2025/01/09 thu
前回の章
一日経っても昨日の事を思い出している自分がいた。
十数年ぶりのお袋との再会。
俺はすぐ目を反らしたが、おそらくお袋も今の自分を見られたくなかったのではないだろうか?
会話一つ無かったが、以前のような憎悪を感じなかった。
二階堂さんに先を逝かれ、天涯孤独なのかもしれない。
ほんと老けたよな、お袋は……。
群馬の先生に言われたように俺は小説を書く事で、浄化されていたのだろう。
仕事中もこんな事を考えていた俺。
いや、もっと明るくいこうじゃないか。
ミクシィで記事を書く。
はい、朝っぱらからアメ横に来ました!
え、何でかって?。
そんなのマグロ食いたいからに決まってんじゃん。
赤身をごっそり買って帰りま~す!
新宿歌舞伎町からアメ横へ寄って、川越まで。
え、マグロ買うなら何故築地へ行かないのかって?
ふっ…、地下鉄に乗ると、迷子になってしまうから上野までしか行き方が分からないのさ……。
早くアメ横に着いたはいいけど、まだ魚屋さん開いてないっす……。
なので漫画喫茶を探したが、一年前よく利用した漫画喫茶は二軒とも潰れていた……。
御徒町駅のそばにDVD見放題という店があったので、そこで時間を潰す事に。
すると店内はちょっと変な匂いがしてて、エロDVDだらけ……。
店員さんに「インターネットだけしたいんですけど~……」と尋ねてみた。
すると、「お好きなDVDをまず選んで下さい」と……。
「……。いえ…、インターネットだけできればいいのですが……」
「は? DVDはいいんですか?」
「だってエロしかないんですよね?」
「はあ……」
「店開くまで一時間ほど時間潰ししたいだけなんですが……」
「そ、そうですか…。では、こちらの専用部屋に案内します」
え、看板にインターネット見放題って謳ってあるのに、専用部屋?
ちょっと不安な気持ちになりつつ、細狭い通路を歩きながら奥の部屋に到着。
「この部屋だけなんですよ、インターネットできるのって」
「……」
「みんな、エロしか見に来ませんから」
「ひょっとして自分って変なんですかね?」
「いえ、普通なんです。他の客が異常なんですよ」
おいおい…、こんな狭い店内でそんな台詞言っちゃっていいんかいな……。
まあ、何はともあれミクシィでこんな記事をその部屋より書いています。
ひだまり
アメ横行くって知ってたら、彼に連れて行って貰ってこっそりトモさんを見に行ったのに。
おいしいマグロ買って帰って下さいね。
お寿司屋さんも多いですよね。
ゲッ、怖っ!
早速ひだまりからコメントが入っている……。
ここにいるのは危険だ。
とっとと川越に帰ろう。
インターネットカジノ『ボヤッキー』にあるブルーフラミンゴというサイトは、他のマイクロやクルーズと違い、昔のゲーム屋にあったポーカーが楽しめるサイトである。
俺が過去働いた店『ワールドワン』に置いてあった『ダイナミック』、ノーマルの『ボナンザ』、一、三、七のスリーカードかフォーカードを揃えたらフィーバーする『フィーバーパック』が楽しめる。
恐ろしいのがレートを自分で選べる点だ。
一ゲーム最低五十円からプレイはできるが、最高で二千円まで選べた。
トランプ札五枚が最初に配られ、一回だけチェンジ可能。
インカジでは一ドルが百円計算。
一万円を入れると、クレジットに百ドルが表示される。
レート二十なら、これで役が揃わなければ二千円ずつ消えていく。
『ダイナミック』を初めて歌舞伎町で入れたのが俺がいた『ワールドワン』。
腐る程見てきたから分かる。
おそらくブルーフラミンゴの『ダイナミック』を純正品ではない。
ダブルアップの際の出目や色付き札の出方が微妙に違うのだ。
しかしインカジで人気あるのはバカラ。
俺くらいしか分からない細かい設定など、客からすればどうでもいい事だろう。
昔のポーカーのダブルアップは、七を基準に上と思うならビック、下ならスモールを叩く。
