銀座平野屋女将日記

銀座平野屋210年のあゆみと老舗女将の嫁日記

極小世界ー昭和の匠2-

2017-11-20 | 日記

先日11月10日のブログ「極小世界―昭和の匠-」の続編です。




「昭和の根付師」小野沢昌山(本名 三昌)は大正11年1月21日、東京の両国に生まれました。
父親は「賢谷」の号を持つ根付師でした。

『小さいころから手先が器用で、父親の仕事ぶりを見ては紫檀、白檀のあまりで小箱などを作った。(朝日埼玉)』

13歳で修行のために浅草駒形橋の木箱屋に住み込み20歳まで働きましたが、修行の間、技術は兄弟子を上回ったそうです。
仕事の合間には、木場の材木屋から入手した白檀や紫檀などの材料や象牙を使って印籠の根付を作り、木場の旦那衆に買ってもらったこともあったとか。


(後年制作された印籠の根付。(左)堆朱の印籠。約1.5cm。小さな根付部分に象牙をはめ込んである(中)秋草の印籠。白檀。約2cm(右)白檀の印籠。根付に堆朱。約2cm)

また、自分の技を磨くべく各地の職人を訪ねる旅を重ねます。
『自分にいい腕を仕込ませてくれるいい親方に巡り会うため(現代の匠)』という目的だったが、頼れるものは自分しかいないということがわかり、自分のやり方を追求していきました。


修行後、実家に戻るが軍需工場で機関砲を作ったそうです。
新潟に疎開した時、製材所での作業中に左手親指の第一関節の中央から切断しそうになりました。
『生き返った指を見て、根付への情熱が燃え上がったのです(朝日埼玉)』
終戦後、根付を彫ったところ進駐軍に注目され肉やウイスキーを大量にもらったことありました。
『自分の特技は日本文化とつながっていることを知りました(朝日埼玉)』


昭和29年に埼玉県出身の宇多子さんと結婚し与野市に移り住むようになります。
夫人は根付に欠かせない組みひもの技をもっていたので、色を染めたり、糸を付けるなどして協力するようになりました。



『「大きなものは誰にでもできる。人の出来ないことに挑戦したいんです。見る人を極小世界に閉じ込めたいんです」(朝日埼玉)」


(「瓢箪」本体は象牙。約3cm。中から小さなサイコロと約3mmのミニ瓢箪が5つ出てくる。瓢箪が計6つなので「一切無病(=六瓢・むびょう)」。ねじ込み部分の細かさに驚かされます)


(「栗」一つが1cm以下。ほぼ原寸大)

作品はほとんど銀座や新橋の有名小間物店や呉服屋に納入され、銀座平野屋もその納入先の一つでした。

作品を納めに銀座平野屋に来た時、彼に一つの出会いがありました。

その話はまた次の機会に。。。



【参考文献】
「さいたまグラフ(昭和58年4月発行) 小さな美もとめてー埼玉に生きる」根付師 小野沢昌山」
「朝日新聞埼玉版(昭和57年10月16日)
「現代の匠 中村雄昂 角川選書169」
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まもなく冬のバーゲン♪

2017-11-17 | 催事

銀座平野屋 本店では、ただ今11月27日(月)からの
冬のバーゲン
の準備の真っ最中です。

今回のバーゲンでも銀座平野屋オススメ商品を多数取り揃えております。




牛革パッチワークバッグ」(上)「牛革パッチワークポシェット」(下)は上質な牛革をパッチワークにした上品なバッグで、

牛革の様々な表情が見られる、持っていてウキウキするようなバッグです。

地方の催事でも出品いたしましたが、人気の高い商品です。




牛革軽量バッグ」は上質な牛革をモダンに彩色にした軽量で、たっぷり収納できるおしゃれなバッグです。

この他にも人気商品を多数ご用意しております。



通常価格よりもお求めやすい2割引〜の価格になっております。

また、あわせてHP上でもインターネットバーゲンを実施致しますので

この機会に是非ご利用下さい。(在庫がなくなり次第終了です)



銀座平野屋本店にてスタッフ一同、皆様のご来店を心よりお待ち申し上げます。
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極小世界ー昭和の匠ー

2017-11-10 | 日記

先日、このブログでご紹介した銀座平野屋の「小っちゃい!」もの。

ブログをご覧頂いているお客様から是非記事の続きをとのご要望が多かったのに驚きました。
写真の整理も済みましたので、今日はその続きです。




瓢箪が6つ。「無病息災」です。いずれの瓢箪も2cmで、手のひらにちょこんとのるサイズです。

材質は象牙、堆朱、白檀。
そして紫檀、黒檀、鉄刀木(たがやさん。仏壇や三味線の駒に使用される為、非常に重く硬い木)で作られた瓢箪。
これらの木は非常に硬い為、細工も難しいのです。

こんなに小さな作品が生まれるには確かな技術がなければ表現不可能です。

この瓢箪の根付や、先のブログで紹介した小さな作品を作った人物。

それは小野沢昌山(おのざわしょうざん)という、繊細工芸の最後の職人です。
彼は銀座平野屋に出入りの根付師で、作品を納めていました。


(「さいたまグラフ」より)


写真にもありますが、小野沢昌山の仕事場の写真には多くの道具が写っています。
彫刻刀だけでも4、50本以上あるでしょうか。
硬い象牙を切るカナノコが数十本、細竹とひもを組み合わせたろくろ(小さな穴を開けるための道具)。
使い込まれた道具は昌山自らが作ったものも多かったのです。



「朝日新聞埼玉版(昭和57年10月16日)



平野屋で今も語られている昌山のこんなエピソードをがあります。

道具作りに欠かせない鉄は、砂鉄を集めてフイゴを吹いてつくって作るのですが、
昌山は馬蹄形磁石を自分の腰に紐でくくりつけ、海岸を歩いて自ら採取し、
鍛治仕事をして彫刻刀を作成したと昌山自ら話してくれました。

また材料の堆朱をもらいに会津に行った時のこと。
山道を歩いていたら夜になってしまった。提灯の火を灯して暗い中をとぼとぼと歩いていたら、
なんとバケモノみたいなものが出てきて、慌てて逃げ出したこともあると。
ユニークな人柄を感る話だと思いませんか

最高のものを作り上げるには、まず最高の道具と素材から求めたということなのでしょう。

彼の並々ならぬ熱意を感じられるエピソードだと思います。

(破魔矢。堆朱・象牙。約2cm。)

(「寿」堆朱・象牙。約2cm)

(「赤べこ」約2cm。首が動きます)




素晴らしい極小の世界を表現した小野沢昌山とはどんな人物だったのか。

その紹介はまた日をあらためて。。。


【参考文献】
「さいたまグラフ(昭和58年4月発行) 小さな美もとめてー埼玉に生きる」根付師 小野沢昌山」
「朝日新聞埼玉版(昭和57年10月16日)
「現代の匠 中村雄昂 角川選書169」

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