骨鬼つまりクイとはアイヌ民族を指す古語であり元朝蒙古( モンゴル)の側の呼び名だ。昔、北蝦夷地の人々は自らをカイと呼んでいた。アイヌの古老からこれを聞いた松浦武四郎は先住者に敬意を表し、1869年、蝦夷地を北海道、つまり北のカイの国と名付けた。
600年前、カイは黒竜江の蒙古軍を攻めた。そして有利な交易条件を勝ち取った。元はカイに骨鬼という文字をあてはめてクイと呼んだ。骨の鬼とは恐ろしげな呼び名だ。クイは恐ろしい面を被り森からブシ(トリカブト)矢を射て蒙古軍を大混乱に陥れたという。東北の「なまはげ」は、元を恐怖させたその名残なのかもしれない。この時代、アイヌ文化圏は蝦夷地にとどまらず広く東北にまで及んでいた。
知床の海を漕ぐと、自分がこの海に生きた人たちの、更にその末裔であることに気づかされる。世界は変わったが海は往時となにも変わっていない。今日カヤックはスポーツあるいはレジャーとして発展している。道具も技術も進歩したかに見える。しかし漕ぐのは自分だ。そこには昔と変わらない知識と経験、修練が求められる。海は人を区別せず、失敗 には手厳しく公平に応える。道具や技術、知識を過信してはならない。これは私自身に言い聞かせる言葉でもある。経験は大切だ。しかしそれは時に役立たない。だからこそ経験を積み重ねなければならない。
カヤックの事故が増えているように思う。大型のダブル艇を強風下、空舟で漕ぐのは危険だ。浮力がありすぎてやがて操船出来なくなる。いずれにせよ風は最大の脅威だ。事故に備えて携帯の電池残量に注意しろという。本末転倒だ。大事なことはもっと他にある。意見は分かれるだろうが無線やGPSを用いればスポーツとしての価値を損なう。シーカヤックは状況判断が試されるスポーツなのだ。海に安全はない。
海のカヤックはやるに値するスポーツだ。私はこの先も漕ぎ続けたいと思う。しかし老いは判断を鈍らせる。私も潮時が来ているのかもしれない。
アリューシャンに出かける前にこれを書いた。また知床を漕ぐのが楽しみだ。
ガイド 新谷暁生