それとは違う従来のダブルアップを搭載した新しいポーカーも入っていた。
左端に札がめくられ、それより大きな数字を右にある四枚の札から選択するダブルアップ。
Aが一番強く、次にKの順番で。
二が最低の数字になる。
ダブルアップの際Aが出たら、最高手でも引き分け。
中でも『MEGA』というポーカーは大人気だった。
ダブルアップを押したとき「キュイーン」という音が鳴ると、大チャンス。
基本ダブルアップは当てるとスコアが二倍だが、ルーレットのような倍率の数字が回転し、最低三倍から最高で百倍のチャンスとなる。
もちろんダブルアップを当てないといけないが、この音を聞きたさに病みつきになる客は多い。
雷音が凄い。
廊下へ出て窓を開ける。
それにしても凄い雷だな。
何度も稲光が見える。
撮ってみるか。
俺は部屋へ戻り、デジタルカメラを手にした。
凄い轟音と共に見える無数の稲光を撮影してみる。
お、三十五秒くらいのところで稲光が撮れたぞ。
岩上整体をやる前、物件を探し求めていた時の雷みたいだ。
パソコンでニュースを見る。
『気象庁は七日午後四時九分、東京地方に大雨・洪水警報を発令した。
発達した雨雲が上空に停滞しているため、七日夜の始め頃に掛け、都内の広い範囲で雷を伴った非常に激しい雨が降る見込み。
同庁では、低い土地の浸水や河川の増水に警戒を呼び掛けている。
同四時三十分現在、関東地方では、東京や群馬など五都県に大雨・洪水警報が発令されている。
また同庁は、群馬・栃木両県では土砂災害への警戒が必要としている。』
突然部屋が真っ暗になる。
またかよ……。
ここ数日…、いや、歌舞伎町へ復帰してから変わった事があったせいか、部屋の電球が一週間で何故か三回も切れた。
その都度買い換えはしたが、何かしらの啓示なのかな……。
新宿初日のさくら通りの大火事。
十数年ぶりの突然のお袋との再会。
去年から部屋の電球が妙に切れやすい。
さて、そろそろ仕事へ向かうか。
駅へ到着すると、西武新宿線の本川越駅から南大塚駅の間だけ運行停止。
たった一駅の区間なのに……。
しばらく駅構内で待機し、電車がようやく動き始め新宿へ向かう。
通勤だけで疲れたので、仕事あとは久しぶりにグリーンプラザ新宿のサウナへ泊まる。
このカプセルホテルはかなり大型店舗であり、歌舞伎町の様々な住人たちがお世話になっている。
ゲーム屋『チャンプ』時代、同僚だった林。
後にヤクザになり行方は分からなくなったが、彼も新潟から自己破産して歌舞伎町へ逃げてきた時、このグリーンプラザ新宿で寝泊まりをしながらゲーム屋へ働きにきていた。
ゆっくりと風呂へ浸かり、英気を養う。
久しぶりに体重を計ってみると九十三キロになっていた。
約二ヶ月で十キロの増量に成功。
しかし裏稼業へ復帰してトレーニングも疎かになり、こんな俺がまたリングへ復帰できるのか?
館内でゆっくり寛ぎ、仕事の時間になって『ボヤッキー』へ向かう。
「あれ、岩上さん。随分と早くないですか?」
早番の野沢が不思議そうな表情で声を掛けてくる。
俺はサウナに泊まった事を伝え、少し早いが暇を持て余していたので出勤したと説明した。
店内は中々の混み具合。
俺も着替えを済ませ、早番の手伝いをする。
早い時間帯の従業員の中には女性スタッフが二人いた。
一人は店長の吉田の奥さん。
もう一人は君島という細身で中々美人な子である。
「岩上さんて格闘技やられていたんですよね?」
君島は格闘技ファンらしく、暇を見て色々話し掛けてくる。
「はい、オムライス」
俺は料理を受け取り「オムライスです」と声を出す。
君島が「セクシーボイスだ」と言われた。
「セクシーボイス?」
「岩上さんの声がですよ。カラオケとか上手いんじゃないんですか?」
「いえ…、カラオケとかしないんで」
「え~!」
「多分十年以上行ってないと思いますよ……」
最後にカラオケ行って歌った時って、いつだよ?
