尼崎事件「戦慄の暴力装置」李被告 丸太緊縛、頭踏みつけ、虐待発案…「反省と謝罪と供養」法廷でみせた涙は真実か
「幸せだった家族は、人間としての誇りが砕けるまで踏みにじられた」。法廷に遺族の叫びが響いた。角田(すみだ)美代子元被告=平成24年12月に自殺、当時(64)=を中心とする兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件。8月から神戸地裁で行われている裁判員裁判の公判で遺族が怒りをむき出しにした相手は、元被告の義理のいとこで、殺人や傷害致死など計10の罪に問われた李正則被告(41)。元被告と知り合ったことで、元被告を頂点とする「角田家」に組み込まれたとされ、公判で弁護側は「元被告に従わないと自分が標的にされる恐れがあった」と釈明した。だが、捜査や公判で明らかにされたのは戦慄(せんりつ)するほどの暴行の数々。容赦なく暴力を振るったかと思えば、自ら虐待方法を発案。断崖(だんがい)絶壁で自殺を迫るなどもしており、遺族らは李被告を「暴力装置」と呼んだ。
「まだ動いとんのかぼけ。動くなよ」
23年7月、物置に監禁され、縛られたひもが緩み始めていた橋本次郎さん=当時(53)=に、李被告がこう告げた。そして、他の角田家の親族とともに、腕を横に広げさせると資材置き場から取ってきた丸太を添え、ひもでくくりつけた。正座させているひざや足首もひもで縛り、その先には重し代わりの漬物石を結んだ。その姿はまるで、磔(はりつけ)にされたようだった。
橋本さんは数日後、物置内で衰弱死した。この緊縛方法は、李被告が考え出したものだった。
検察側によると、こうした殺害はほんの一例でしかない。
皆吉初代さん=同(59)=の場合、大阪市内のパチンコ店の駐車場で、車内に座っていた皆吉さんの頭を激しく揺さぶって急性硬膜下血腫で意識不明にさせ、死亡させた。
衰弱させて殺害した皆吉さんの長女、仲島茉莉子さん=同(26)=の監禁では、物置内を監視するモニターの設置を提案。死亡直前には頭を踏みつけて暴行した。
角田家の借金返済のため、沖縄県のがけから転落死を装って殺されたとされる角田久芳さん=同(51)=に対しては、飛び降りの際に「はよせな」などとせかし、転落を迫った。
李被告は韓国籍の母親のもと、尼崎市内で生まれ育った。小学校低学年の頃から野球を始め、高校時代には香川県内の強豪校に進学し、恵まれた体格で活躍した。愛知県内の高校に転校したが、野球は続け、アルバイトで生活費を稼ぐ傍ら、野球部で主将を務めたという。
高校卒業後は、大手鉄鋼メーカーに就職。決して裕福な家庭ではなかったが、順風な人生を歩んでいた。しかし、母親と義父が李被告の名義で借金を作っており、取り立てが勤め先にまで及ぶようになったことから、転機を迎えた。
やむなく会社を辞めると、暴力団に所属。背中に入れ墨を彫り、運転手や事務所番を務めた。時には人をさらい、集団で暴行することもあったとされる。
一度は〝裏社会〟に足を踏み入れたが、それでも立ち直るきっかけを見つけていた。平成13年、中学時代の先輩だった女性と結婚。このことがきっかけで暴力団から足を洗った。子供も生まれ、ささやかだが幸せな家庭を築いた。
しかし、元被告の登場で、人生の歯車はふたたび大きく狂い始める。
李被告が幼いころに母親は離婚していたが、再婚した相手(義父)は、皆吉さんの兄だった。
それによって仲島さんと、皆吉さんの次女の角田瑠衣被告(30)=殺人罪などで公判中=とは親類として顔見知りになった。
さらに、義父は元被告の内縁の夫と知り合いだった。奇妙な縁で李被告は元被告とつながり、14年ころ、「義父の借金の面倒をみる」との理由で元被告が義父に連れられ、自宅にやってきた。これがすべてのきっかけだった。
