2017年5月13日(土)
JR九州ウォーキング西小倉駅コースに参加。

(今日のマップ)
今日はゆっくり10時50分頃スタート。

(西小倉駅)
室町を歩いて、常盤橋を渡る。江戸時代は長崎街道、中津街道、秋月街道、唐津街道、門司往還の5つ街道の始点でも終点でもあった。

(常盤橋)
平成7年に現在の橋に代わっている。昔、常盤橋の袂の所には、ふぐを安く食べさせてくれるお店があったような記憶がある。

(橋を渡った所)

(リバーウォーク北九州)
渡ってJRの線路をくぐり海岸沿いへ出て右折。このあたりは初めて歩く。湾の向こう側に工場が見える。

(列車が通り過ぎる)
八幡製鐵と富士製鐵が合併し、新日本製鐵が発足した。その新日本製鐵と住友金属が一緒になって新日鐵住金という会社になっているが、工場は何と呼ばれているのだろう。昔は「住金」とだけ云っていたような気がする。

(「住金」の工場)
海岸沿いには、小倉記念病院が移転している。TOTOの近く貴船町に移転新築の時も当時としては見上げる高さだったが、それ以上に見上げる高さがある。この地区には周りにも高層建築物があるので、貴船町にポツント建っていた時の方が目立っていたのではなかろうか。

(小倉記念病院)
あさの汐風公園から西日本総合展示場本館を通り、「ミクニワールドスタジアム北九州」へ。

(あさの汐風公園)

(あさの汐風公園)

(西日本総合展示場本館)
最近、公共施設の命名権が流行っていて、何の施設かよくわからないことがある。命名権付与前は「北九州スタジアム」でサッカーやラグビーの球技場。不動産会社が命名権を獲得している。
外周デッキを一周する。
2方面が海に面して建てられている。周回すると気持ちがいい。Jリーグの「ギラヴァンツ北九州」のホームグラウンドになっている。サッカーのことはよく知らないが、これだけ眺望のいい、しかもJRの小倉駅から歩いて来れて観戦できるという素晴らしい環境のホームグラウンドを持っているチームはあるのだろうか。今、「ギラヴァンツ北九州」はJ3に所属しているようだが、環境に恵まれすぎて???
スタジアムのバックスタンドはそんなに高くない。すぐ裏は海なので、スタンドを高くし、収容人員を増やすには、海上に拡張しなくてはならない。
今年2月18日のこけら落とし、ラグビーの「サンウルブズvsジャパンラグビートップリーグオールスター」の戦いでは選手がタッチキックしたボールがスタジアムを飛び越えて海に飛び込む「海ポチャ」があって、そのボールは回収された。
バックスタンドのデッキには「魚つり禁止」の注意書きもあったようだが気がつかなかった。

(スタジアムの案内)

(デッキからの眺め)

(デッキからの眺め・「住金」工場)

(フィ-ルド)

(バックスタンド)

(デッキからの眺め・下関方面)

(デッキからの眺め・下関方面)

(デッキからの眺め・バックスタンドのすぐ下)

(デッキからの眺め・小文字山方面)

(スタジアムの中で)

(スタジアムの中で)
そのような調査があるかどうか知らないが、アウェーのサポーターが観戦して、また行きたくなるスタジアムになるのではなかろうか。
スタジアムを出て、藍島・馬島航路の桟橋に出て、再び、JRの線路をくぐって、浅香通りを歩く。この角には三菱銀行があったよなぁ、と懐かしい。

(国際会議場)

(藍島・馬島航路)

(浅香通り西顕寺)
小文字通りに出て右折だが、左手には毎日新聞のビルが。昔、屋上のビアガーデンには通った。小文字通りは映画相棒のロケがあったが、映画は観にいく機会がなかった。相棒の映画はこれまでのは全部観ているのに残念。

(毎日西部会館)

(小文字通り)

(平和通りを走るモノレール)
平和通りに出る手前の道を左に曲がって、「菅原神社」へ。

(菅原神社)