確か浅草ビューホテルで働いていた頃、滞在外国人歌手のエスカペイドデュオのピエールとキャサリンに日本のカラオケ行きたいってせがまれて行った以来かも……。
つまり…、俺が二十五歳ぐらいの時の話だから、かれこれ十四年。
さすがにヤバいかもな、時代の流行に乗り遅れている俺。
君島が何となく俺に好意を持っているのが分かる。
彼女から今度誘われたら、久しぶりに行ってみようかな。
自分の声量で唄えそうな歌を考えてみると……。
やまざきまさよしの『やわらかい月』なんかいいかなと思った。
帰り道、少しイメージチェンジしてみようと薬局へ寄る。
三十九年間…、もうちょいで四十年間だけど、初めて髪の毛を染めてみた。
色はディープローズという赤茶系の色合いで一番控えめな感じ。
光に当たるとちょっと赤いなあってレベル。
ひょっとしたら君島とチャンスがと内心思っていたので、自分なりに色気を出してみた。
しかし職場へ行っても俺が髪を染めた事に、誰一人気付く者はいなかった。
考えてみたら、薄暗い『ボヤッキー』の中にいて、光が髪の毛に当たる事なんてある訳がないのである。
スキンヘッドで頭から顔に掛けてのタトゥーを入れた従業員の須藤。
このような状態なのに職場で働ける。
時代も変わったものだ。
そんな変わった風貌の彼が、暇な時間を見て声を掛けてきた。
「あのー…、岩上さんってひょっとして、一番街通りの地下の店にいませんでしたか?」
「えーと…、ゲーム屋の事ですか?」
「そうです! そうです!」
妙に興奮する須藤。
「それが何か?」
「岩上さんて、あそこの『ワールドワン』の店長だった人ですよね!」
俺が三十代前半の頃の話だから、十年はオーバーにしてもそれ近く時間が経っている。
須藤の顔を見ても、まったく見覚えがなかった。
「えーと…、そこで会った事ありましたっけ?」
「ありますよ! 自分が当時客で行ってて、負けて帰ろうとしたら、良かったらと特サ入れてくれたじゃないですか」
当時あの店で、俺だけが特別サービスを入れる権限を持っていた。
それを知っているのは、あの時そのサービスを受けた客のみ。
記憶力はいいほうだから、特サを入れるくらいの客ならある程度覚えているはず。
須藤はまったく記憶になかった。
「確かに特サ自体ありましたけど、須藤さんに自分入れた事ありましたっけ?」
「ありますって! 自分、あの当時まだスキンヘッドじゃなくて、黒髪でこう前に下ろしていて……」
「あっ!」
スキンヘッドとタトゥーに目を取られ過ぎていたが、確かに須藤の言うように黒髪でキノコのような髪型なら『ワールドワン』に一時期来ていた。
「あの時は本当嬉しかったんですよ。有り金全部使っちゃって、でも岩上さんが帰ろうとしたら特サ入れてくれて……」
「いえいえ、それは須藤さんがあの時、ちゃんと勝負していたからじゃないですか」
「あれで一気飛ばせて少し金持って帰れた時、本当に嬉しかったんですよね。あの時はありがとうございました」
七、八年前の事で今になってお礼を言われるなんて、思いも寄らなかった。
これも歌舞伎町という特殊な繁華街ならではないだろうか。
朝方になって客も引き、従業員同士で会話をして時間を潰す。
『ボヤッキー』では珍しい光景。
最低千円から客を受けるので、異様な賑わいである。
金の無い乞食ホストなどは、千円札一枚持って『ボヤッキー』に来れば、食事もドリンクも食べ飲み放題。
最新の雑誌も多数揃えてある。
その軍資金千円が、ギャンブルなので増える場合もあるのだ。
深夜、漫画喫茶で時間を潰すくらいなら、ここへ来たほうが賢明だろう。
始めの頃は、客層の低さに驚いたものである。
千円札一枚でお客様扱い、食事も好きなだけ食べさせて、一体何の儲けがあるのだろうか?