「何かあったら力になるで」
「父親の借金も何とかしたる」
元被告は最初、李被告の家庭を心配するそぶりをみせていた。しかし、間もなく本性を現す。
「息子の自分(李被告)がなんで動かんと、私ばっかり動かなあかんねん」
ある日、義父の借金返済に協力しない李被告をとがめてきた。
「仕事あるからおばちゃんのように動かれへん」。李被告が家庭と仕事を持つ自らの立場を説明すると、元被告の顔はみるみる変わり、見たことのないけんまくで怒り出した。
「何抜かしとんじゃい」
「後ろにある(自分のバックにいる)もんわかってんのか」
元被告は、次男(28)=殺人罪などで懲役17年確定=が大きな暴力団の組長との間に生まれた子供だとうそをついていた。李被告に恐怖感を抱かせると、さまざまな要求を突きつけ、妻とも強引に離婚させた。
李被告は元被告の手によって孤立し、社会から引き離された。
行き場がなくなった李被告は14年から角田家に出入りし、元被告から「マサ」と呼ばれるようになった。それから李被告の「角田家」での暴力が始まった。
15年ごろ、元被告は「李被告がぐれたのはお前たちのせいだ」と、皆吉さん一家に因縁をつけ、李被告を引き取らせた。だが、その裏で李被告には「暴れてこい」と言い含んでいたという。皆吉家を一家離散させ、財産をせしめようという思惑があったようだ。
「風俗に連れていけ」
「高いものを買わせろ」
李被告は皆吉さん夫妻が困ることばかりを要求し、気にくわないことがあれば扉をけったりして暴れ、暴力や嫌がらせを繰り返したという。
元被告らも間もなく皆吉さん方に乗り込み、「責任を取れ」などと言いがかりをつけ、金を巻き上げた。挙げ句の果てには一家を離散させ、仲島さんと瑠衣被告を角田家での集団生活に取り込んでいった。
「元被告主導のもと、一連の事件で中核的な役割を担っていた」。検察側は李被告の一連の犯行を厳しく非難し、無期懲役を求刑した。しかし、李被告は起訴内容の大半を否認しており、弁護側は「元被告に逆らえなかったためで、進んで加担はしていない」と反論した。
例えば、皆吉さんの頭を揺さぶったことや、仲島さんの頭を踏みつけたことなどは否定。李被告本人も被告人質問で「(皆吉さんの頭を)揺さぶっていません」と明言した。
そのほかの犯行についても、弁護側は「関与は従属的」との主張を維持。量刑については「反省している」として懲役15年が相当と述べた。
「角田家は誰も信じられない異常な世界だった」
法廷でこう振り返った李被告。「一連の事件で、私の果たした役割は大きいと思う」との認識を示した上で「取り返しのつかない、申し訳ないことをした。反省と謝罪と供養をさせていただくしかない」と涙をみせた。
だが、遺族の怒りはすさまじい。
「娘と同じ苦しみを受けるべきだ」
裁判員は李被告の犯行をどう裁くのか。判決公判は11月13日に神戸地裁で開かれる。
(産経WEST2015.11.6)
「美代子元被告に次ぐ責任」10罪、義理のいとこ李正則被告に無期判決 神戸地裁
兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件で、角田(すみだ)美代子元被告=自殺、当時(64)=の義理のいとこで、殺人や傷害致死など男女5人に対する計10罪に問われた韓国籍、李正則被告(41)の裁判員裁判の判決公判が13日、神戸地裁で開かれた。平島正道裁判長は、起訴された事件すべてを有罪と認定し、元被告との共謀も認めた上で、検察側の求刑通り無期懲役を言い渡した。
李被告は多くの事件で暴行や虐待の実行役とされ、元被告を除いて起訴された被告の中でもっとも多くの罪に問われ、検察側は「元被告に次ぐ刑事責任がある」と指摘していた。
