神佛の加護をいただく

神佛の
ご加護をいただくには・・・
密教修行を通じて体験したことを書き続けたいと思います。

神佛の加護を求めましょう

2013年09月17日 20時16分53秒 | 秘密の教え・密教とは

闇から闇に赴く人たち。

闇から光に赴く人たち。

光から闇に赴く人たち。

光から光に赴く人たち。

 

私たち人間は生きている日常生活のなかで、悩み・苦しむことがあります。

悩み・苦しみを感じるとは、悩み・苦しみには原因があるということ。

裏を返せば、悩み・苦しみを解消する教えがあるということ。

 

とは、人間の身・口・意によって行われる善・悪の行為のこと。

因縁とは、原因と結果。縁とは、因を助けて果を生じさせるもの。

果報とは、その結果と報い。

真理に反する身・口・意の行いは、苦の原因になります。

因果の理法。自業自得。善因善果。悪因悪果。

この真実の教えを知っている人たちは少ないようです。

学校では教えてはくれませんでした。

人生の先輩である目上の人たちも、両親も、祖父母も

この教えを知っている人たちは少ないようです。

ただ、人生経験から多少の真理の欠けらぐらいは知っているようですが

自信をもって教えられてはいないようです。

核家族化の弊害でしょうか。

大人が、この教えを知らないのに

子供が、知らないのも無理もありません。

毎日のニュースを見れば分かります。悲惨なことが多すぎます。

子供への虐待、ドメスティックバイオレンス、イジメ問題、自殺する人

殺人事件、暴力行為、詐欺行為、自然災害による被害

日常茶飯事、悪いことが起こってますね。

 

これらは、人心の荒廃が原因です。

荒神経に、こう説かれております。

不信心の者には、悪事・災難、必ず来ると・・・。

 

この世の中は悪事災難の、地獄と化している部分があります。

まさしく、一寸先は闇です。明日は我が身です。

今、善くても、このことが、善いことが、ずっと続くとは限りません。

順風満帆が波乱万丈になる。

ものごとが、うまくいっているからといって、慢心してはなりません。

とかく勢いのあるうちはいいのですが

やがて勢いは、なくなってくるものです。

そうなると、弱り目に祟り目で

ますます、事態は悪化する一方になります。

 

このブログを書いている私自身、過去に経験しました。

弱り目に祟り目を、目の当たりに体験させてもらいました。

とても悩みましたし、苦しみました。

私の場合、信心が足りませんでしたし、未熟でした。

 

