントがきっと転がっているはず。

ひたすら今は泥を噛もうじゃないか。

明日も明後日も朝から仕事だ。

今はただ、明日に備えて寝よう。

 

似たような業務内容を長野とこなし、川越へ戻る。

仕事帰り腹が減ったので修叔父さんと仲のいい大門さんの店『てんこもりラーメン』へ寄る。

「あれ、岩上さん!」

声を掛けられ振り向くと、そこには大男が座っていた。

何年ぶりだろうか?

てんこもりラーメン (本川越/ラーメン)

てんこもりラーメン (本川越/ラーメン)

★★★☆☆3.36 ■予算(夜):~¥999

食べログ

 

『岩上整体』時代の患者だった元プロレスラーのミスター雁之助と偶然再会。

「岩上先生、お久しぶりです」

隣に鍋野ゆき江も座っていた。

この女、人の整体の中でデカい屁などあの時こきやがって……。

そういえば雁之助も当時、鍋野も今家に住ませていると言っていたよな。

KDDI時代に彼の興行へ招待されてだから二年ぶりぐらい?

ふ~む、最近奇妙な再会が続くなあ……。

彼の主催する興行が三月三十一日に新木場で行われるようだ。

「また招待しますから」と言われたが、行くなら「ちゃんと買います」と答えた。

この人は本当に人がいい。

笑顔で別れ、俺は中学時代の同級生である飯野君へ電話を掛けた。

「明日何時くらいに飯野君の家行けばいい?」

「岩ヤンの都合にお任せしますよ」

「じゃあゴリ誘って昼過ぎには行くようにするね」

明日は飯野家で、俺の全日本プロレス仕込みのちゃんこ鍋を作る約束をしていた。

母子家庭だった彼は本当に母親想いの孝行息子。

真面目に会社を務め、今では自分で家まで買っている。

立派なものだ。

ゴリへ電話を掛ける。

「何だい、智いっちゃん」

「明日の飯野君家でのちゃんこ鍋大丈夫?」

「ああ、問題ないよ」

「政治結社朋花も連れて来るの?」

「何が政治結社だよ。あいつとは別れたんだよ」

「やっぱね…。何で?」

「いや、努さんは政治に興味がまるで無いから、一緒にいて苦痛に感じる部分があると」

「ふーん、さすが政治結社」

「ふざけんじゃねえ! ところで何時頃行くんだい?」

「昼過ぎ。三人で買い出し始めてから作るから。それに明日はおまえの誕生日だろ?」

皮肉な事にゴリは、バレンタインデー生まれ。

「よく覚えているな、いっちゃん」

「食べたいものは? 今日準備だけはしておくよ」

「そうだなあ…、焼売とかって作れる?」

「任せときなって。じゃあ明日」

中学時代の同級生三人によるちゃんこ鍋パーティーが明日始まる。

俺は帰ってから焼売を作り始めた。

皮も手作りシュウマイ&餃子 by 新宿トモ

皮も手作りシュウマイ&餃子 by 新宿トモ

「皮も手作りシュウマイ&餃子」の作り方。蒸し料理の王道飲茶 材料: 豚挽肉、キャベツ、タマネギ

Cookpad

 

彼女にフラれたばかりのゴリの為に、一丁腕を振るうとするか。

焼売の皮を小麦粉から作っているところへ、叔母さんのピーちゃんが台所へ来た。

「私が使うんだから、どけっ」

「……」

この人には何か言ってもイザコザしか生まれない。

「冷蔵庫のもの勝手に使ってないだろうな?」

「……」

俺は無視して作る場所を変える。

いなくなってから、あとは作ればいいか。

一旦部屋へ戻る。

一人になると先ほどのピーちゃんの台詞を思い出し、怒りが沸いてきた。

相手にするとキリがない。

落ち着けって……。

あの面を思い切り殴れたら、どれだけ気持ちがいいだろうか。

ブツッ……。

また部屋の電球が切れる。

「……」

何回目だよ、これで。

どこかおかしいんじゃないか、この部屋。

 

昼過ぎになり、買い出しを始める。

昨日の深夜ピーちゃんがいなくなってから、焼売とフライやパスタは作っておいた。

飯野家へ行き、俺はちゃんこ鍋を作り始める。

ゴリには大根を一本すべて大根おろし器で擦り下ろせと命令。

王道ちゃんこ鍋 by 新宿トモ

王道ちゃんこ鍋 by 新宿トモ

「王道ちゃんこ鍋」の作り方。プロレスラーはちゃんこを食べて身体を大きくします 材料: 鶏ささみ肉、白菜、豚肉

Cookpad

 

その間ちゃんこ鍋を完成させ、味噌ダレを作る。

ヒーヒー言いながらゴリは大根一本を擦り下ろし、それを元に醤油ベースのタレを完成させた。

「はい、飯野君にお母さん、お待たせしました。王道ちゃんこ鍋です」

「手が釣るかと思ったよー」

「いいから早くおまえも来い」

四名での宴が始まる。

テレビを見ると、連日報道される『大相撲八百長問題』が映っていた。

これは不況で心の病んだ人たちが生んだ虐めでもある。

本当に心が歪んでいるよなあ……。

相撲の八百長報道にしろ、プロレスにしろ。

『八百長だ』と騒いでいるのなら、別にそのジャンルに関わらなきゃいいと思うんだけどなあ。

筋書きがあるから悪いと過激に言うのなら、映画はおろか小説だって漫画だってテレビだって、そういったもんすべて見なきゃいいじゃん。

何でああまで過剰にしつこく反応するのだろうか?

連日あのような報道を見ていると、非常に見苦しい国だなって感じる。

みんなで追い出すようにして引退させた力士にも質問をするマスコミ。

まっとうにやってきた人間にも連日同じ質問。

人間として非常に浅ましく思う。

いやしい笑みを浮かべながら『八百長でしょ?』と簡単に言える人間……。

もちろん自身の周りでもよく聞かれる台詞でもある。

だから俺はハッキリ言う事にしている。

「一部分だけを取ってすべてがだなんて思わないでほしい。それにそんなんじゃ、亡くなった三沢さんや鶴田師匠が浮かばれないから、俺の前じゃつまらない事を言わないでほしい」

真剣にそう答えると、聞いてきた人間はほとんど黙ってしまう。

おそらく自分が軽い気持ちで吐いた言葉を恥じているのではないだろうか。

血尿出るまで必死にトレーニングしている人間だっている。

世間で『八百長』と蔑まれたものに、人生を、命を懸けた人間だっている。

随分と寂しい国になってしまったもんだ。

幼い子供たちが未来を希望を持てる…、そんな明るい世の中になってほしい。

何の為に平気で人の心を傷つけられるのか分からないが、そういった人種は人間としての恥を自覚してほしいものである。

もっと解決しなきゃいけない問題なんて山ほどあるのに、このままでいいのか日本?

先日蓼沼さんや落合さんと飲んだ時の台詞を思い出していた。

「智一郎! おまえには期待してんだ。何を最近おとなしくしているんだ」

こんな俺に未だ期待をしているか……。

新宿の古物商……。

まだ一週間だが、その先の展開を考える時期が来たのかもしれない。

 

闇 190(古の着物と震度7編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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