最近見つけた講談社学術文庫の一冊「続・絵で見る幕末日本」(エメェ・アンベール著、高橋邦太郎訳、2006)。幕末にスイスの特命全権公使として日本にやってきた著者アンベールが通商条約締結の18ヶ月間滞在し、その間に見聞したいもろもろを絵を交えて紹介している。見ていて、実に楽しい。なお、スイスの時計が盛んに輸入されるようになったのは彼らの功績らしい。
なるほど、幕末にはこのように海外との交渉が盛んになり、それに忙殺されていた幕府役人も多かったことだろう。「幕府を倒せ~!」などと叫んでいる連中とまとも対峙しているわけにはいかなかったに違いない。こうなると守る方は弱い。
それはさておき、第十三章「江戸の市」では、
祭礼から祭礼へと、江戸の庶民はあわただしく暮らしているが、その間にも、数多い娯楽や遊びを考え出している。定期的なものもあれば、年中休みなくやっているものもある。
という書き出しで、芸人、相撲、芝居、曲芸、曲馬、力持ち、手品などのの興行から、武士のための馬場、弓技場があったこと、茶屋のこと、寺社仏閣への参詣、大道での物売り、果ては「好奇心の強い連中が立体鏡(覗き眼鏡)で、ヨーロッパの警察では禁じているようなものを見ている」ようなことまで実によく観察し、描写している。幕末から70~80年はこれと同じような光景が見られたように思う。
山下の大きな広場に近づくにしたがって、群衆の数はふえてゆく。歩道には、竹と葦簾でつくった仮小屋が所狭しと並んでいる、その他、あちらこちらに散らばって、特殊な商人が店を出すが、彼らは群衆にぐるりと取り巻かれて、人垣の中で商売をしている。中でも、庶民的な天文学者とか、社会の出来事を印刷した瓦版や新聞を並べて売る商人などが目につく。天文学者は、彼を囲んだ見物人にすばらしい天体を面白おかしく並べ立て、この長い望遠鏡で眺めると、どんなに神秘的であるかを吹聴し、きわめてわずかの見料さえ払えば、太陽、月、星など見たいと思うものは見られる、と口上をいっている。
欧米でも同じように大道で天体を見せることを業としていた人たちがいたことを何かで読んだことがあるが、江戸末期の江戸ではこんな人がいたのである。実際、商売として成り立っていたのか、心もとないところがあるが、庶民にも望遠鏡が出回るようになっていたことは間違い。1800年頃の文化文政時には全国を巡業する天文家もいたようだから、幕末にこうした人たちがいたとしてもおかしなことではない。
政治の上では、攘夷だ、いやいや佐幕だ、とやっていたかも知れないが、文化的にはすでに開明されていたわけで、今日まで続く文物、風俗が用意されていた。恐るべし江戸時代なり、だ。
(星学館、2022.2.25.)
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