これは、その時、得たものです。

業・因縁果報の教えを理解して

真剣に神佛の加護を求めるべきです。

災難は、大難は中難に、中難は小難に、小難は無難に。

もし、今、直面している悩み・苦しみがありましたら

どうか、この悩み・苦しみから、救ってくださいますように

南無大日遍照金剛、と

念じ続けてください。

就寝前、起床前の布団の中でも構いませんから。

家に、お佛壇があれば、いいのですが

なければないなりに、一人になれて、静かな場所で

南無大日遍照金剛

気のすむまで、念じ続けてください。

そして、毎日毎日続けてください。

信心しましょう、信念をもって実践してみてください。

南無大日遍照金剛

悩み・苦しむ人間がいるから

救ってくださる、神佛も存在するのです。

決して、単なる気休めではなく

嘘でも、偽りでもありません。

合掌

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今ある自分を変えていく

2013年09月08日 16時35分14秒 | 秘密の教え・密教とは

信じて 念じて 行ずる 感謝の心

悩まないように 苦しまないように 神佛の加護をいただくには

信じて

南無大日遍照金剛  南無大日遍照金剛  南無大日遍照金剛

なむだいにちへんじょうこんごう

南無とは 帰命します。信じます。


大日とは 大日如来さまのこと。密教の総本尊さま。

宇宙。あらゆる存在を包容する

無限の空間と時間の広がりのなかで

宇宙いっぱいに 遍く 光り 耀く 偉大なる存在のこと。


遍照とは 宇宙に遍満する 大いなる生命のこと。


金剛とは 大生命体である宇宙は 生じたものではなく

また、消滅するものでもなく 未来永劫に生き続ける

大いなる実在のこと。

まずは このことを信じる


正身端座します。背筋を伸ばします。猫背には注意してください。

腹式呼吸で息を調えます。息を吐き切ります。そして、ゆっくりと吸います。

息を吐いては吸う。息を吐いては吸う。十回してみましょう。

心を落ち着かせ リラックスします。

次に 右の手と左の手を 胸の前で合わせます。

肩に力が入らないように 合掌します。


視線は 半眼にして 鼻先に 合掌の手の先が 見えるようにします。

合掌の意味は 南無大日遍照金剛と一体に成ること

手を合わせ 南無大日遍照金剛と一体であると

念ずるのです心に言い聞かせるのですイメージするのです

私たちの五体である身体 命 心である ミクロコスモスが

大宇宙の大生命体 マクロコスモスと一体であると。


悩み苦しみの原因

悩み苦しんでいる人にとって 自分は小さな者だ

他愛のない者 つまらない者 必要のない者だとか

勝手に考えがちですが 決して そのようなことは ありません。


自業自得 善因善果 悪因悪果 因果の理法


業・因縁の理を知らずに 自らの知識のみで解決しょうとするから

行きづまり 立ち往生してしまい 悪い方へ悪い方へと 考えを募らせ

余計に悪い結果と成るのです。


自己中心的な行動 自我中心的な考え方。


感情主体で 心に落ち着きがなく 喜怒哀楽が激しい。


責任転嫁し 自己正当化を主張 つまり 我が強いんです。


俺我 俺我 私我 私我の 我が強すぎて

自分と他人を対立させるから 区別するから 差別するから

悩み苦しみを 自ら生じさせているだけなのです。


すべての ものごとは みな因縁より生ずる

自分の因縁と 他人の因縁とが 日々の生活の中で 交錯しています。

人間 ひとりひとり 因縁が違います。

男性であり 女性であり 大人であり 子供であり

生活環境も 個人の性格も 血液型も 容姿も違います。


これら すべては因縁の現われなのです。

目の前に起こる現象 すべてが 因縁であるという道理