(菅原神社)
菅原神社から小倉の台所といわれる「旦過市場」へと。古い市場なので今では観光名所になっていて、今日も、西欧系の観光客がチラホラ。

(旦過市場入口)
旦過市場はメインの通りよりも、横に入ったところが懐かしい。日本語が少したどたどしいホルモン焼きのお店、居酒屋、スナック、共同のトイレ、映画館。少し怪しい雰囲気があって、吸い寄せられてウロチョロしていた。

(懐かしい旦過市場の酒屋あかかべ・昔は朝から角打ちの客で賑わっていた)

(懐かしい旦過市場の鯨肉のお店・昔は賑わっていた)
そう思いながら歩いていると、「ヤギアイス」と書いた看板が。これはもう入る。北九州の大学生が運営するお店「大學堂」。ヤギアイスを注文。出てきた商品は大分県で作られているようだ。クセが無く美味しかった。けど、せっかくのヤギアイス、も少しクセがあった方が懐かしいと思う。その事をお手伝いの学生(?)さんに云ったけど、云った意味も分らないだろうな。小さい頃は牛乳ではなく、ヤギの乳を飲んでいた世代の懐かしさは。

(ヤギアイス看板)

(ヤギアイス)
旦過市場を抜けて、魚町銀天街を歩く。昔、入っていた書店、古書店などは無い。

(魚町銀天街)

(魚町銀天街の武蔵・開店時間は早い)

(京町・地下の天ぷらやふじしま)
さっさと歩いて、アーケード街を通り抜けて、小倉駅へ。12時半ごろゴールした。

(小倉駅ビルに入って行くモノレール)

(小倉祇園太鼓の像)

(小倉駅の階段)

(小倉駅改札口前の広場)
まだ、お腹は空いてなかった。新緑の季節なので小倉城あたりへ行くか。で、今日の僅か6Kのウォーキングを終える。
「昔」というのは青春時代を過ごした昭和50年を挟んだ十数年のことであります。
JR九州ウォーキング西小倉駅コースに参加。

(今日のマップ)
今日はゆっくり10時50分頃スタート。

(西小倉駅)
室町を歩いて、常盤橋を渡る。江戸時代は長崎街道、中津街道、秋月街道、唐津街道、門司往還の5つ街道の始点でも終点でもあった。

(常盤橋)
平成7年に現在の橋に代わっている。昔、常盤橋の袂の所には、ふぐを安く食べさせてくれるお店があったような記憶がある。

(橋を渡った所)

(リバーウォーク北九州)
渡ってJRの線路をくぐり海岸沿いへ出て右折。このあたりは初めて歩く。湾の向こう側に工場が見える。

(列車が通り過ぎる)
八幡製鐵と富士製鐵が合併し、新日本製鐵が発足した。その新日本製鐵と住友金属が一緒になって新日鐵住金という会社になっているが、工場は何と呼ばれているのだろう。昔は「住金」とだけ云っていたような気がする。

(「住金」の工場)
海岸沿いには、小倉記念病院が移転している。TOTOの近く貴船町に移転新築の時も当時としては見上げる高さだったが、それ以上に見上げる高さがある。この地区には周りにも高層建築物があるので、貴船町にポツント建っていた時の方が目立っていたのではなかろうか。

(小倉記念病院)
あさの汐風公園から西日本総合展示場本館を通り、「ミクニワールドスタジアム北九州」へ。

(あさの汐風公園)

(あさの汐風公園)

