『詩ノート』より
〈七四四 病院〉
〈七四五 〔霜と聖さで畑の砂はいっぱいだ〕〉
〈一〇〇一 汽車〉
〈一〇〇二 〔氷のかけらが〕〉
〈一〇〇三 〔ソックスレット〕〉
〈一〇〇四〔今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです〕〉
〈一〇〇五〔暗い月あかりの雪のなかに〕〉
〈一〇〇六〔こんやは暖かなので〕〉
〈一〇〇七〔たんぼの中の稲かぶが八列ばかり〕〉
〈一〇〇八〔赤い尾を . . . 本文を読む
一〇九二 藤根禁酒会へ贈る 一九二七、九、一六、
わたくしは今日隣村の岩崎へ
杉山式の稲作法の秋の結果を見に行くために
ここを通ったものですが
今日の小さなこの旅が
何といふ明るさをわたくしに与へたことであらう
…(略)…
この会がどこからどういふ動機でうまれ
それらのびらが誰から書かれ
誰にあちこ . . . 本文を読む
一〇九〇 〔何をやっても間に合はない〕
何をやっても間に合はない
世界ぜんたい間に合はない
その親愛な仲間のひとり
また稲びかり
雑誌を読んで兎を飼って
その兎の眼が赤くうるんで
草もたべれば小鳥みたいに啼きもする
何といふ北の暗さだ
また一ぺんに叩くのだらう
さうしてそれも間に合はない
. . . 本文を読む
一〇八九 路を問ふ 八、二〇、
二時がこんなにくらいのは
時計の中までぬれたのか
本街道をはなれてからは
みちは倒れた稲の中だの
陰気なひばや杉の影だの
まがってまがってここまで来たが
里程にしてはまだそんなにもあるいてゐない
そしていったいおれの訪ねて行くさきは
地べたについた北のけはしい雨雲だ
. . . 本文を読む
一〇八八 祈り 一九二七、八、二〇、
倒れた稲を追ひかけて
これからもまだ降るといふのか
一冬鉄道工夫に出たり
身を切るやうな利金を借りて
やうやく肥料もした稲を
まだくしゃくしゃに潰さなければならぬのか
電気会社が
ひなかも点すこのそらのいろ
田ごとにしめも張り亘し
かながらの幣さへたてゝ
稔 . . . 本文を読む
一〇八七 〔ぢしばりの蔓〕 一九二七、八、二〇、
……ぢしばりの蔓……
もう働くな
働くことが却って卑怯なときもある
夜明けの雷雨が
おれの教へた稲をあちこち倒したために
こんなにめちゃくちゃはたらいて
不安をまぎらさうとしてゐるのだ
……あゝけれども またあたらしく
西には黒い死の群像が浮きあがる
. . . 本文を読む
一〇八六 ダリヤ品評会席上 一九二七、八、十六、
西暦一千九百二十七年に於る
当イーハトーボ地方の夏は
この世紀に入ってから曾って見ないほどの
恐ろしい石竹いろと湿潤さとを示しました
為に当地方での主作物 oryza sativa
稲、あの青い槍の穂は
常年に比し既に四割も徒長を来し
そのあるものは既に倒れてまた起きず
ある . . . 本文を読む
一〇八五 〔午はつかれて塚にねむれば〕 七、二四、
午はつかれて塚にねむれば
積乱雲一つひかって翔けるころ
七庚申の碑はつめたくて
(田の草取に何故唄はれぬのか
草刈になぜうたはぬか
またあの崖の灰いろの小屋
籾磨になぜうたはないのか)
北の和風は松に鳴り
稲の青い鎗ほのかに旋り
き . . . 本文を読む
一〇八四 〔ひとはすでに二千年から〕 一九二七、七、二四、
ひとはすでに二千年から
地面を平らにすることと
そこを一様夏には青く
秋には黄いろにすることを
努力しつゞけて来たのであるが
何故いまだにわれらの土が
おのづからなる紺の地平と
華果とをもたらさぬのであらう
向ふに青緑ことに沈んで暗いのは
染汚の . . . 本文を読む
一〇八三 〔南からまた西南から〕 一九二七、七、一四、
南からまた西南から
和風は河谷いっぱいに吹く
七日に亘る強い雨から
徒長に過ぎた稲を波立て
葉ごとの暗い露を落して
和風は河谷いっぱいに吹く
この七月のなかばのうちに
十二の赤い朝焼けと
湿度九〇の六日を数へ
異常な気温の高さと霧と
多くの稲は秋 . . . 本文を読む
一〇八二 〔あすこの田はねえ〕 一九二七、七、一〇、
あすこの田はねえ
あの品種では少し窒素が多過ぎるから
もうきっぱりと水を切ってね
三番除草はやめるんだ
……車をおしながら
遠くからわたくしを見て
走って汗をふいてゐる……
それからもしもこの天候が
これから五日続いたら、
. . . 本文を読む
一〇八一 〔沼のしづかな日照り雨のなかで〕 一九二七、七、一〇、
沼のしづかな日照り雨のなかで
青い芦がおまへを傷つけ
かきつばたの火がゆらゆら燃える
雨が、雲が、水が、林が
おまへたちでまたわたくしなのであるから
われわれはいったいどうすればいゝのであらう
けりが滑れば
黄金の芒
〝『詩ノ . . . 本文を読む
一〇八〇 〔栗の木花さき〕 一九二七、七、七、
栗の木花さき
稲田いちめん青く平らな
イーハトーヴの七月である
洞のやうな眼して
風を見つめるもの……
はんのきと萓の群落
さわやかによしは刈られて
今年も燃えるアイリスの花
またわづかにひかる あざみの花
幾重の山なみに雲たゝなびき
月見 . . . 本文を読む
一〇七九 〔わたくしが ちゃうどあなたのいまの椅子に居て〕 一九二七、七、一、
わたくしが
ちゃうどあなたのいまの椅子に居て
あなたがわたくしを訪ねて来られましたとき
……アカシヤの枝ゆらゆらゆれる……
わたくしの云ひましたこと表情しましたことが
もしかあなたを傷つけはしませんでしたでせうか
……崩れて光る夏の雲…… . . . 本文を読む
一〇七八 〔金策も尽きはてたいまごろ〕 六、三〇、
金策も尽きはてたいまごろ
まばゆい巻層雲に
銀いろに立ち消えて行くまちのけむり
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