多摩川 健・・リタイアシニアのつれずれ・・時代小説

最近は元禄時代「寺子屋師匠 菊池三之丞 事件控え」全30話書いてます。週2-3回更新で順次 公開予定。

 競馬小説   連載 5

2019年12月18日 11時56分30秒 | 競馬

  

       幸次…北海道


幸次には父の思い出というものがほとんど無かった。

突然蒸発した父を捜したり、逢いたいという気持ちも起こらなかった。父のいない小諸の作り酒屋で、懸命に働いた。小柄で気丈な母と、出来のいい兄貴の下で育った自分を不幸だと考えたことはなかった。しかし、自分はいつまでもこの家には居られない。

次男が跡取りとは別に、なにがしかの処遇を受けて別所帯や、分家となるということでなく、早い時期に家を出て、自立したいという思いだ。次男の自分に、父の血が強く流れているのかもしれない。母からは、よく聞かされていた。

「あの人は父親になれない男だった。仕方が無い、そういう人と一緒になったんだから」

色盲や音痴のように、父は生まれながらに父親になる遺伝子が欠如していた。自分も同じことになりそうだ。

 高校卒業と同時に北海道へ渡った。

 全共闘の闘志が都会を離れ、小諸で趣味の陶芸家として、母と出会った。父と同様で、人との接触の少ない大自然を求め、そんな仕事を捜した。

母や兄の言う「変な人」の血が自分に流れていることを孝次は自覚せざるをえなかった。

母と兄は丸顔で柔和な目鼻立ちである。孝次は頬骨の張った角顔で、細く水平に見据える眼は、友達からも気味悪がられ、いつの間にかスネイクと渾名されていた。写真で見た蒸発した父とそっくりである。その容貌こそが、孝次にはドス黒い大きなシコリになっていた。

 北海道では函館、札幌と二年間、飲食店の下働きやバーテンをやり、三年目の梅雨明けに、客から紹介された日高、新冠の池貝牧場を訪れた。

 サラブレッドの生産と、育成の仕事には興味があった。大自然の中での馬の世話というのが孝次の性に合ってもいた。

 ようやく自分の居場所を見つけたという気がした。 

 

           幸次・・計画  

 束の間の賭け心と快楽を求める業種というものがある。

ほどほどの成長売上を示した競馬、競輪、競艇も、今回の長いバブル不況では苦戦している。

それでも、日本中央競馬会(JRA)は、ビッグレース(G1やG2)のない、土・日曜日で、全十二レース一日百五十億円から二百五十億円の売上を計上している安定した公認賭博である。後半のメイン三レースで、およそ、その半分の売上を占める。

更に、格の高い(G1)レースは、場外馬券売場を含めた全国発売ということもあって、ダービーで五百億円程度、昨年の皐月賞で四百億円の売上を上げている。

 

 JRAは、約七五%を的中者に払い戻している。

残りの二五%が、あらゆる諸経費で、その中には、施設やシステムの開発、開催に係る費用から、馬主・騎手・厩務員等への賞金、競走馬の生産育成援助や、馬に関する研究、調教の為のトレーニングセンターの運営、騎手の育成、地方競馬や海外との交流等、その運営は専門性の高い、多岐の分野に亘っている。

 

 ファンの、勝馬に賭けるという行為は、人間の賭への欲求そのものだが、公正な運営を信頼して賭けるという側面もあるだろう。国が指導する賭屋であるから、公正さと、透明性も求められている。

 日本競馬のルーツは、明治以降の軍馬改良という側面が強く、「競馬法」「地方競馬法」により、諸外国の第三セクター的な「ジョッキイクラブ運営」に比較し、国による規制色の強いことが、特徴となっている。

 表 孝次(通称スネイク)は、その点を考慮していた。

計画は、日本で育成されたサラブレッドが、海外進出するタイミングを狙う。思い切った行動がとれるからだ。

海外進出で、相当の評価を受けるサラブレッドというものは、そうザラにいるものではない。まして数年がかりで狙い、仕組んだ計画でも、成功するという保証は無い。

〈気の長い冒険〉を共有出来るメンバー捜しも、難しい課題となりそうだ。

 更に難しいのは、サラブレッドの神経質な性格を利用する事だ。馬の固体差やメンタル面の研究も必要だ。

スネイクは、調教助手もしていたから、ある程度サラブレッドそのものについて、[個体差]特にメンタル面でのそれが大きい事を知っていた。この分野のエキスパートが必要だ。

 更に、海外の実行グループの人選も、課題だ。

試して見る回数を二・三回程度として、日本と海外でかなり自由に活動出来るメンバーが必要であった。

計画の発端となる日本では、将来性のあるサラブレッドを選択し、育成時代に、その馬に仕掛けの出来る人間が必要だった。

ターゲットとした馬へ、短時間で大量の馬券購入を、着実に実行出来る事務能力にもたけた人間。どうしても二~三人は必要になりそうだ。

 一回目のトライアルで、二千万円相当の馬券購入を仕掛け、五億円程度の回収を狙いたい。成功すれば、国を変えて第二回目のトライを行う。三回目が勝負で完結だ。

総収入は二十~三十億円がターゲットだ。

四年がかりとしてメンバー四人で、一人五億から七億円だ。一人年間一億円以上の収入だ。

〈持続しつつ実行する計画〉は、こんな所だとスネイクは思い描いていた。

 

 

 

 


競馬小説 連載4 「出会い・・・香港」

2019年12月02日 11時19分03秒 | 競馬

出会い・・・・香港

 