平島裁判長は判決理由でまず、角田久芳さん=当時(51)=に沖縄県のがけから飛び降りを命じ、自殺させて殺害した事件について、「飲食制限など度重なる暴行を加え、飛び降りて死ぬ以外を選択できない精神状態に追い込んで殺害した」と殺人罪が成立するとした。
皆吉初代さん=同(59)=に対する傷害致死、加害目的略取事件では、李被告側は暴行を否定するなどして無罪を主張。これに対し平島裁判長は「頭髪をつかんで揺さぶり、その後死亡させた」と述べ、李被告側の主張を退けた。
さらに、仲島茉莉子さん=同(26)=を物置に監禁して虐待し、衰弱により殺害した事件では「衰弱が顕著になった後も、睡眠や飲食のほとんどを制限して虐待を続けて殺害した」と殺意を認定。李被告側は「虐待も死に直結しなかった」と監禁致死か傷害致死罪にとどまるとしていたが、殺人罪を適用した。
判決によると、李被告は元被告らと共謀。平成17~23年、久芳さんは沖縄旅行中に自殺を装って転落死させて、仲島さんは物置に監禁して衰弱させ、それぞれ殺害。久芳さんの弟、橋本次郎さん=同(53)=も物置に監禁して暴行し、殺害した。
(2015.11.13 産経WEST)
ソープの稼ぎも貢いだ…尼崎連続変死〝キーマン〟 「お腹痛めて産んだ子」も美代子元被告に差し出した壮絶人生
兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件で、男女3人への殺人や詐欺などの罪に問われた角田美代子元被告=自殺、当時(64)=の義妹、角田三枝子被告(62)。一連の事件の関係者の中でも、〝ファミリー〟を率いた首謀者とされる元被告のそばに約40年間、寄り添い続けた「事件のキーマン」とも言える人物だ。風俗で稼いだ約3億円もの金を「疑似家族」の家計に回し、お腹を痛めて産んだ息子まで差し出す…。これまでの公判で明らかになったのは、ときに元被告への「殺意」を胸に秘めながらも、想像を絶する忠誠ぶりを示してきた悲惨で壮絶な人生だった。
2人の出会いは、幼少期のころまでさかのぼる。
昨年11月21日に開かれた元被告の次男、優太郎受刑者(28)=殺人罪などで懲役17年の判決確定=の公判に証人出廷した際の三枝子被告の証言などによると、三枝子被告の家族が、元被告の母親の家を間借りしたことが2人の特殊な関係の始まりだった。
「物事は白か黒、好きか嫌いか、イエスかノーか」。若い頃から口癖のように話し、中途半端なことを極端に嫌ってきた元被告。三枝子被告は18歳から共同生活を始めたがなじめず、約1年後、両親のもとに戻った。
その後、元被告から両親とともにののしられ続けた。元被告の激しい怒りをおさめるには、共同生活に戻るしかなかった。これを機に2人の主従関係が決定づけられた。
それから人生の歯車が大きく狂い始める。
20歳のころから売春を始めた。25歳のときには約1年間、横浜市内のソープランドで働いた。すべては元被告の派手な生活を支えるためだ。知人には「ラウンジで働いている」とうそをつき続けた。1カ月あたりの仕送り額は生活費を差し引いた120万~150万円。稼ぎの大半を元被告に渡していた。
元被告は受け取った金を着物や宝石、旅行代などに充てていた。このときの元被告の様子について、三枝子被告は「自分しか持っていないものを持つことに満足感を感じていた」と証言した。
身を削って稼いだ金を、こうした派手な暮らしに加え、パチンコなどのギャンブルの遊興費にも使われる理不尽な生活。だが、それでも当時、元被告のいる尼崎市から離れられて「ほっとしていた」という。
その後、尼崎市に戻ることになったが、そこでも風俗の仕事を続け、48歳ごろまでの間、稼いだ金の全額を元被告に渡した。