心から理解出来れば 心に安らぎが生まれ 悩み苦しむことの少ない

自分に成れるのではないかと。

その為には 信じて 念じて 行ずることです。

このこと自体が善因であり 善果を得る為の方法です。


神佛の加護をいただける人間に成る

信ずる心 心に真実の教えを念ずる 行をする。

他人の言動に左右されない心 執着しない心

このブログを書いている私自身、毎日実行しています。

常に 心に すべてのものごとは因縁による。

と、念じ続けています。


私の性格からして 他人の言動がとても気になって

カチンときて 感情的になり 心に 悩み苦しみが 生じました。

何で どうして そんなことをするのだろうか、とか。

何で どうして そんなことを言うのだろうか、とか。

いろいろと相手のことを 勝手に考え判断しては 妄想していました。

これは 私自身の因縁で こうなったのだと思っていました。

他人の言動が気になり 悩み苦しむ。こういう性格だから。

そこで 悩み苦しむ原因は 何であるかと 佛教書を読みあさり

苦しみの原因について 勉強しました。

そして 感情的にならず サラリと受け流すように

心がけることが大事である、と。


他人も自らの因縁で生きていますし その言動そのものにも

その人の因縁が作用しているのです。

成るように成っただけのことで とりたてて そのことで気に病むことなど

無駄な精神の浪費であること つまり そんなことは気にするなで

そのことに 執着しない考え方をすればいいと。


すべての ものごとは 因縁より生ずる。

自分と他人を対立させていた結果 自分で勝手に悩み苦しみを

味わっていただけだと 思い知らされました。

相手のことを否定するのでなくて

ただ ありのままに現実を受け入れることが大事だと

つまり それも因縁です。


このことを日々 信じて 念じて 行をすることによって

自分が未熟であるという事実

それと 他人にも因縁があるということに 気がつかされました。

他人は 単に 何気なく 行動しているのが 多いので

別に他人に どう思われていようが 関係ないのです。

つまり 無意識のうちに 自己中心的な行動をしているのです。

そんなことに いちいち 腹を立てていたら こちらの身がもちません。

まったく 骨折り損の くたびれ儲けです。

その結果 自らの心 心の受け止め方を変えるのです


真実の教えに基づいて 心のあり方 心の感じ方を変えるのです。

ものごとの見方を変える。現実の現象に対して 臨機応変に対応する。

それも 真実の教え ものごとの理を基準に変えていくのです


例えば 雨が降っている。早く止まないかな。

嫌だなぁと、思うことがありますね。

この思いは 天気のいい日が 何かと自分に都合のいいからだと

勝手に思っているだけで 天気のいい日と 雨の日と比べて

やっぱり 天気の日が好きというだけのこと。


雨の日は 何かと嫌だなぁと 思うことは

これは 因縁に喧嘩を売っているようなもので

それも 勝ち目のない 単なる愚痴です。


晴天の日があり 雨天の日があるのも 因縁なのです。

雨の日には 雨の日なりの楽しみ方がある。それを見つける。

雨が降っても 有り難いと。


それに 一滴の雨も降らずに 晴天ばかり続いていたら どうなるでしょうか。

水不足になり 取水制限ともなれば 不自由するのは私たちです。

すべてのものごとには つながりがあるのです。


南無大日遍照金剛と。信じて 常に 心に 念じ続ける

この行いをすることによって ストレスを解消して

日々 心安らかに 気持ちのいい毎日を過ごせますように。

神佛の加護をいただく。

まずは 感謝の心を 育んでください。

合掌

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

諸行無常(しょぎょうむじょう)