(西日本総合展示場本館)
最近、公共施設の命名権が流行っていて、何の施設かよくわからないことがある。命名権付与前は「北九州スタジアム」でサッカーやラグビーの球技場。不動産会社が命名権を獲得している。
外周デッキを一周する。
2方面が海に面して建てられている。周回すると気持ちがいい。Jリーグの「ギラヴァンツ北九州」のホームグラウンドになっている。サッカーのことはよく知らないが、これだけ眺望のいい、しかもJRの小倉駅から歩いて来れて観戦できるという素晴らしい環境のホームグラウンドを持っているチームはあるのだろうか。今、「ギラヴァンツ北九州」はJ3に所属しているようだが、環境に恵まれすぎて???
スタジアムのバックスタンドはそんなに高くない。すぐ裏は海なので、スタンドを高くし、収容人員を増やすには、海上に拡張しなくてはならない。
今年2月18日のこけら落とし、ラグビーの「サンウルブズvsジャパンラグビートップリーグオールスター」の戦いでは選手がタッチキックしたボールがスタジアムを飛び越えて海に飛び込む「海ポチャ」があって、そのボールは回収された。
バックスタンドのデッキには「魚つり禁止」の注意書きもあったようだが気がつかなかった。

(スタジアムの案内)

(デッキからの眺め)

(デッキからの眺め・「住金」工場)

(フィ-ルド)

(バックスタンド)

(デッキからの眺め・下関方面)

(デッキからの眺め・下関方面)

(デッキからの眺め・バックスタンドのすぐ下)

(デッキからの眺め・小文字山方面)

(スタジアムの中で)

(スタジアムの中で)
そのような調査があるかどうか知らないが、アウェーのサポーターが観戦して、また行きたくなるスタジアムになるのではなかろうか。
スタジアムを出て、藍島・馬島航路の桟橋に出て、再び、JRの線路をくぐって、浅香通りを歩く。この角には三菱銀行があったよなぁ、と懐かしい。

(国際会議場)

(藍島・馬島航路)

(浅香通り西顕寺)
小文字通りに出て右折だが、左手には毎日新聞のビルが。昔、屋上のビアガーデンには通った。小文字通りは映画相棒のロケがあったが、映画は観にいく機会がなかった。相棒の映画はこれまでのは全部観ているのに残念。

(毎日西部会館)

(小文字通り)

(平和通りを走るモノレール)
平和通りに出る手前の道を左に曲がって、「菅原神社」へ。

(菅原神社)

(菅原神社)
菅原神社から小倉の台所といわれる「旦過市場」へと。古い市場なので今では観光名所になっていて、今日も、西欧系の観光客がチラホラ。

(旦過市場入口)
旦過市場はメインの通りよりも、横に入ったところが懐かしい。日本語が少したどたどしいホルモン焼きのお店、居酒屋、スナック、共同のトイレ、映画館。少し怪しい雰囲気があって、吸い寄せられてウロチョロしていた。

(懐かしい旦過市場の酒屋あかかべ・昔は朝から角打ちの客で賑わっていた)

(懐かしい旦過市場の鯨肉のお店・昔は賑わっていた)
そう思いながら歩いていると、「ヤギアイス」と書いた看板が。これはもう入る。北九州の大学生が運営するお店「大學堂」。ヤギアイスを注文。出てきた商品は大分県で作られているようだ。クセが無く美味しかった。けど、せっかくのヤギアイス、も少しクセがあった方が懐かしいと思う。その事をお手伝いの学生(?)さんに云ったけど、云った意味も分らないだろうな。小さい頃は牛乳ではなく、ヤギの乳を飲んでいた世代の懐かしさは。

(ヤギアイス看板)

(ヤギアイス)
旦過市場を抜けて、魚町銀天街を歩く。昔、入っていた書店、古書店などは無い。

(魚町銀天街)

(魚町銀天街の武蔵・開店時間は早い)

(京町・地下の天ぷらやふじしま)
さっさと歩いて、アーケード街を通り抜けて、小倉駅へ。12時半ごろゴールした。

(小倉駅ビルに入って行くモノレール)

(小倉祇園太鼓の像)

(小倉駅の階段)

(小倉駅改札口前の広場)
まだ、お腹は空いてなかった。新緑の季節なので小倉城あたりへ行くか。で、今日の僅か6Kのウォーキングを終える。
「昔」というのは青春時代を過ごした昭和50年を挟んだ十数年のことであります。
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