地震後初めて、今は弟だけが住む能登の実家へ行って来た。
ユーチューブで有志のかたが撮って下さった動画を見ていたので、覚悟はしていたが、想定を超えるヒドさだった。
道路沿いの崩壊した家々に悲鳴があがった。
ここは大丈夫そうだなと思ったら、基礎部分が潰れてたとか、
立ってるのは壁と屋根だけとか。
陥没した道路に車が埋まったままの所もあった😱
迂回路を早急に作るのに手一杯だったのか。
それでも思ってたより、ずっとずっと道は整備されていた。
不眠不休で作業されたであろう、たくさんのかたがたに感謝。
道々で、県外からの災害支援車を沢山見た。
ボディに県名があるので分かりやすかったのは県外パトカー。
少なくとも六県はみた。
盗難や詐欺などが起きていると聞くので、パトカーを見るとホッとした。
能登へは、通常なら金沢の自宅から2時間掛からない道のりが、今日は片道4時間掛かった。
能登へ向かう大動脈とも言える、のと里山海道(のとさとやまかいどう)がほぼ通れても倍の時間。
☝は、日々情況が変わってるようなので、次に行くときはまた違うかも。
サービスエリアのトイレも使えた!
行き帰り、飲まず食わずの覚悟だったので助かった〜。
公的施設の駐車場などには、誰でも使用できるように仮設トイレがあった。
営業中のコンビニも何軒も見掛けた。
能登では、弟と従兄弟や親戚のおばあちゃんたちの顔を見られ、元気そうで安心した。
一方で…実家の菩提寺の墓地では、
ウチのお墓を含め軒並み墓石が倒れたり、欠けたりしていて青くなった。
あんな重いものがふっ飛ぶなんて、どれだけヒドい揺れだったのか😰
実家の建物も基礎にヒビが入ってたり。家裏の倉庫が傾いてたり。
そして断水の、解除はまだ未定。
弟は自営なので、水が出ないことには営業再開の目処も立たず。
てゆうか、そのヒゲ剃れ。
髪洗え。
ボランティアさんや自衛隊さんが用意してくれたお風呂もあるってのに。
どこの仙人だよ、だった弟😵
これだから一人者のオッサンは!!😡
必要なものはほぼ手に入るようになったと聞いていたので、今回は少しばかりのお金と箱入り飲水を置いてきた。
火災のあった輪島(わじま)市、津波に遭った珠洲(すず)市よりはずっと被害は小さかった能登町(のとちょう)だが、
道路の至る所に走る亀裂、
道路脇に寄せられた崖からの驚くほど大きな落石、
あるはずの無い段差ができた民家の玄関先を見て、知らずため息が出た…
☝左手でカンタン石川県☺
遥か昔、驚くほどの小舟で、
蝦夷どころか大陸とも交流があったと言う能登人。
難解な地名が多いのはその名残りとかナントカ。
踏ん張れ能登。
石川県がついてるぞ〜!