2013年09月05日 21時04分46秒 | 秘密の教え・密教とは

生命のある私たち人間は この地球という現実の世界で 生きています。

人間以外の生き物も また 然りです。 これは否定の出来ない事実です。

この我々の住む 地球自体も 生きている存在です。

そして 移り変わっていくのも事実です。 一日一日と変化しています。

晴天の日もあれば 曇りの日もある。

雨が降る時期もあれば 雪の降る季節もある。

台風が発生すれば 勢いを増し やがて衰え 終息する。

時計も電池が続く限り動いて 時を知らせてくれます。

電池の寿命が尽きれば 止まってしまう。

腕時計。それもソーラー電波時計。便利になりました。

太陽の光を受けて充電されて 時を刻み続けてくれます。

使っていれば 傷もつき 故障もするかもしれない。

壊れるという可能性も秘めている。

我々の身の回りにある家電製品 次々と新製品が開発され

性能が良くなり 使い勝手が向上してと 進化しています。

省エネにも貢献してはいるが 使い続けていれば 古くなるし

性能も低下 使用に耐えられなくなると やがて壊れてしまう。

パソコンも進化していますね。十年ひと昔 過去のと 今のとでは

明らかに姿形も違うし 機能も充実していますし セキュリティも然りです。

自動車も その通りモデルチェンジが施され

スタイルも時代と共に変化しています。

燃費の向上 乗り心地 安全性 耐久性と

善い点ばかり目につくが 反面 リコール問題と不具合もある。

善い面もあれば 悪い面もある。長所があれば 短所もある。

形あるものは壊れる。事実 その通り。

赤ちゃん。可愛いですね。ハイハイ出来るようになり

おぼつかない足取りで歩けるようになり 二歳 三歳と成長し続けて行く。

言葉を覚えるようになり 幼稚園 小学生 中学生 高校生 大学生 社会人と

やがて親に成り 年老いて そして 死を迎える。

変化している。変化し続けている。

学校で歴史を学ぶ。過去にいろいろな時代があった。

その時代に生まれ 生きて 死んでいった人間が たくさんいた。

その時代に生まれ 歴史の表舞台で活躍した人間もいれば

その反対に ひっそりと歴史上知られることもなく

生まれ 生きて 死んで行った その他大勢の人間たち。

人の生き死にと同様に 時代も移り変ってきた。

東から日が昇り 西に没して行く 連続した現象が続いている。

が、一日として同じ日は存在しないのも現実であり 事実。

夜空には 満天の星空。中秋の名月。満月のお月さま。

宇宙。無限の宇宙。何となく神秘的な 未知の世界。

この宇宙も生きている存在。

そして 人間には 心があり 命があり 生きている存在。

それと同じく 宇宙にも 地球にも 心があり 命があるということ。

生まれたからには 必ず 死を迎えるという現実。

親死に 子死に 孫も死ぬ。死なないという例外はない。

これは必然の理。ものごとには理がある。

可愛いペット 動物 植物 昆虫 魚も

この世にある おりとあらゆる生命を持つものは やがて 死んでしまう。

人の世は 生まれ変わり 死に変わりしている 現象世界。

人間の身体も 日々新陳代謝している。

花の種を大地に播かなければ 花は咲かないし

条件があって 咲くまでには 時間を要する。

桃栗三年 柿八年。実を結ぶには時間がかかるということ。

休日 レジャーで出かける。目的地に着くまで 乗り物で行くことになる。

時間がかかりますね。自宅から遠くに行けば行くほどに時間を要する。

その反面 ケータイ電話。相手と話がしたい。

掛ければ繋がりさえすれば 通話可能になる。

便利機能満載ですが バッテリー切れには要注意。

テレビもスイッチさえ入れれば 見れるようになる。

そんなに待たなくても 映像が映し出される。

もちろん 条件が整っていればの話。

電源 アンテナ テレビ局等 それらに関係のあるものが

あるいは それらに携わる人たちが関係してくる。

どれかひとつでも欠けていたら どうなるのでしょうか。

自動車を生産するには 開発設計の段階から 数多くの部品が必要であり

生産ラインがあり 機械工具があり そこには働く人たちがいて

働く人たちの労力もプラスされ 順番に組み立てられて

やがて自動車として完成するに至る。

ガソリン エンジンオイル等 必要なものが 全て揃ってこそ

ひとつになってこそ ひとつひとつが支えあってこそ

自動車としての価値が生じて 生きてくるのです。

 

間も また 然りです。

 

以上 長々と当たり前のことを 書き連ねましたが

佛教の教えを 佛教語を使わないようにして

解りやすく 書き記したつもりです。 

合掌

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

加護をいただく為の実践方法

2013年08月09日 17時52分58秒 | 秘密の教え・密教とは

教えを信じたならば、実行しましょう。

自業自得。

善因善果。

善いことをすれば、善い結果が得られる。

 

まず、一日のうちで一人になれる時間をつくることです。

とりあえず、机の前に座りましょう。

この時、背筋は伸ばし、肩の力を抜いて、

両手を胸の前で合わせます。

顎を少し引き気味にして、

鼻先に合掌の手の先っぽが見えるようにします。

目は半眼にします。薄目を開けている感じです。

 

次に、息を吐きます。ゆっくりと息を吐きます。

この時、腹式呼吸をします。

息を吐くときには、お腹がへこんでいくようにします。

今度は、息を吸います。ゆっくりと息を吸います。

この時は、お腹が膨らむようにします。

 

人間は肺で呼吸をしていますが、

お腹で呼吸をしているように、意識してください。

息を吐きながら、お腹がへこんでいく。

息を吸いながら、お腹が膨らんでいく。

これを、十回は続けてみてください。

息を吐いては、吸う。息を吐いては、吸う。

 

次に、心の中で、

無大日遍照金剛

なむだいにちへんじょうこんごう・・・と、唱えてください。

南無大日遍照金剛

南無大日遍照金剛

 

時間が許す限り、自分の気のすむままに、

心の中で心を込めてお唱えするのです。

たとえ五分でも十分でも続けてみてください。

 

耳栓をすると、より集中することができます。

 

このようにして、自分の心と向き合うのです。

自分に親しむのです。

 

始めたからには、一日一回でもいいですから

毎日毎日、続けてみてください。

 

その日、嫌なことがあったならば、そのままにせず、

姿勢を正して合掌する。呼吸を調えてから、

南無大日遍照金剛・・・と心の中で唱え続けてみる。

 

その嫌な気持ちを、解消するようにしてください。

身心がスッキリできれば、それがお蔭です。

 

合掌

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

問題は自らの心にある

2013年08月07日 18時16分38秒 | 秘密の教え・密教とは

人間には心があります。そして、命が宿っております。

 

自分にも心があり、そして、命が宿っております。

他人にも心があり、そして、命が宿っております。

 

心は命であり、命は心でもあります。

 

心を、ないがしろにしては、ならないのです。

そして、他人の心も、ないがしろにしては、ならないのです。

自分の命も、他人の命も、また、同じ心なのです。

 

では、心とは、どのようなものなのでしょうか。

心という字は、バランスで成り立っています。

こころは、コロコロ、コロコロと心変わりをします。

 