このような利益にまるでならない客層も多いが、中には化け物級の客もいた。
藤村という職業キャッチの客。
彼は一度に八十万のINを入れる。
毎回二十万円の張りをバカラでしているので、四回外れれば八十万はあっという間に消えてしまう。
「入れて!」
無造作に財布の中から札束を取り出し、またINをする藤村。
すぐ受け取り「八卓様マイクロ八千ドル、八卓様、マイクロ八千ドル」とコールをする。
キャッシャーがコールを聞き、パソコンから八卓へクレジットを入れる。
「遅せーよ、早く入れろよ!」
百五十万円の金を溶かしている藤村の怒声が飛ぶ。
ゲーム屋時代なら注意をしているところだが、インカジでは使っている金の桁が違い過ぎる。
店側がそんな太客に、注意などできるはずがなかった。
結局藤村は二百三十万の負けで帰る。
隣では乞食ホストが千円、二千円の金で勝負をして「あ、焼肉丼倍盛りに、フランクフルト」と食事を注文し、一喜一憂していた。
この異様な温度差。
ゲーム屋ではあり得ない風景。
あの当時で裏稼業をすべて分かった気でいた俺。
思い返すと、勘違いも甚だしいものだ。
時代の移り変わりの凄さに驚嘆した。
以前、岩上整体に駆け込んできた島村。
彼は四千万の店の金を溶かし、逃げてきたと言っていた。
当時は島村の説明が分からなかったが、こうしてインターネットカジノで働き、仕組みを覚えると理解できる。
基本は金と交換でINを入れる。
島村は、あの時最新に五百万円の金を受け取り、五万ドルのクレジットを入れた。
そのあとその客は、あとで持ってくるから一千万円分入れてくれと頼む。
売上を気にした島村は絶対やってはいけない行為をしてしまう。
金を受け取っていないのに、一千万円分のクレジット十万ドルをその客へ入れた。
派手に賭けて負ければ、クレジットなどすぐ無くなる。
客はあとで持ってくるからと、結局三千万円分のポイントを先に入れてしまう。
従業員を付けて、その客と一緒に金を受け取りに行こうとしたら、振り切って逃げられたようだ。
三千万分の穴を空けた島村は、焦って店のポイントを使い時間でバカラをやる。
勝って不足分のポイントを無かった事にしたかったのだ。
しかしギャンブルはそんな甘くない。
結果さらに一千万分のポイントを使ってしまい、島村は店を飛ぶ。
トータル四千万の金を島村のせいで、無くしたのだ。
その店のオーナーは怒り狂い、日々島村を殴り、バリカンで髪の毛を切り刻む。
あの時、島村は酷い目に遭ったと愚痴を溢していたが、よく殺されなかったなと今なら思う。
そんな島村から久しぶりに連絡があった。
彼が穴を空けた池袋のインターネットカジノ。
現在の名義人が俺と連絡を取りたいと言う。
「はあ? どういう事?」
「自分もあの店には近付けないから、状況はよく分からないんですけど、俺に岩上さんて方と連絡取れますかと……」
「まあ、別に俺の連絡先教えてもいいけど…。何の用だろうね?」
「大室という奴が今の名義なんで、連絡来たらよろしくお願いしますね。岩上さんに迷惑が掛かるような事は無いので」
池袋のインカジなんて、まったく接点無いけど何の用だろうか?
携帯電話が鳴る。
知らない番号から。
島村の言っていた池袋の大室だろう。
「はい、岩上です」
「あ、岩上さんですか。はじめまして、島村から紹介された池袋の大室です」
「はじめまして、私に用がとは?」
「一人…、聞きたい男がいまして」
「男? 何でまた?」
「んー、簡単に状況言いますと、岩上さんて本を出されて、格闘技の試合まで出ていますよね?」
何だ、初対面なのにこの唐突な質問は?
