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顧客のデータを見ず、質の高い電話・メールのサポートを実現する方法とは?

〇 コロナ禍で高まる、カスタマーサポート担当者への要求。

顧客満足度をいかにして高めるか――。これは企業にとって永遠の課題である。特に最近は、コロナ禍で対面による顧客対応が難しくなっている。そのため「電話」「メール」による窓口が、これまで以上に重要な役目を果たすようになってきた。ここに寄せられた顧客からの問い合わせに、迅速かつ的確に対応することが、企業の顧客満足度に大きな影響を及ぼす時代が来ているのだ。

例えば、問い合わせがある度に1から聞き直していては、顧客は何度も同じ説明をしなければならず満足度が低下してしまう。たとえオペレーターが入れ替わっても、そこまでの経緯や要望を引き継いだ上で、シームレスなサービスが提供されることを顧客は期待している。それには、過去の対応履歴や商談の経緯などを統合的に管理し、オペレーターがいつでも確認できるような仕組みが必須になるだろう。

ただ一方で、難しい問題もある。それが機微情報をどう守るかということだ。

いかに対応品質向上のためでも、保有する顧客情報のすべてをオペレーターに開示することはセキュリティ上の問題がある。情報の閲覧権限を適切に設定・管理し、必要十分な情報だけにアクセスできるようにすることが不可欠だ。

つまり、現在の顧客対応窓口における満足度の向上とセキュリティ上の要件は背反する関係にある。情報が足りなければ適切な対応は難しいが、与えすぎても情報保護の問題が生じる。この問題をどうクリアすべきなのだろうか。

この問いと向き合う上で、ぜひ参考にしたいのがヤフーのケースだ。ITベンダーのMuleSoftと共に、顧客情報へのアクセスを厳しく制限・管理しながら、オペレーターが求める情報を確認できる仕組みを実現した。同社がこれを目指した経緯とその効果について、次ページ以降で見ていこう。

ヤフーが挑んだ顧客満足度向上、その秘策は。

ヤフー株式会社<br>SR推進統括本部<br>TECHNICAL DIRECTOR<br>江川 卓秀氏
画、ヤフー株式会社。
SR推進統括本部・TECHNICAL DIRECTOR・江川 卓秀 氏。

 「ヤフーには100を超えるサービスがあり、月間6000万人のユーザーにご利用いただいています」と語るのは、ヤフーの江川 卓秀氏だ。同社の調査によれば、問い合わせをしてくるユーザーの88%が「月20日以上」、65%が「毎日」ヤフーのサービスを利用しているという。また、1つではなく複数のサービスを利用するユーザーの割合も高い。つまりヤフーでは、寄せられる問い合わせの多くがヘビーユーザーからのものということである。

このようなユーザーに対応するのは簡単ではない。対応品質を高めるには、多くのサービスについて、多面的な角度から情報を得ておく必要がある。ここでヤフーは壁にぶつかる。同社のセキュリティポリシー上、情報のアクセス権限はサービス単位で細かく設定しており、あるサービスの担当者は、ほかのサービスの情報にアクセスできないようにしていたからだ。

「セキュリティポリシー上、コミュニケーター(オペレーター)がすべての顧客情報にアクセスできる状態には絶対にしません。しかし、その結果として、内部エスカレーションが多発する状況に直面していました」と江川氏。例えば「Yahoo!公金支払い」と「Yahoo!ウォレット」を使っているユーザーから問い合わせがあった場合、その対応には、サービスごとにエスカレーションが必要だった。

「実際、『Yahoo!公金支払いの支払い方法が突然変わった』というお問い合わせをいただいたことがありました。これを確認するにはIDツールによる不正ログイン履歴の確認と、Yahoo!ウォレットの支払い方法の変更履歴確認を行う必要があります。それぞれサービスが異なるため、コミュニケーター自身ではなく、各サービスの担当者に確認してもらう必要があり、回答までの時間を要してしまいました」(図1)

図1、サービス単位の権限モデルによる課題。
図1●サービス単位の権限モデルによる課題
 
セキュリティの観点から、コミュニケーター自身がアクセスできる情報を厳しく制限している。そのため、複数サービスにわたる問い合わせでは、内部エスカレーションを複数回行う必要があった。

「データ」を「情報」に変えるプロセスを機械化する。

この問題を解決するにはどうすればいいのか。ヤフーが導き出した答えが、権限モデルの見直しと機械による判断補助の実現だった。

「コミュニケーターが欲しいのは個々のユーザーの『データ』ではなく、回答を提示する上で拠り所になる、ユーザーの『情報』です。それであれば、従来のサービス単位の権限モデルから業務ロール別の権限を切り離し、業務ロール別にアクセスできる仕組みをつくって、抽象化された『情報』を提供すればいいと考えました」と江川氏は説明する。

具体的に、以前は各担当者がデータを直接確認し、頭の中で行っていた情報への変換作業を機械化する。これにより、コミュニケーターがデータそのものにアクセスしなくても、生成された「情報」を見るだけで対応に生かせるようになる(図2)。

図2、ヤフーが実現した「機械による判断補助」。
図2●ヤフーが実現した「機械による判断補助」
 
従来はデータを直接見なければ得られなかった「情報」を、機械によって生成する。コミュニケーターはこの抽象化された情報を見るだけで、回答に必要な知識・知恵を生み出せる。

なお、このような仕組みを構築するには、情報源となる複数のシステムと、情報への変換を行うシステムのリアルタイム連携が不可欠だ。これを実現するため活用したのが「MuleSoft Anypoint Platform」である。

MuleSoft Anypoint Platformは、APIによってシステム間連携を実現するプラットフォーム。APIの構築、構築されたAPIの統合管理、システム間連携に必要なデータ変換など、API連携に必要な機能を幅広く提供する。これにより、APIの設計・構築と活用を効率的に実行できる。

ヤフーがMuleSoftを採用した理由は大きく3つだ。1つ目は「APIにリアルタイムにアクセスできる」こと。2つ目は「ローコードで効率よく開発できる」ことである。「100を超えるサービスを業務フロー単位で見ると、その数は数百にのぼります。これらを連携した判断補助の仕組みを構築するには、高い開発効率が不可欠だと考えました」(江川氏)。

導入からわずか4週間で高い効果を発揮。

そして3つ目が、「MuleSoft Anypoint Platformがオンプレミスでも利用可能なこと」である。

「当社はプライベートクラウドを保有しており、その中でマイクロサービス化を図りながら各種サービスを提供しています。今回実現する判断補助の仕組みは、これらのサービスが持つデータを取り扱うため、パブリッククラウドで動かすことは当初から想定していませんでした」(江川氏)。また、同じくプライベートクラウド内で稼働するKubernetesと連携できることもポイントだったという。

こうしてヤフーは、コミュニケーターの判断を支援する新たな仕組みを構築。その効果は、導入後わずか数週間で現れた。

例えば、コミュニケーター1人の1日当たり平均返信数は以前の1.43倍になった。また24時間以内の返信率も、従来の64%から77%へと13ポイント上昇。このような対応の迅速化と連動する形で、ユーザーの満足度も以前より7ポイント上昇したという。連携時の開発効率も高く、従来の開発手法に比べて28%の効率化が実現できているという。

「今後もMuleSoftとは、API活用の周辺において、安全かつ効率的な仕組みの構築に共に取り組んでいきたいと思います。その際、なにより重視するのは『お客様や取引先様の情報を適切に扱う』こと。この視点を忘れず、ヤフーの使命である安全・安心なインターネット社会をつくるための取り組みをこれからも継続していきます」と江川氏は最後に語った。


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