話の種

新聞やテレビ、雑誌などで、興味深かった記事や内容についての備忘録、感想、考察

町名の読み方(「ちょう」か「まち」か)

2023-05-18 14:29:56 | 話の種

町名の読み方(「ちょう」か「まち」か)

先月の朝日新聞の夕刊に次のような記事があった。

「ちょう」or「まち」、あなたの町は
西日本は「ちょう」が優勢、境目は長野・山梨

北海道を除く東日本は265町のうち、「まち」は222の多数派だ。西日本では349のうち「ちょう」は295あり、圧勝だ。北海道は例外的に、森町(もりまち)以外の128町全てが「ちょう」だった。

 両方の読み方が共存する長野と山梨の両県が、読み方の境目になっている。全国では「ちょう」が466町、「まち」は277町で、「ちょう」が優勢だ。

各地方の傾向
      ちょう  まち
北海道     128       1
東北       25     91
関東      0    92
中部     62   40
近畿     87    0
中国     48    1
四国     50    0
九州・沖縄  66   52

なぜ、読み方が東西で分かれているのか。
記事の中では次のような可能性を推測している。(要旨のみ記載)

1.現在の市町村制が施行された1889(明治22)年以降、江戸時代に使われた「まち」と区別をするために、「ちょう」と読む自治体が出てきた可能性。その後、何らかの理由で、西日本側で「ちょう」が広がった。東日本は、江戸幕府の直轄領が多かった名残で「まち」を維持する自治体が多かった可能性が考えられる。

2.各都道府県庁が、「まち」か「ちょう」に統一するように、各自治体と調整した可能性だ。その際、近隣の都道府県での読み方に合わせようとしたという説。

以上は朝日新聞の記事からで、この記事はウェブサイトでも見ることができるが(分布図もある)、有料記事となっているので、見れない方は次の「市区町村雑学」で分布図、分布内容を見ることができる。(より具体的に書かれている)

朝日新聞デジタル(有料記事)
「ちょう」or「まち」、あなたの町は
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15623677.html

市区町村雑学
「まち」と読む町、「ちょう」と読む町
https://uub.jp/zat/machicho.html

(参考)

東京の中央区には浜町、人形町、小伝馬町など「ちょう」と読む所があるが、これは地方自治体の基本単位である市区町村ではなく、市区町村の一定の地域、つまり下部に位置する地名なので、行政単位としての市区町村とは異なる。
ちなみに中央区では先に述べたように~町という地名はまだ残っているが、私の住む墨田区は~町という地名は無くなり、例えば「錦糸町」は駅名としては残っていても地名は「錦糸」で「町」が無くなってしまっている。(錦糸~丁目と表記される)
(隣の江東区では唯一「門前仲町」が残っているが、町を取ってしまったらおかしなことになってしまうということだろうか。墨田区の錦糸というのもあまりしっくりこず、似たようなものだと思うが。)


(追記)

「話の種」として、このような軽い話題については、私のホームページに掲載したものもいくつかあるので、暇があればご覧ください。

「話のタネ」
http://www6.plala.or.jp/massy3/hima/hanasi.html

 

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社会の閉塞感と同調圧力

2023-05-15 16:10:52 | 話の種

社会の閉塞感と同調圧力

朝日新聞に「みる・きく・はなす」というコラムがある。
年に1-2回の掲載だが、今年の春号にはNHK「クローズアップ現代」の元キャスターだった国谷裕子さんの評論があった。表題は「抑圧され、はびこる萎縮」「強調される自己責任、声上げる人へ矛先」となっている。

この記事の中で印象に残ったのは、「社会の閉塞感」「同調圧力」ということで、このことは私が常々問題意識を持っていたテーマでもあったので興味深かった。

「社会の閉塞感」ということについては、既に定年退職し気ままに暮らしている私にとっては直接どうとこうということはないが、つまらない世の中になったなーという気持ちはある。
この閉塞感を抱いているのはむしろ若い世代に多いのではないだろうか。

何故このような世の中になってしまったのだろうか。

これについて国谷氏は次のように述べている。(要点のみ記載)

「バブル崩壊後何が一番変わったかというと、経済的価値が優先され、人間がコストとして見られるようになったということです。求められるのは即戦力。公共サービスは縮小され、非正規雇用は増えていく。競争こそが経済成長を生み出すとされ、手薄なセーフティーネットを埋めるかのように強調されたのが自己責任、自助努力です。」

