「蟹工船」日本丸から、21世紀の小林多喜二への手紙。

小林多喜二を通じて、現代の反貧困と反戦の表象を考えるブログ。命日の2月20日前後には、秋田、小樽、中野、大阪などで集う。

小林多喜二、作品は生き続けていく

2013-02-02 00:10:00 | 多喜二イベント案内

【公演評】組曲虐殺
観客の胸の中の映写機が回り出す

2013年2月1日
写真
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スターファイル
月額315円(税込)
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 作家で劇作家の故井上ひさしの最後の戯曲「組曲虐殺」が2月3日まで、全国で巡演中だ。栗山民也が演出を手がけ、主演の井上芳雄ら初演時のスタッフ、キャストがそろった3年ぶりの再演は、作品は生き続けていく、そんな息吹に触れた仕上がりだった。(フリーライター・岩瀬春美)

 

 「組曲虐殺」は、「蟹工船」などで知られるプロレタリア作家、小林多喜二を題材にした音楽評伝劇。2009年秋に初演されると、読売演劇大賞優秀作品賞をはじめ、各賞を受賞した。作者の井上ひさしは10年に死去。今回の再演では、井上の8作品を連続上演してきた「井上ひさし生誕77フェスティバル2012」の締めくくりを飾る。

 

 昭和初期、治安維持法のもと、自由な言論や思想が厳しく弾圧されていた時代。小林多喜二(井上芳雄)は、プロレタリア文学の旗手として社会に立ち向かっていた。本作では、特高警察による拷問の末、29歳の若さで死に至った多喜二の最後の2年9カ月を描く。ごく普通の青年が、なぜ作家となり、虐殺されなくてはいけなかったのか、を主軸に据えながら、周りの人々との交流を、ユーモアを交えて描写している。

 

 登場人物は多喜二をはじめ、追い続ける特高刑事の古橋鉄雄(山本龍二)と山本正(山崎一)、多喜二を支える同志で後に妻となるふじ子(神野三鈴)、姉のチマ(高畑淳子)、もと酌婦で身請けした恋人の瀧子(石原さとみ)の6人。作者の井上ひさしは、それぞれの役者に当てて台本を書いた。

 

 「ミュージカル界のプリンス」と言われる井上と、プロレタリア作家のイメージは一見、結びつき難いが、その配役に舞台を観て納得した。劇中で描かれる多喜二像は、優しくて朗らかで、周りの人々に愛される存在。そんな青年を素直に表現できるのは、やはり透明感のある井上なのだろう。悲劇的なイメージが先行しがちな多喜二だが、素顔は普通の好青年だったのかもしれないと思わせる雰囲気が、井上にはあった。

 

 北海道弁とコミカルな演技で引き付けるのは、チマ役の高畑。高畑が登場すると、場がぱっと明るくなる。瀧子役の石原は、シャープな演技と多喜二を想う女のいじらしさが合っていた。神野は、同志として命をかけて多喜二を守る、ふじ子役を熱演。自らの役割を知り、献身的に支えるとはこういうことか、と納得させる演技で、芯の通った姿勢を貫く。

 

 ジャズピアニスト、小曽根真がこの作品のために書き下した楽曲とピアノ演奏が全編にわたって繰り広げられるのも圧巻だ。舞台の2階部分に設置されたピアノは、暗闇の中でスポットが当たると宙に浮いて見える。そこで奏でられる演奏は、音の洪水が五感を刺激するような、感情に直接訴えてくる力があった。

 

 多喜二のせりふで、モノを書くときには「体ぜんたいでぶつかっていかなきゃねえ」(集英社「組曲虐殺」より)というのがある。作者の井上ひさしがそうやって執筆活動に取り組んできたのだろうと見てとれるシーンだが、ここではとりわけ、言葉に息吹が感じられた。作者が紡いだ言葉そのものの力に、演じる井上の意識が合わさり、多喜二がふっと降りてきたように感じられた瞬間がそのせりふにはあった。

 

 多喜二は自分の胸のあたりを指して言う。「体ごとぶつかって行くと、このあたりにある映写機のようなものが、カタカタと動き出して、そのひとにとって、かけがえのない光景を、原稿用紙の上に、銀のように燃えあがらせるんです。ぼくはそのようにしてしか書けない。モノを考えることさえできません」(集英社「組曲虐殺」より)

 

 その後につづく、6人の登場人物たちが「胸の映写機」を歌うシーンの立体的な演出は秀逸だ。背中合わせにひとつの輪になった6人が、止まりかけのオルゴールのような動きで、ゆっくりと回りながら歌う。その時、満席の会場では、観客一人一人の胸の中の映写機も回り、それぞれの光景を映し出すかのように、会場全体でカタカタ…と音の波動が広がっていくように感じられた。

 

 物語には、もう1つの見方がある。それは特高刑事のひとり、山本の変化だ。山本が多喜二を追い続けた末に見せた行動は、意表をつくものだった。多喜二の初期の作品に、労働運動を取り締まる立場だった巡査のかっとうを描いた「山本巡査」という戯曲があるが、この劇中の山本刑事は「山本巡査」につながる存在とも受け取れる。追う者と追われる者、相反する立場でありながら、悲惨な死を迎えた多喜二に、本当の意味で光を当てたのは山本の存在かもしれない。またそれは、作者・井上ひさしの、人を見つめる温かさなのだろう。

 

 終演後も胸の映写機は回り続け、あとからあとから、じわりと胸に迫ってくる。作品は生き続ける。そしてこれからもずっと見続けていきたい評伝劇だ。

 

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◆「組曲虐殺」
《東京公演》2012年12月7日(金)~30日(日) 天王洲 銀河劇場
《福岡公演》2013年1月12日(土)~13日(日) キャナルシティ劇場
《金沢公演》2013年1月16日(水)~17日(木) 本多の森ホール
《大阪公演》2013年1月19日(土)~21日(日) 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
《新潟公演》2013年1月23日(水) りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場
《市川公演》2013年1月26日(土) 市川市文化会館大ホール
《広島公演》2013年1月29日(火) 広島市文化交流会館
※上記公演は終了しています。
《名古屋公演》2013年2月3日(日) 愛知県芸術劇場大ホール
⇒詳しくは、「組曲虐殺」公式サイトへ http://www.horipro.co.jp/usr/ticket/kouen.cgi?Detail=195

 

《筆者プロフィール》岩瀬春美 福井県小浜市出身。人生の大半を米国ですごした曾祖父の日記を読んだことがきっかけでライターを志す。シアトルの日本語情報誌インターン、テクニカルライター等を経て、アサヒ・コム編集部のスタッフとして舞台ページを担当。2012年1月よりフリーランスのライターとして活動。


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