まずは、自分の心と向き合うことです。

自分の心に親しむことです。

そして、心を育てること。心を成長させることが必要です。

 

お一人、お一人に、ご本尊さまが寄り添っておられます。

信じてみる。信じる心。ご本尊さまの存在を信じる。

そして、ご本尊さまが救って下さることを、信じることです

 

心に信心を持つことにより、ご加護がいただけるのです。

このことを常に心がけるのです。心構えが必要です。

 

ご本尊さまは、そのことを見ておられます。

そして、ご本尊さまによって、善き方向へと導かれて行くのです。

 

合掌

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神佛の加護をいただくには

2013年08月05日 19時40分59秒 | 秘密の教え・密教とは

聞くは一時の恥。聞かぬは、一生の損。

 

佛法僧の三寶のみ名を聞くことがなければ、一生の損失なのです。

 

神佛の加護をいただくには、

先ず、佛法僧の三寶に帰依することです。

 

南無帰依佛  なむきえぶつ

南無帰依法  なむきえほう

南無帰依僧  なむきえそう

 

とは、真言教主の大日如来さまを信じます。

佛教の開祖である釈迦牟尼佛陀さまを信じます。

 

とは、大日如来さまの教えを信じます

釈迦牟尼佛陀さまの教えを信じます。

 

とは、正法を護持する佛教教団を信じます。

 

神佛のとは、佛法守護の諸天善神さまをいいます。

 

悩み苦しみから解放されるには、

ご本尊さまを信じる心で、

南無大日遍照金剛  なむだいにちへんじょうこんごう と唱える。

 

信ずることによって、ご加護がいただけるのです。

 

今の現状を、変えることができるので、

決して、悲観にくれることはありません。

そのために、ご本尊さまの存在意義があるのです。

 

大日如来さま、遍照金剛さまに帰命いたします。

 

南無大日遍照金剛  南無大日遍照金剛  南無大日遍照金剛

 

一人では心もとないので、

ご本尊さまを心のよりどころに

心の支えになっていただくのです。

 

このことが善因であり、そして、善果となるのです。

 

そして災難は、大難は中難に、中難は小難に、小難は無難にと・・・

 

自業自得。このことをよくよく考えてみますと、

自らの心がけ次第で、どのようにでもなるものなのです。

 

合掌

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご加護をいただく方法とは

2013年08月04日 18時17分10秒 | 秘密の教え・密教とは

初めまして、善行院 (ぜんぎょういん) 雄徳 (ゆうとく) と申します。


密教の修行体験で得られたことや、佛教用語を分かりやすく読み解き、

実践の仕方などを書いていきたいと思います。


どうぞ、よろしくお願いいたします。


それでは、

神佛の加護をいただく・・・ブログを始めさせていただきます。    合掌

 

その方法とは・・・


神佛の加護をいただくには、


神佛の加護をいただけるような、人間になればいい。

神佛の加護をいただけるような、生活をすればいい。

 

なぜ、悪事や、災難や、不幸な目に遭わなければならないのでしょうか。


それは、

自我中心的な考え方や、自己中心的な行為であり、行動なのです。


感情主体    常に感情的であり、感情に流されている。


責任転嫁    悪いのは、すべて他人のせい、世の中が悪いせいにする。

素直に謝れないことや、素直に感謝できないこと。

自分に原因があることを知らない。あるいは認められない。

 

先ずは、ものごとの道理を知ることです。


自業自得

自分自身の行った行為の結果は、自分自身に返ってくる。

これが、ものごとの道理です。


悪因悪果

我、今現在、受けるところの苦しみ、あるいは災難は

過去あるいは過去世において、悪いことをした報いであり、結果なのです。


善因善果

あるいは、我、今現在、受けるところの楽しみ、喜びは

過去あるいは過去世において、善いことをした報いであり、結果なのです。


佛教の教えは、業因業果の教えです。


諸の悪を作すこと莫れ

諸の善を行い奉れ

自らのその心を浄くする


神佛の加護をいただくには、どうしたらよいのか。

神佛の加護をいただくには、どうすべきなのか。


南無帰依佛  南無帰依法  南無帰依僧


善い結果を得るための、最初の一歩になります。


合掌

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする