〔澱った光の澱の底〕
夜ひるのあの騒音のなかから
わたくしはいますきとほってうすらつめたく
シトリンの天と浅黄の山と
青々つづく稲の氈
わが岩手県へ帰って来た
こゝではいつも
電燈がみな黄いろなダリヤの花に咲き
雀は泳ぐやうにしてその灯のしたにひるがへるし
麦もざくざく黄いろにみのり
雲がしづかな虹彩をつくって . . . 本文を読む
神田の夜 一九二八、六、一九、
十二時過ぎれば稲びかり
労れた電車は結束をして
遠くの車庫に帰ってしまひ
雲の向ふであるひははるかな南の方で
口に巨きなラッパをあてた
グッタペルカのライオンが
ビールが四樽売れたと吠える
……赤い牡丹の更沙染
冴え冴え燃えるネオン燈
. . . 本文を読む
浮世絵展覧会印象 一九二八、六、一五、
膠とわづかの明礬が
……おゝ その超絶顕微鏡的に
微細精巧の億兆の網……
まっ白な楮の繊維を連結して
湿気によってごく敏感に増減し
気温によっていみじくいみじく呼吸する
長方形のごくたよりない一つの薄い層をつくる
いまそこに
あやしく刻みいだされる . . . 本文を読む
三原 第三部 一九二八、六、一五、
黒い火山岩礁に
いくたびいくたび磯波があがり
赤い排気筒の船もゆれ
三原も見えず
島の奥も見えず
黒い火山岩礁に
いくたびいくたび磯波が下がり
……風はさゝやき
風はさゝやき……
波は灰いろから
タンブルブルーにかはり
枯れかかった磯松 . . . 本文を読む
三原 第二部 一九二八、六、一四、
かういふ土ははだしがちゃうどいゝのです
噴かれた灰がヽヽヽのメソッドとかいふやうなもので
気層のなかですっかり篩ひわけられたので
こゝらはいちめんちゃうど手頃な半ミリ以下になってゐて
礫もなければあんまり多くの膠質体もないのです
それで腐植も適量にあり
荳科のものがひとりで大へん育つところを考 . . . 本文を読む
三原 第一部 一九二八、六、一三、
ぼんやりこめた煙のなかで
澱んだ夏の雲のま下で
鉄の弧をした永代橋が
にぶい色した一つの電車を通したときに
もうこの船はうごいてゐた
しゅんせつ船の黒い函
赤く巨きな二つの煙突
あちこちに吹く石油のけむり
またなまめかしい岸の緑の草の氈 . . . 本文を読む
高架線 一九二八、六、一〇、
未知の青ぞらにアンテナの櫓もたち
……きらめくきらめく よろひ窓
行きかひきらめく よろひ窓
ひらめくポプラと 網の窓……
羊のごとくいと臆病な眼をして
タキスのそらにひとり立つひと
……車体の軋みは六〇〇〇を超え
方尖赤き屋根をも過ぎる……
. . . 本文を読む
華麗樹種品評会 一九二七、九、
十里にわたるこの沿線の
立派な華麗樹品評会である
けだしこの緑いろなる車室のなかは
殆んど秋の空気ばかりで
わたくしは声をあげてうたふこともできれば
ねころぶことも通路を行ったり来たりもできる
そらはいちめん
層巻雲のひかるカーテン
じつに壮麗な梢の列
また青々と華奢な梢 . . . 本文を読む