「もう一つの変化は効率性の広がりです。コスパにタイパ。物事は複雑なのに、時間がないから深く考えることをやめてしまい、多数派にくみしてしまう。」

「世の中が分断され、入手する情報は自分の感情に寄り添うものばかりになっている今、異質な人や考え方に出会う場を提供する報道の役割は大きくなっています。そして同調圧力が強まるなか、社会に届きにくい小さな声を伝えることを、忘れないでほしいです。」

近年、昭和時代に憧れる若い人たちが増えているようだが、確かにこの時代は経済成長期で自由度も高く、1980年代のアイドル達の歌やファッションが好きと言う現代の若者たちも少なくない。

そして「同調圧力」だが、これは若者世代に限らず様々な場面で見られる。
これは日本人の国民性にも由来するものかとも思うが、加えて近年ネット社会が広がり拍車がかかってきたように思える。
中でもスマホとSNSの普及により、一人でいると落ち着かない、仲間外れになるのが怖いというような若者たちが増えているようである。

朝日新聞に「タイパ社会」「気づけばスマホの奴隷」と題した記事があった。
この中で、スマホやSNSにはまってしまった若者たちの次のようなコメントが紹介されていた。

「正直疲れているんですよね」
「本音を言うと、スマホがない時代に生きたかった」
「世間が許してくれない。同調圧力のようなものが強すぎる」

ところで、同調圧力と似たようなものに「空気を読む」という言葉がある。
この空気を読むというのは曲者で、必要なときもあれば凶器にもなりうる。

脳学者の中野信子氏の著書に「空気を読む脳」(講談社+α新書)という本があるが、この本の紹介文の中で次のような箇所があった。

「相手の気持ちを察するのがうまい日本人。それを「空気」を読むといいます。それは、すぐれた協調性、絆の深さ、恩や恥を感じる心にもつながるでしょう。
でも逆に、周りの空気が私たちに、「生きづらさ」や「不安」「忖度する心」「バッシングの快感」といったものを生じさせる原因にもなります。
近年苛烈さを増すバッシングは、「人を引きずりおろす快感」や「ルールを守らない人間を懲らしめたい欲求」という空気です。」

ネットを見ていると、日本人は「他人に対する敬意が凄い」「人を気遣う姿は美しい」など、多くの外国人が述べているが、これは長年に渡り日本人社会の中で培われてきたものであろう。
これらが失われないような社会であることを願うばかりである。

 

(参考)ネット検索による言葉の説明

「閉塞感」とは、“自らを取り巻く状況を何とか打開しようと試みるものの、その状況を打開できずもがき苦しんでいる状態、先行きの見えない状態”と定義できる。 不透明な社会や未来に対し、多くの人々が「閉塞感」を感じている。

「同調圧力」とは、少数意見を持つ人がいる場合に、多数意見に合わせるよう暗黙のうちに強制するということ。

「空気を読む」とは、その場の雰囲気を察すること、暗黙のうちに要求されていることを把握して履行すること、などを意味する表現。

 

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人類の進化とウィルス

2023-05-13 23:13:02 | 話の種

[人類の進化とウィルス]

NHKのドキュメント「生命大躍進」という番組を見たが非常に興味深いものだった。

人類の進化にはウィルスも大きな役割を果たしているということで、人のDNAの一部はウィルスに由来しているという。

(ウィルスというのは人(動物)に悪さをするばかりで、なんでこんなものが存在するのかと思っていたが、この事は目からウロコであった。この世に存在するもので無意味なものはないと言うが、まさしく正論であろう。)

その例として胎盤がある。胎内の赤ちゃんの臍の緒の先には特別な臓器があり、これは尿をためる袋が発達したもので、これが母親の体の一部に密着して胎盤となるが、このような作用を及ぼす遺伝子がウィルスに由来したものだとのこと。

どういうことかというと、哺乳類の進化の過程で、ある時ウィルスが生殖細胞の中に入り込み、その遺伝子が精子のDNAに組み込まれ親から子へと遺伝し、これが胎盤を生み出す遺伝子になっていったという。
そしてこの時ウィルスから貰った能力として、母親の免疫を抑えるというものがある。
我が子といえども母体からしたら異物であり免疫の攻撃の対象となるが、この機能により赤ちゃんは母親の胎内に留まることが出来、出産を迎えることになる。

