ある女性のお話
今から10年前、私は「子宮がん」という病気とともに人生の転機を迎えました。
私が入院したのは子宮がん治療で有名な病院。
そして、ほとんどが末期の子宮がん患者という婦人科病棟の6人部屋でした。
この説明ではどれだけ暗~いところかと思われるかもしれませんが、
実のところ信じられないほど笑いの絶えない明るい病室だったのです。
私以外の5人全員が入院生活ベテランの気のいいおばさん。
入院した日の昼は早速、向かいのおばさんから「ここのご飯はまずいからほら行くよ!」と
食堂に連れて行ってもらいラーメンをごちそうになり、
夜のご飯では隣りのおばさんから「はい、ここのご飯はまずいからこれを混ぜて食べな!」と
今まで食べたことのないほど美味しいふりかけをもらったり。
6人全員で消灯時間まで大きな声でおしゃべりをして、
笑って・・・思ってもみなかった楽しい入院生活が始まりました。
でも楽しい気持ちでいられたのも束の間、
消灯とともに昼間からは想像できないほど怖い夜が始まったのです。
隣りのベッドからすすり泣く声がしたかと思えば、
向かいのベッドから唸る声や叫ぶ声。そして廊下を走る看護師さんの足音。
私は金縛りにでもあったかのようにベッドの中で動けなくなり、
ただただ夜が明けるのを祈りました。それは日がのぼるまで続きました。
朝になると・・・昨晩泣いていたおばさんが笑いながら「おはよう!いい朝だね」と。
昨晩、唸っていたおばさんが「今日も美味しいもの食べようね!」と、
みんな何もなかったかのように明るく、楽しそうに笑っている・・・
私は正直、戸惑いました。
そんな私を見た看護師さんが
「ここの人たちは夜になると病気の痛みや恐怖、孤独と闘っているのよ。
それだけに普通に朝が迎えられることがどんなに幸せか・・・、
生きていることがどんなに尊いものか・・・知っている。
だから昼間はみんな心の底から笑っているんだよ。強いよね」と
声をかけてくれました。私の心は震えました。
そんな夜と朝を繰り返しながら、
私は幸い子宮を全摘することなく無事に手術を終えました。
そして手術を終えた日の夜、自分では歩くこともできないほど弱っているおばさんが
私のベッドまで車イスで来てくれて、「痛くない?もう大丈夫だからね」と言いながら
私の足をずっと摩ってくれたのです。
どれだけ心強かったか、それまでの自分の弱さがどれだけ情けなかったか。
そして退院の日。入院した日と同じように、
5人のおばさんたちは大きな声で笑って私を見送ってくれました。
それから一週間後、検診があり、病室を訪れてみると・・・
私を励ましてくれたおばさんは私が退院した日の夜に亡くなられたということでした。
今思うと私の入院生活は夢だったのかもしれないと錯覚してしまうほどですが、
でも確かに私は5人のおばさん天使と出会い、
そして彼女たちから「朝が迎えられる喜びや人としての本当の強さや優しさ」を
教えてもらったのです。