まあ島村からの紹介だ。
仕方ない。
「ええ、そうですが、それが何か?」
「うちに萩元という従業員が働いていたんですね。二年近くいましたが、先日責任者になって、たまたまうちの店が売上できて、事務所へ五百万持って行かせたんですよ」
一円レートのゲーム屋では、一日でせいぜい作れて数十万の売上。
やはりインターネットカジノは、掛け金の桁が違うのでそれだけ利幅も凄い。
大室は話を続ける。
「そしたら萩元の奴、五百万持って店を飛んだんですよ!」
「それは大変でしたね…。でも、その件と自分が、何故関係しているのですか?」
「飛ぶ前ですが、うちの店に萩元が岩上さんの本を持ってきて『社長、岩上さんって知ってますか? この本の作者で歌舞伎町にいた人なんですよ! 本を出したあと、総合格闘技の試合にも出ているんですよ。凄くないですか』といつも言っていたんです」
萩元……。
まるで記憶にも無い人間である。
「んー、確かに本も出したし、試合にも出ました。ただ、その萩元でしたっけ? 自分はそんな人間は知らないてすよ?」
「え? 萩元はいつも岩上さんとはマブダチで、よるつるんでいるって……」
「冗談じゃないですよ!」
そんな五百万を持ち逃げした奴なんかの濡れ衣を着せられたら、溜まったもんじゃない。
「本当に萩元と知り合いでは、ないんですか?」
「しつこいですね。本当に知らないと言っているでしょ」
危なくとんでもない件に巻き込まれるところだった。
島村の奴め、一言くらいちゃんと説明しろよ……。
『ボヤッキー』へ出勤すると、ペアシートに藤村ともう一人の男、そして折り畳み椅子に美形の女性客がいた。
早番の責任者の山本が、俺に近付き「岩上さん、あの子知ってます? AV女優の優希まことですよ!」と小声で囁いてくる。
「そうなんですか。俺、全然AVとか見てないんで」
「明石家さんまが、これまで会った女ベストテンに入っているんですよ!」
「いやいや、山本さん、興味無いんでどうでもいいです……」
芸能スクープとかが好きそうな山本は、興味を示さないオレにたいし残念そうな顔をする。
着替えていると、店長の吉田が出勤してきた。
「あ、岩上君。昨日さ、君島いるじゃない」
「ええ、女性スタッフのですよね」
「そーそー、今日は休みでいないけど、昨日野沢がさ、君島にこの店の中で誰が一番タイプか聞いててさ。あいつ、君島に気があるからね」
「へえ、そうなんですか」
「それで店の中でタイプって言ったら岩上君の名前を出したんだよ」
「あらら、それは光栄ですね」
「そしたら野沢、納得いかないみたいで君島に何でとかしつこく聞いている訳よ。それで芸能人だとって話になって、高田延彦って答えたらさ」
高田延彦…、俺の嫌いなレスラー。
プライドの裏プロデューサーの百瀬を思い出す。
かつて俺にプライドへ出ろと打診してきて、ただセンスだけで総合格闘技の技術が無いから、高田延彦の高田道場で学べと行ってきた相手。
高田延彦が嫌いだから行かないとオファーを断ると、誰に口を利いているんだと恫喝。
このままだと上がるリングが無くなるぞと脅しされた。
当時『ワールドワン』で金を稼ぎ、困ってなかった俺は圧力に屈しなかった。
「自分の価値を上げて、またもう一度リングへ上がりますから」
俺はそう百瀬へ向かって宣告した。
『新宿クレッシェンド』全国発売の四日後、俺は総合格闘技DEEPのリングで復帰。
ただ、その前に百瀬は亡くなっていたようだ。
最近新宿と川越の往復と十二時間の勤務で、トレーニングする事がほとんど無くなった。
ぎーたかへ宣言したリングへの復帰。
この現状では難しいかもしれない。
「あれ、どうした? 岩上君?」
「いや、ちょっと過去の因縁を思い出してまして……」
「それでさ、野沢の奴、それを聞いて余程悔しかったんじゃねえの。君島さんはデブ専だとか抜かしてたよ」
吉田はそこまで話すと大笑いしている。
「あのクソ野郎…。砂掛けジジイみたいな面して、何がデブ専だ」
俺が呟くと、吉田は「確かに砂掛けジジイに似てるわ」とさらに大笑いしていた。
仕事中、AV女優の優希まことに呼び止められる。
「あ、お兄さん…。ちょっと食べ切れないんで、良かったらこれ、食べて下さいね」
箱に入ったお菓子をもらう。
見ると苺にチョコレートをトッピングしたような豪華なお菓子。
「これ一つで六千円したんですよ」
そう言って優希まことは微笑んだ。
みんなのところへ持っていくと、さすがに人数分は無いので取り合いになる。
特に甘いものを好まない俺は、その様子を傍観した。
夜中の三時を過ぎているのに早番の山本はまだ帰らず、他の従業員たちとお菓子の取り合いをしている。
さすがに吉田が「山本、邪魔だから早く帰れ」と怒鳴りつけ、そこでようやく山本は、寂しそうな表情で店を出た。
明日というか、もう今日か。
こんな三時過ぎに家へ帰り、朝の七時にはまた出勤。
本当に山本という男は変わっているというか、何を考えているのかまったく理解できない。
君島が俺をタイプだという情報。
あの子、結構可愛いしなあ……。
俺って何か、いつも心がすぐ揺れ動いていないか?
