東邦 奇跡の逆転サヨナラ 甲子園の魔物
令和2年の8月がもうすぐ終わる。今年の8月は何かがスッポリと抜けているような気がして落ち着かない。毎年楽しみにしてる夏の風物詩でもある高校野球選手権が開催されなかったのはコロナ禍の中で已む得ないこととはいえ、何とも寂しいものである。自身の記憶を遡ると、昭和52年に東洋大姫路が全国優勝した頃からTVで観戦をしていた。昭和53年の決勝では逆転のPL、翌年昭和54年は箕島-星稜の球史に残る延長18回の死闘、昭和58年の1年生の桑田と清原を擁するPL学園が池田の剛腕水野を打ち崩す試合など、心に残る場面がいくつもあって、今では以前のような熱狂的な感覚は薄らいだものの、40年以上にもなる歴史的な記憶の蓄積は、幼少の頃は年上の球児たちに憧れ、やがて自分がその球児たちをはるかに超えた年齢になった現実があるとしても、その憧れの眼差しはいつまでも色褪せることなく自在に時空を超えて当時に戻ることができる特権を手に入れたようなものでもあるのだ。
ぜひ動画を15分じっくり観て欲しい。2016年の選手権2回戦の東邦と八戸学院光星の試合。9回裏の東邦の攻撃で最近の中でも球史に残る劇的な幕切れとなった場面である。7回表を終わって7点差をつけられた東邦は7回裏に2点、8回裏に1点と返して追い上げている。この追い上げムードが9回裏では球場全体の雰囲気が完全に東邦を後押しているのがわかる。「We are TOHO!!!」と1塁側応援が盛り上がる。それに呼応するように外野やバックネット裏の観客までが東邦のためにタオルを振る異様な風景。かわいそうだが八戸学院光星の投手は完全に雰囲気に呑まれてしまった。ここで球児たち一人ひとりの真剣な表情を見つめよう。打席に立つ選手の集中力。一点を取り返すごとにベンチでの東邦ナインは湧き上がる。八戸学院光星の投手はそれでもコントロールは乱れず強い精神力で勝負をする。終には東邦の8番バッターがレフト前にヒットを放った瞬間、2塁ランナーが物凄い形相でホームに向かったときに思わずベンチから歓喜に沸いた東邦ナインが飛び出してくるときに私たちはどれだけ感動するだろうか。ここにはまさに生命の躍動があり、大事なのはその胸躍る若き熱闘の場面に自分を純粋に投射すること。つまり私は球児であり、球児は私になるのである。そこに生きる価値とは何かということが自然と感性として消化できるのである。ちなみに東邦高校は愛知私学のひしめく強豪の中で鍛えられた伝統校である。伝統校というのは追い込まれた土壇場で思わぬ力を発揮する場面を見せてくれる時がある。最後に流れる東邦の校歌もまさに感動を呼び起こす好きな校歌である。戦前からの高校野球の長い歴史は夏の祭典なのだ。日本人が日本人として人生に歓喜できるお祭りなのだ。これを忘れないようにしよう。