通常、ウィルスが生殖細胞に入り込むことはないが、唯一の例外としてレトロウィルスとよばれるものがあり、このレトロウィルスの遺伝子がDNAに入り込み、新しい遺伝子であるPEG10遺伝子が出来たと考えられている。

以上のことについては講談社のホームページの中でNHKスペシャル取材班が次のように纏めている。

「赤ちゃんを宿す胎盤とウイルスの共通点」

今、ウイルスの遺伝子を利用して、私たちの体はさまざまな機能を獲得してきた可能性が明らかになりつつある。

たとえば、女性が妊娠すると作られる「胎盤」も、はるか昔にウイルスからもらった遺伝子を利用して進化した可能性がわかってきている。胎盤とは、赤ちゃんの側から伸びた血管と、母親の子宮が接する部分を指し、母親のお腹の中で胎児を育むことを可能にした臓器である。

胎盤は受精卵から作られた赤ちゃんの一部であり、胎盤の中では、赤ちゃんの側から枝木のように伸びた「絨毛(じゅうもう)」が、母親の血液に浸かっている。この絨毛を通じて母親から酸素や栄養を受け取るわけだが、母親と赤ちゃんの血液が混ざり合わないよう胎盤の中で空間を分離し、母親の免疫が胎児を異物として攻撃しないような仕組みになっているのは、ウイルスの遺伝子由来と考えられているのだ。

胎盤は哺乳類特有の臓器だが、実は胎盤にもいくつかのタイプがある。ヒト、犬、猫などの真獣類は一定期間、お母さんの体の中で赤ちゃんを育てることができる胎盤を持つが、カンガルーやコアラなどの有袋類が持つ胎盤はもっと未熟である。一方、カモノハシとハリモグラからなる単孔類は母乳で子どもを育てることから哺乳類の仲間に分類されるが、胎盤を持っておらず、卵で産む。つまり、胎盤のありなしが、真獣類・有袋類と、単孔類を分けているのだ。

真獣類・有袋類が持っていて、単孔類が持っていない遺伝子のひとつが、PEG10。PEG10は、(まだ恐竜がいた)約1億6000万年前におそらくウイルスに感染したことで取りこまれた可能性がある。その遺伝子が哺乳類の初期の胎盤を形成したと考えられるのだ。

マウスを使った実験でPEG10を働かないようにすると、胎盤をうまく形成できないことが明らかになっている。さらにヒトを含む真獣類の胎盤では、ほかにもいくつか欠かせないウイルス由来の遺伝子が見つかっている。

お腹の中の赤ちゃんも、母体にとっては、ある意味、ウイルスと同じく異物だ。受精卵が、異物として排除されないように、母体の子宮へうまく着床するには、ウイルスが細胞に感染するのと似た仕組みが必要になったということかもしれない。

なお、人類の進化とウィルスとの関係については、この講談社のホームページにはNHKスペシャル取材班の次のような記事もあるので参考になる。

「新型コロナウイルスだって、いつかは人の健康に役立つ日が来るかも」
ーーヒトもウイルスを利用して生き延びたーー
https://gendai.media/articles/-/79762?imp=0

赤ちゃんを宿す胎盤とウイルスの共通点(上に掲載)
 NEXT:生物の基本原理を覆した発見
ヒトのDNAの8%がウイルス由来
 NEXT:受精もウィルスが細胞に感染する仕組みを利用した?
長期記憶や受精もウイルスの影響
 NEXT:ウィルスには人に良い効果を及ぼすものがいる
発見された体内の39の常在ウイルス
DNAは「文字」、遺伝子は「文章」、ゲノムは「辞書」
 NEXT:生物になりそこねたのがウィルス?
敵をも利用する生命のしたたかさ
 NEXT:長い時間がたてば毒性が弱まる
新型コロナウイルスもいつかは健康に役立つように?

 

下記HPも参考まで。

「ウイルスは人類の敵か、味方か?」 
【ネオウイルス学】という新しい研究アプローチ。
ウイルスは人間の出産に不可欠だった!
Study Lab
https://studyu.jp/feature/theme/neo_virology/

 

(参考)ウィルスと細菌の違い

細菌:単細胞の生物で細胞分裂により増殖する。基本的には栄養素さえあれば自身のみで増殖できる。
ウィルス:生物の細胞に感染する複合体で細胞ではない。(ウィルスが生物かどうかは生物の定義により異なるので、ここでは生物と非生物の中間体としておく)
生物の細胞に入りその中で細胞の機能や構造に依存して増殖する。

 

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