ひょっとして俺って惚れっぽいのかな……。
変にこっちから声を掛けて拗れたら、今後働くのが面倒臭くなる。
もし向こうから声が掛かってくるようなら、その時考えればいいか。
番交代で君島とすれ違う際、妙にソワソワする自分がいる。
百合子と別れてから、本当に女関係悪くなったよな……。
群馬の先生も、愛に苦しむとかそんな事だけ当たっているから質が悪い。
もっとこう動けばこうなるとか、細かい事をアドバイスしてくれたらいいのに。
まあ二時間三千円でやっているのだ。
あの先生には文句を言えないよな……。
そんな最中、番頭である高島から仕事中外へ呼び出される。
場所は面接で使った喫茶店クール。
わざわざ仕事中に呼ばれるなんて、何の用だろうか?
「高島さん、お待たせしました」
「ああ、岩上さん。仕事中すみません」
「話って何かあったんですか?」
「面接の時、新店を出すから今の『ボヤッキー』に人をたくさんいれてあると、伝えたじゃないですか」
「ええ、そうでしたね」
「それで新店には猪狩と鈴木が責任者として行くのですが、そこへ岩上さんも行ってほしいと思いまして……」
新しい店へ俺が……。
歌舞伎町へ再び戻って一ヶ月が経つ。
ゲーム屋時代を思い出す。
初めての店が西武新宿駅前にあった『チャンプ』。
一度あの系列を辞めてまた戻ると一番街通りの『エース』。
しかし家賃がかなり高かった『エース』は解体。
それから『チャンプ』の三軒隣の『プロ』が生まれた。
俺はあの店でいきなり二番手になったのだ。
こういう新たな店ができる時は、それなりのチャンスがあるはず。
このまま『ボヤッキー』へ残ったところで、あの店は人数が多過ぎる。
俺以外の人間すべてが先へ入った人ばかり。
新店に賭けたほうが賢明だろう。
「前向きに検討させて頂きます」
「ありがとうございます。店長の吉田君が岩上さんを持って行くのは駄目と止められていたのですが、本人の希望も聞いておきたかったので……」
吉田が俺の放出を止めた?