 スネイクは、生暖かい香港特有の、澱んだカビ臭い風をゆっくり吸いながら、北京道を横切ってスターフェリーターミナルの方向に向かった。

今度の計画で、高垣三郎、鄭調教師と中環(セントラル)の中華料理店で、八時に待ち合わせていた。

ちょうど尖沙咀の交差点を渡ろうとした時、観光客らしい日本人女性の声に振り返った。

 「ワア!危ないじゃない! 急に押して… アアッ、 ストップ。何するんですか!」

ーーしかし、遅かったーー

香港人の押し屋と、もう一人の若いTシャツの男が、ショルダーバッグをひったくると、赤信号を突っ切って、オーシャンターミナルの方向に、飛ぶように走り去った。

「大丈夫ですか。背中をひどく突かれたようでしたが」

花柄ワンピースの女は、走り去った男を追うのをあきらめた。振り返り、男を見た。

細い不気味な眼だ。動転した眼は警戒している。

「ええ、でもバッグに貴重品がなかったから。少しお金は入っていたけど、パスポートと航空券はホテルに置いて来たし……カードは別に持っているから」

パニックにもならず、落ち着いて話す女性にスネイクは興味を感じた。

やや大柄で、すっきりした細顔の女からは、シャンプーの香りがした。

「日本からでしょう。いつお帰りですか」

「一ケ月のフリーチケットで来て、こちらに仕事がないか捜しているんだけど……来週には帰るつもり」

依然警戒しながら、冨士子はスネイクを改めて見た。

蛇のような眼だけでなく、何か得体の知れない雰囲気を感じた。

「パスポートとチケットが残って不幸中の幸でしたね。

今日は早めに帰った方がいいでしょう、お役に立てませんでしたが気をつけて」スネイクは交差点を渡りはじめた。

「あのう、よろしかったら……」

 ーーなぜ自分から声をかけたのかしらーー

偶然の出会いとはいえ、何かこの男に惹かれる所があった。

 

 彼女には単刀直入に切り出す方が良さそうだ。

計画全体を、明確に伝える。多分彼女は聞き入れる。

スネイクは冨士子に対する直感にかけた。

「面白い計画があってね。急にこんな話しで戸惑うかも知れないけど、ゾクゾクする金儲け計画なんだ。どう、興味ある?」冨士子はフッと目を上げた。

飲茶の店は、こういう話がやりやすい。友達連れや、会社仲間、子供を連れた家族が、ゴチャゴチャ話す喧騒は、警戒という雰囲気にはほど遠い。

蝦焼賣(エビシューマイ)を食べる手を止めて、冨士子はスネイクを見た。切れ長の目の奥に凄味が駆けた。この女とは共有出来る。スネイクは、直感が当たりそうだなと感じた。今は、一気に話すにかぎる。

「キイワードは馬。舞台は競馬。時間は三、四年がかり。日本と海外で同時進行させたい。時間と手間の掛かる冒険だ。見返りは全体で二十億円以上。仲間四人として、一人五億円強と言うところかな」冨士子はスネイクから目を反らさずに聞いている。

スネイクも冷静に話し、冨士子の様子を観察した。迷っている。

冨士子はゆっくり烏龍茶に手をのばしながらつぶやいた。曖昧なまなざしではない。

「でも、それって犯罪でしょ」

スネイクが冒険といった内容を見抜いている。当然だ。

「そういうこと。細心の注意と分担が重要で、徐々に進行させて、目標に到達したら、そこで完了。解散ということさ。計画の各々を分担する仲間は、時間と忍耐が必要で、冒険と言ったのは、そういう意味さ。鋭利であるよりも、時間の中で自分をおし通せるメンバーを必要としているんだ」

今度は冨士子が真剣に質問した。

「うまく行くと思う? 失敗の確率と、その時の保証は考えてあるの」なかなか慎重だ。

「君は、競馬のルールを知っているかい」

「知らないわ。ルールって?」

「順番。オーダー順ということさ」

「それがどうしたの?」

「強い馬が順番に勝利して、クラスを上げて王者が決まる。どこの国の競馬も、そうなっている」

「だから?」

「それを利用するのさ。下のクラスから勝った馬が一流なら、計画通りに使ってくる。時間とタイミングが読めるんだ。これが一番重要な事だ。順番に試して様子を見る。計画の未熟な点を修正していく。そして王者のクラスで最後の勝負だ」

「はじめのクラスで失敗したらどうするの?」

「致命的欠陥のある計画は解散。そのリスクはメンバー均等以上にリーダーが負う」

スネイクは、肝心な所だと感じながら、タバコを吸いたいが、数分我慢しようと思った。

「修正出来るミスなら、続行するってことさ」

「ストップ、ゴーは、誰が決めるの?」

「それはリーダーだ」

「あなたなの……」

「計画全体は俺が考えている」話しは峠を越えたと感じた。マールボーロライトを一本口にして、火を付けた。

 一応話した、後は富士子の決断だ。

二人用テーブルで深く煙を吐いた。

回りのさざめきが一挙に耳に入って来た。

冨士子はずっと遠くの、家族連れの騒がしさを見ていた。

迷い考えているな。

スネイクは黙って待つことにした。

数分がすぎただろうか。

「面白そうね。冒険して見ようかしら」

特徴のあるデザインの、チソットの時計に手をやる。大きく開いた胸元から魅惑的な白い谷が見えた。

上体を乗り出して、真剣な口調だ。

「それで、何からどうやるの?私はどんな役割を分担するのかしら」「君には日本で三、四年がかりの仕事をしてもらう」

スネイクは、計画の概要と、スケジュールを示した。

富士子には先ずは競馬を勉強してもらう。

全体の構想は見えているが、細部の詰めと、信頼出来る仲間は、これから補強することも、素直に話した。

「ずいぶん時間がかかるのね。成功の保証もないけど、自分を試すいい機会かも知れないわ。このまま年を取りたくないし……」中国復帰一年前の香港九龍の五月はまだ過ごしやすかった。

 

 

 

 


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