これまでに貢いだ総額は約3億円。元被告や事件の他の被告、被害者との「疑似家族」の生活を支え続けた。
28歳のころ、三枝子被告はある「賭け」に出たことがある。風俗店の客と結婚し、角田家を離れようと試みたのだ。
当時、角田家には約1千万円の借金があった。風俗客との間に恋愛感情はなかった。借金も自身がつくったものではなかったが、「借金は返すので結婚させてほしい」と角田家を抜け出したい一心で元被告に頼み込んだ。
しかし、元被告からの返答は「ノー」だった。「誰のおかげで働いていると思っているのか」と怒りだす始末で、普通の生活に戻りたいというかすかな希望はついえた。
今年5月14日に開かれた自身の公判の被告人質問では、元被告が20代のころから、三枝子被告の子供をほしがっていたことを明かした。「うちは学校の成績も悪いし、顔も不細工やから、自分の子はほしくない」。ことあるごとに強く迫ってきたという。
その後、三枝子被告は元被告方に集金に来ていた行員との間に優太郎受刑者を身ごもり、元被告の指示を断れず、元被告になりすまして病院で出産した。33歳のときだ。出生届に母親として記載されたのはもちろん、元被告の名前だった。
「内心はすごく嫌だった。初めて美代子を殺そうと思った」。お腹を痛めて産んだわが子を差し出すことにはやはり抵抗があったが、「逆らったら優太郎に危害が加えられる」と思った。息子の身を案じ、自分は「同居するおばさん」に徹して生きた。
その後は「疑似家族」の借金がふくれあがり、親にも会えず、元被告から離れられない人生…。これまでに何度も自殺を考えたという。
「自分が死ねば、美代子も死んでくれるのではないか」
真の狙いを伏せ、自身に掛けられた保険金で借金を返済することを提案したが、元被告はこう言い放った。
「自殺では出えへんねんで。おらんようになったら困るやろ」。
もくろみはもろくも崩れた。
三枝子被告は45歳になる平成10年、養子縁組により元被告の妹となり、13年には元被告の勧めで、沖縄・万座毛から転落させられ死亡した角田久芳さん=当時(51)=と入籍した。生命保険金約5千万円の受取人となり、久芳さんの死亡後、保険金を受け取って元被告に差し出した。
「元被告を殺したいと思ったこともある」と殺意を抱き、一時は自殺も考えながらも、切っても切れないと思い込んでいた元被告との関係。が、24年8月に三枝子被告が親族の年金を無断で引き出したとして窃盗容疑で逮捕されたことで、状況は一気に変わった。
三枝子被告はこのとき、警察の調べに対し、尼崎の民家下に数人の遺体を埋めたと供述し、一連の事件を自供したとされる。ほぼ毎日つけていた日記に集団生活の内容が詳細につづられ、事件を立証する重要証拠となった。
三枝子被告をはじめ、元被告の養子で長男、健太郎(33)、元被告の内縁の夫、鄭頼太郎(65)の両被告の計3人の公判は5月13日から始まった。3人は被害者3人への殺人罪について「殺そうとも、死んでもいいとも思ったことはない」と述べるなど起訴内容の大部分を否認した。裁判員の在任期間が過去最長の140日となる見通しで、判決は9月半ばになる予定だ。
一連の事件を主導した元被告は逮捕後の24年12月、兵庫県警本部の留置場で首をつって自殺している。約40年もの間、元被告に人生を振り回された揚げ句、法廷に引き出され、裁かれる身に転落した三枝子被告の胸中に浮かぶものは…。
角田美代子 新しい遺体 2012年10月20日
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弱肉強食「家族喰い」―尼崎連続変死事件の真相 小野一光
角田美代子被告ら逮捕
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