評価してくれる気持ちは有り難いが、あそこにいると俺は一番下のまま。
新しい店に賭けたい気持ちのほうが断然強い。
話が終わり、ヤキモキした状態で店へ戻った。
「根間からの話って、新しい店の話でしょ?」
店長の吉田が早速聞いてくる。
「根間って誰ですか?」
「あー、高島だよ、高島。根間が本名。高島は偽名なんだよ」
「あ、そうだったんですね。確かに新店への誘いの話でした」
「岩上君はこの店にいたほうがいいと思うよ。新しい店だと、色々また面倒多いだろうし」
番頭の根間は来てくれ、店長の吉田はここにいろ。
真逆の二人の意見。
昔のゲーム屋で例えるなら、番頭の佐々木さんと店長の俺の意見が割れた形か……。
この場合、俺が吉田の立場なら、役に立つから店へ置いておきたいと思うので止める。
一方番頭な立場でいえば、新しい店を成功されたいからこそ。
このまま『ボヤッキー』で吉田に気に入られた形で働き続けるか。
もしくは新店へ行けば、いきなり二番手辺りの立ち位置になる。
俺は再び新宿へ復活したのは、金を稼ぐ為。
ならば媚びを売って楽な仕事より、立ち位置が変わる新しい店へ……。
「すみません…、吉田さんの意見はとても嬉しいのですが、先ほど根間さんにOKの返事を言ってしまったんですよ」
「うーん…、まあ岩上君が自分でそう決めたんじゃ、しょうがねえか。分かった、新店行っても頑張って」
こうして新宿歌舞伎町復帰約一ヶ月後。
俺はインターネットカジノ『ボヤッキー』から新店『餓狼GARO』への移動が決まった。
新店舗『餓狼GARO』の場所は『ボヤッキー』から真っ直ぐ職安通り方向へ進んだ三百メートル先にある。
セブンウイザードビル最上階の七階。
二十畳以上の広さ。
エレベータで上がり、ドアを開けると右手にホールが広がる。
入口壁沿いにトイレ。
そのまま壁伝いに行くと、奥に厨房施設。
建物自体は古いが、前の店よりは全然いい。
道を挟んだ目の前には、ホストのはしりである『クラブ愛本店』がある。
実際にオープン前の店内を見ると、ホールの広さからキッチンから『ボヤッキー』よりも三倍は大きい。
『餓狼GARO』へ行くメンバーは、猪狩と鈴木、そして俺と西浦。
あとは求人で新人を募集して一から教育していくようだ。
「岩上さんは自分と同じ遅番でやる事になりました」
店長は猪狩。
ぬぼっとした冴えない印象の男。
背は俺と同じ百八十センチほどあるが、暗い性格でボソッと話す。
元々番頭の根間とは知り合いなようで、直に頼まれてこの系列店に入ってきたと説明される。
早番は責任者の鈴木、そして二番手に西浦。
西浦は『ボヤッキー』から同じだが、短髪にメガネを掛けた細身の男。
目つきが何と表現したらいいのか、とても嫌な目つきをしている。
これまで虐げられてきたのか知らないが、いつも上目遣いで人の態度を覗き込むような目。
必要最低限以上の会話を好まず、話が盛り上げる事はまずなかった。
一度だけ、早番の責任者の鈴木が俺のパソコンのスキルに気付き「岩上さんはパソコンマスターだ」と興奮しながらすり寄ってきた事がある。
ただ単に昔のファミコンやアーケードゲームをパソコンでできるようにしてあげただけの話だが、何も知らない人間からすれば、神業に見えるのだろう。
かつての俺がそうだったように。
『ボヤッキー』にいた頃、鈴木が昔のゲームの話をしてきたので、俺はパソコンがあればできる説明をした。
鈴木はその話に食いつき翌日店へノートパソコンを持ってきたので、データを入れてゲームができるようにしてあげる。
「ゲームセンター以外のゲームも、できたりするんですか?」
「もちろんできますよ。ファミコンとかゲームボーイアドバンスとか」
「え、ファミスタは?」
「もちろんできます」
「ドラクエも?」
「ええ、できますよ」
それ以来俺をパソコンマスターと呼ぶようになり、一連の様子を見ていた西浦も「自分のもやってもらえますか」と初めて笑顔を見せながら寄ってきた。
もちろん了承したが、西浦はノートパソコンを持ってくるのが面倒なので俺にCDへデータを焼いてくれと言う。
中へデータを入れただけではゲームはできない。
設定とかもあると説明すると、西浦は面倒臭そうに「じゃあ、いいや」と興味を失ったような対応。
自分から頼んでおいて、随分失礼な奴だな。
それ以来、コイツはどうしょうもない奴だなという印象を持つようになった。
まあ早番遅番で西浦とは別れるので、どうでもいい。
かくして俺の歌舞伎町第二章は、一ヶ月経ち新しい流れに導かれる。
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